第8話

文字数 822文字

両親はまだ健在だし、芽衣里にはきょうだいもいない。祖父母はまだ一人だけ生きているが、母親が面倒を見ているため、芽衣里に責任はない。

「それからペットは飼ってないですか?」

芽衣里は首を横に振った。

「なら大丈夫ですね。飼ってる方は保健所以外で行き場を確保してもらうんですが」

吉田は尻を壁に押し付けるようにして屈んだ。

「次、株式。所有あれば売却してください。第三者が売ろうと思っても相続手続きが尋常じゃないぐらい大変です。不動産と船舶を含む車両についても同様です」

こんなことを患者に依頼している看護師は世界にいるのだろうか。芽衣里は自分が病院にいるということさえ、忘れそうになった。

「それと次の診療日以降に美容院とかエステサロンの予約は入れちゃ駄目ですよ。気をつけてくださいね。あと人から借りてる物は借金含めてしっかり返しといてください。図書館やレンタル屋は診療日が近くなったら利用しない方がいいでしょう。ご遺族にご迷惑がかかります」

借金はなく、何かを借りることもない芽衣里には無縁だろう。

「最後に、自分がいなくなった後のことね。遺産のこととか何か希望があれば、遺書書いておいてもいいと思います。ただ、遺書は形式がきちんとしてないと無効になるので、気をつけてください。絶対対応しておいてもらうこととしては、お墓とお葬式をどうするかについて。一族のお墓があって、そこに入れると確認ができれば、そう書き遺しておいてもらって、なければ自分で手配しておいてください。お葬式もそうで、お寺をどこにしたいとか、戒名をつけるかどうかとか、希望を書いてください。できれば自分で葬儀社と契約して、料金も前払いしておいてください。前払いしてなくても葬儀とそれに関わる費用、仏壇とか香典返しについては費用として遺してください。そのお金がない方は診療をお断りしてます。それと診療日は所有している公的な証明書は全部持ってきてくださいね」

ふうっ、とため息を芽衣里はついてしまった。
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登場人物紹介

大野芽衣里、37歳。

特技、趣味、欲なしで生きてきたフリーター。

坂月なるみ、37歳。

芽衣里の中学時代の友人。

長年不妊治療をし、やっと出産を果たす。

坂月望菜実、0歳。

なるみの娘。

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