34 〈リディア〉
文字数 4,385文字
船の扉を開けてまず目に飛び込んできたのは、壁でした。
いきなり突き当たりかと驚きましたが、船内へ一歩足を踏み入れて周囲を観察すると、自分が立っているのはどうやら廊下のような場所らしい、とミシスは見当をつけました。以前に乗った列車の通路がちょうどこんな感じで狭くて細長かったな、と思いだします。
ミシスの入った扉からは、右にも左にもおなじくらいの長さで廊下が伸びているようですが、その先がどうなっているのかは暗くてよく見えません。船の外壁には小さな採光窓がいくつか等間隔で並んでいますが、あいにくの大雨で光はほとんど用をなさないほど弱々しく、廊下の内壁に設置された照明装置も一つたりと点灯していません。
本当にすっかり燃料を失って、最新技術の粋 を集めたという顕導力装置も、きっと今頃はどこかの暗がりの片隅で、物置に仕舞い込まれた古いマットレスみたいに沈黙していることでしょう。
「迷ってる暇はない……」
レインコートをその場に脱ぎ捨て、ミシスはとりあえず船尾の方へ向かって、廊下を駆けていきました。
廊下の天井は一般家屋のそれと変わらないほどの高さがあり、外から見た様子から察するに、おそらく船体内部は高めの二階構造、あるいは低めの三階構造になっているのではないかと思われました。いずれにしても、グリューのいる操舵室はこの建造物の屋上に位置していることになります。
案の定、廊下の突き当たりの手前に、上 りの階段がありました。踏み外さないようにそれを駆け上がり、そのまま少し道なりに進むと、とつぜん身のまわりから壁の存在感が消えて、自分が広々と開けた空間に踏み込んだことに少女は勘づきます。どうやら飛空船の中心部は、一階から天井にかけて吹き抜けになっているようです。
ミシスが立っているのは、その吹き抜けのぐるりを囲む、細い通路のようです。ここにもやはり照明は一つもついていません。そしてどういうわけか、窓という窓のすべてに厳重な覆いが掛けてあり、ほとんど夜のように真っ暗です。
どこへ向かえば操舵室へと続く階段があるのかわからず、その上やたらと暗いので、ミシスはしばし戸惑いました。
でも、いくら広大な船内とはいえ、隅から隅まで手当たり次第に探してまわれば、きっとすぐに活路は見出せるはず。まずは落ち着いて、この暗闇に目を慣らすことだ。
大きく深呼吸し、目を細めてあたりを慎重に見渡します。
そして一瞬の間を置いて、ミシスは小さく悲鳴をもらしました。
吹き抜けの奥に、なにかが……
いや、
なにか、じゃない。
それがなんであるかは、一目瞭然。見まちがえるはずがない。
今しばらく目を暗闇に馴染ませせつつ、ミシスはゆっくりと、それがある方へ向かって通路を進んでいきました。
そして、まるで主君に忠誠を誓う者がするように腰をかがめ、片膝をつき、両手をそっと地面に添わせるように降ろし、首を少し前へ傾けて沈黙しているその巨大な存在のすぐそばまで来て、つぶやきました。
「カセドラ……」
ここまでミシスが渡ってきた通路は、そのまま斜め下に湾曲して下っていく細い階段に分岐しています。枝分かれしたその階段はカセドラの操縦席にあたる胸部の前まで伸び、そしてそこからさらに一階の床にまで続いています。
通路の手摺に両手を置いて、ミシスはカセドラの頭部の間近に立ちました。
だいぶ暗闇に慣れてきた目を方々 に向けて確認すると、どうやらこの一体のほかに、カセドラは見当たらないようです。
……それにしても、なんて不思議な躯体だろう。
ミシスはなかば見惚れるように、そのひざまずくカセドラに視線を注ぎました。
アルマンドとも、ラルゲットとも、そしてあの赤いカセドラとも、なにもかもがまったくちがっています。まず目を見張るのは、その装 いでした。これまで目にしてきたカセドラが、いずれも全身を隙間なく鎧で覆っていたのに対し、ミシスの眼前に座 すこの謎のカセドラは、その躯体の地肌の大半をむきだしにしています。
身に着けているのは、鳥の翼を張り合わせたような形の飾り角を備えた、丸みを帯びた兜。翅 を広げた蝶を模 ったものとみられる造型の胸当て。首もとをぐるりと包み込む襟巻 。胴回りを守護するスカート状の装甲板。あとは、踵 の高いほっそりとした足鎧 を履いているだけです。
首と両腕、それに脚部の大部分はなにも着けておらず、艶 めかしいほどに肉感的な青白い素体 が、すっかり露わになっています。
しかしなんといっても強烈に目を引くのは、背中に備えた一対の大きな翼の存在でした。まるで剣 のようにすらりと伸びるそれらは、ちょうど剣身 にとっての鞘 のような装甲に、隈 なくぴったりと包まれています。
これが、ただの兵器だとは思えない。
ミシスはそんな率直な印象を抱きました。
なんていうか、このカセドラは、今まで見てきたカセドラとは、なにかが決定的にちがっているように感じる。外見的な特徴のせいだけじゃない。もっと根本的に、そう、もっとどこか深く、奥の方が……。
その優美な曲線を描く仮面の輪郭を、吸い込まれるように見つめていた、その時です。
ふいにミシスの頭上に、明かりが一つ灯りました。
反射的に目を半分閉じて顔を背けたミシスでしたが、その光がごく小さなものであることがわかると、再び前を向きました。
それは内側に一本のロウソクが立てられた、ガラス製の筒状のキャンドル立てでした。ロウソクの頭にはゆらゆらと小さな炎が揺れ、周囲を仄明 るく照らしています。おかげで初めて、目の前のカセドラがまとっている鎧が鮮やかな碧色 であることが、少女の瞳に明らかになりました。
けれど奇妙なのは、そのキャンドル立てが、ひとりでに宙に浮いていることです。
天井から吊られているわけでもなく、まるで目に見えない幽霊かなにかが手に持って空中で漂っているようです。
ふと、ミシスはそうやって物体がふわふわと宙に浮く様子に見覚えがあることを思いだします。最初の時はたくさんの本で、その次はたしか、ケーキに載っていた苺だったっけ……。
「グリュー?」
どこに向けてというわけでもなく、ミシスは小声で呼びかけました。しかし返事はありません。キャンドル立てはそのまますいっと虚空を滑り、やがてカセドラの角の先端あたりで、その動きを止めました。
キャンドル立ての頭についている取っ手を、誰かの手がつかむ音が聴こえました。
碧い角の突端に腰かけてほほえんでいる小さな人影が、そこにはありました。
「あなたは……レスコーリア、さん?」ミシスがたしかめるようにその名を呼びます。
レスコーリアは灯りを手にしたまま両の羽を広げて舞い上がると、ミシスの眼前までやってきて、そこで滞空しました。
「レスコーリアでいいわ。硬い喋りかたは苦手なの。聞くのも、話すのも」
ミシスはうなずきます。
「まだあなたのお名前を聞いてなかったね」レスコーリアが少し首を傾けます。「教えてくれる?」
「わたしはミシスよ。ミシス・エーレンガート」
「素敵な名前ね」
「ありがとう。ねぇ、レスコーリア……」
「グリューを止めにきたんでしょ」遮って、レスコーリアが言います。
深い首肯で、ミシスはそれにこたえます。
「やっぱりね。あたしの思ったとおり。あたしね、あなたがこの船に入ってくるとこ、上から見てたの」
「お願い。グリューのところへ案内して」
「行っても無駄よ」やんわりと肩をすくめて、レスコーリアがため息をつきました。「あいつ、誰にどんなに妨害されても、必ず命令を実行するわ」
「命令って?」
「あなたが想像してるとおりのことよ、ミシス」
「じゃあどうしたら……」
「あたしね」目線を天井へ向けて、なにもない空間を見つめながら、レスコーリアは言います。「まだ死にたくないの、はっきり言って。そして、マノンにも、グリューにも、あなたや、お菓子をくれた親切な人たちにも、誰にも死んでほしくないの。この綺麗な丘にだって、それにこの子にだって、ばらばらに消し飛んでなんかほしくないの」
ミシスはごくりと唾を呑み込みました。
「だからね」澄んだまなざしでレスコーリアが続けます。「マノンやグリューたち、それに将軍とか軍の偉い人たち、そしてなにより……あなたと、あなたのご家族の人たちに、悪いなって思うんだけど……」
「わたし? どうして?」
「だってカセドラって、いちばん最初に乗った人にしか動かせなくなるのよ。知らないの?」
二人のあいだに、しばらく沈黙が降りました。ミシスは両の拳を軽く握りしめて、炎のゆらめきを神秘的に反射している巨兵の面 を見据えました。そして落ち着き払った声でたずねました。
「わたしがこれに乗るの?」
「これ、じゃない。〈リディア〉よ」
「リディア……。それがこのカセドラの名前なのね?」
「そうよ。ねぇミシス、リディアに乗ってくれる?」
「ちょっと待って。リディアにはまだ誰も乗ったことがないの?」
「だからそう言ってるじゃない」
「そんな……」
「はっきり言うね」自分の鼻とミシスの鼻が触れそうなところまで、レスコーリアが一気に飛来しました。「ミシス。あなたがリディアに乗って敵を撃退する以外に、あたしたちが助かる方法はない。リディアがコランダム軍の手に渡る状況が確定したら、グリューはまちがいなくこの船ごとすべてを爆破するわ。この躯体の一欠片 も残さないほどの炎……あなたに想像できる?」
この時、どうしてなのかわからないけれど、自分が恐ろしいほどに冷静でいることに、ミシスは気づいていました。
ここが自分の人生の、ひいては自分の愛する人たちの人生にとっての、決定的に重大な岐路なのだと、はっきり自覚していました。
不安や恐怖は、もはや微塵もありません。
そんなことより、早くノエリィの怪我の手当てをしてあげたい。
今はそれしか頭にありませんでした。
「本当に、わたしに動かせるの?」
レスコーリアは満足げににっこりと笑います。
「きっと大丈夫。あなたにはできるって、アトマ族の直感が告げているわ」そう言うと彼女はミシスの額のあたりに鼻を近づけました。「あなたからは、そういう匂いがする」
「匂い?」ミシスは首をかしげました。
「大丈夫、大丈夫」レスコーリアが勢いよく飛び上がって言いました。「さぁ、階段をおりて、リディアのなかへ入って。心の扉は開いてるわ」
その言葉を受けて、ミシスは神妙な面持ちで、階段を下った先にあるリディアの心臓部――つまり操縦室――に目を向けました。
「必ずうまくいくわ」レスコーリアが確信に満ちた声で言いました。「あなたのなかを流れるイーノと、リディアのなかを流れるイーノは、互いに融 けあって一つになる。リディアはあなたの分身になる。そう、今日からあなたが、リディアの心になるのよ」
いきなり突き当たりかと驚きましたが、船内へ一歩足を踏み入れて周囲を観察すると、自分が立っているのはどうやら廊下のような場所らしい、とミシスは見当をつけました。以前に乗った列車の通路がちょうどこんな感じで狭くて細長かったな、と思いだします。
ミシスの入った扉からは、右にも左にもおなじくらいの長さで廊下が伸びているようですが、その先がどうなっているのかは暗くてよく見えません。船の外壁には小さな採光窓がいくつか等間隔で並んでいますが、あいにくの大雨で光はほとんど用をなさないほど弱々しく、廊下の内壁に設置された照明装置も一つたりと点灯していません。
本当にすっかり燃料を失って、最新技術の
「迷ってる暇はない……」
レインコートをその場に脱ぎ捨て、ミシスはとりあえず船尾の方へ向かって、廊下を駆けていきました。
廊下の天井は一般家屋のそれと変わらないほどの高さがあり、外から見た様子から察するに、おそらく船体内部は高めの二階構造、あるいは低めの三階構造になっているのではないかと思われました。いずれにしても、グリューのいる操舵室はこの建造物の屋上に位置していることになります。
案の定、廊下の突き当たりの手前に、
ミシスが立っているのは、その吹き抜けのぐるりを囲む、細い通路のようです。ここにもやはり照明は一つもついていません。そしてどういうわけか、窓という窓のすべてに厳重な覆いが掛けてあり、ほとんど夜のように真っ暗です。
どこへ向かえば操舵室へと続く階段があるのかわからず、その上やたらと暗いので、ミシスはしばし戸惑いました。
でも、いくら広大な船内とはいえ、隅から隅まで手当たり次第に探してまわれば、きっとすぐに活路は見出せるはず。まずは落ち着いて、この暗闇に目を慣らすことだ。
大きく深呼吸し、目を細めてあたりを慎重に見渡します。
そして一瞬の間を置いて、ミシスは小さく悲鳴をもらしました。
なにか
がいる。吹き抜けの奥に、なにかが……
いや、
なにか、じゃない。
それがなんであるかは、一目瞭然。見まちがえるはずがない。
今しばらく目を暗闇に馴染ませせつつ、ミシスはゆっくりと、それがある方へ向かって通路を進んでいきました。
そして、まるで主君に忠誠を誓う者がするように腰をかがめ、片膝をつき、両手をそっと地面に添わせるように降ろし、首を少し前へ傾けて沈黙しているその巨大な存在のすぐそばまで来て、つぶやきました。
「カセドラ……」
ここまでミシスが渡ってきた通路は、そのまま斜め下に湾曲して下っていく細い階段に分岐しています。枝分かれしたその階段はカセドラの操縦席にあたる胸部の前まで伸び、そしてそこからさらに一階の床にまで続いています。
通路の手摺に両手を置いて、ミシスはカセドラの頭部の間近に立ちました。
だいぶ暗闇に慣れてきた目を
……それにしても、なんて不思議な躯体だろう。
ミシスはなかば見惚れるように、そのひざまずくカセドラに視線を注ぎました。
アルマンドとも、ラルゲットとも、そしてあの赤いカセドラとも、なにもかもがまったくちがっています。まず目を見張るのは、その
身に着けているのは、鳥の翼を張り合わせたような形の飾り角を備えた、丸みを帯びた兜。
首と両腕、それに脚部の大部分はなにも着けておらず、
しかしなんといっても強烈に目を引くのは、背中に備えた一対の大きな翼の存在でした。まるで
これが、ただの兵器だとは思えない。
ミシスはそんな率直な印象を抱きました。
なんていうか、このカセドラは、今まで見てきたカセドラとは、なにかが決定的にちがっているように感じる。外見的な特徴のせいだけじゃない。もっと根本的に、そう、もっとどこか深く、奥の方が……。
その優美な曲線を描く仮面の輪郭を、吸い込まれるように見つめていた、その時です。
ふいにミシスの頭上に、明かりが一つ灯りました。
反射的に目を半分閉じて顔を背けたミシスでしたが、その光がごく小さなものであることがわかると、再び前を向きました。
それは内側に一本のロウソクが立てられた、ガラス製の筒状のキャンドル立てでした。ロウソクの頭にはゆらゆらと小さな炎が揺れ、周囲を
けれど奇妙なのは、そのキャンドル立てが、ひとりでに宙に浮いていることです。
天井から吊られているわけでもなく、まるで目に見えない幽霊かなにかが手に持って空中で漂っているようです。
ふと、ミシスはそうやって物体がふわふわと宙に浮く様子に見覚えがあることを思いだします。最初の時はたくさんの本で、その次はたしか、ケーキに載っていた苺だったっけ……。
「グリュー?」
どこに向けてというわけでもなく、ミシスは小声で呼びかけました。しかし返事はありません。キャンドル立てはそのまますいっと虚空を滑り、やがてカセドラの角の先端あたりで、その動きを止めました。
キャンドル立ての頭についている取っ手を、誰かの手がつかむ音が聴こえました。
碧い角の突端に腰かけてほほえんでいる小さな人影が、そこにはありました。
「あなたは……レスコーリア、さん?」ミシスがたしかめるようにその名を呼びます。
レスコーリアは灯りを手にしたまま両の羽を広げて舞い上がると、ミシスの眼前までやってきて、そこで滞空しました。
「レスコーリアでいいわ。硬い喋りかたは苦手なの。聞くのも、話すのも」
ミシスはうなずきます。
「まだあなたのお名前を聞いてなかったね」レスコーリアが少し首を傾けます。「教えてくれる?」
「わたしはミシスよ。ミシス・エーレンガート」
「素敵な名前ね」
「ありがとう。ねぇ、レスコーリア……」
「グリューを止めにきたんでしょ」遮って、レスコーリアが言います。
深い首肯で、ミシスはそれにこたえます。
「やっぱりね。あたしの思ったとおり。あたしね、あなたがこの船に入ってくるとこ、上から見てたの」
「お願い。グリューのところへ案内して」
「行っても無駄よ」やんわりと肩をすくめて、レスコーリアがため息をつきました。「あいつ、誰にどんなに妨害されても、必ず命令を実行するわ」
「命令って?」
「あなたが想像してるとおりのことよ、ミシス」
「じゃあどうしたら……」
「あたしね」目線を天井へ向けて、なにもない空間を見つめながら、レスコーリアは言います。「まだ死にたくないの、はっきり言って。そして、マノンにも、グリューにも、あなたや、お菓子をくれた親切な人たちにも、誰にも死んでほしくないの。この綺麗な丘にだって、それにこの子にだって、ばらばらに消し飛んでなんかほしくないの」
ミシスはごくりと唾を呑み込みました。
「だからね」澄んだまなざしでレスコーリアが続けます。「マノンやグリューたち、それに将軍とか軍の偉い人たち、そしてなにより……あなたと、あなたのご家族の人たちに、悪いなって思うんだけど……」
「わたし? どうして?」
「だってカセドラって、いちばん最初に乗った人にしか動かせなくなるのよ。知らないの?」
二人のあいだに、しばらく沈黙が降りました。ミシスは両の拳を軽く握りしめて、炎のゆらめきを神秘的に反射している巨兵の
「わたしがこれに乗るの?」
「これ、じゃない。〈リディア〉よ」
「リディア……。それがこのカセドラの名前なのね?」
「そうよ。ねぇミシス、リディアに乗ってくれる?」
「ちょっと待って。リディアにはまだ誰も乗ったことがないの?」
「だからそう言ってるじゃない」
「そんな……」
「はっきり言うね」自分の鼻とミシスの鼻が触れそうなところまで、レスコーリアが一気に飛来しました。「ミシス。あなたがリディアに乗って敵を撃退する以外に、あたしたちが助かる方法はない。リディアがコランダム軍の手に渡る状況が確定したら、グリューはまちがいなくこの船ごとすべてを爆破するわ。この躯体の
この時、どうしてなのかわからないけれど、自分が恐ろしいほどに冷静でいることに、ミシスは気づいていました。
ここが自分の人生の、ひいては自分の愛する人たちの人生にとっての、決定的に重大な岐路なのだと、はっきり自覚していました。
不安や恐怖は、もはや微塵もありません。
そんなことより、早くノエリィの怪我の手当てをしてあげたい。
今はそれしか頭にありませんでした。
「本当に、わたしに動かせるの?」
レスコーリアは満足げににっこりと笑います。
「きっと大丈夫。あなたにはできるって、アトマ族の直感が告げているわ」そう言うと彼女はミシスの額のあたりに鼻を近づけました。「あなたからは、そういう匂いがする」
「匂い?」ミシスは首をかしげました。
「大丈夫、大丈夫」レスコーリアが勢いよく飛び上がって言いました。「さぁ、階段をおりて、リディアのなかへ入って。心の扉は開いてるわ」
その言葉を受けて、ミシスは神妙な面持ちで、階段を下った先にあるリディアの心臓部――つまり操縦室――に目を向けました。
「必ずうまくいくわ」レスコーリアが確信に満ちた声で言いました。「あなたのなかを流れるイーノと、リディアのなかを流れるイーノは、互いに
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