15 儚くも甘美なる季節
文字数 2,126文字
正門から入って並木道をまっすぐ進むと、ほどなく学院の校舎に到着します。並木道は校舎に行き当たる手前で北と南に分岐し、北の道は校舎の脇に立つ学生寮へと続いています。校庭を迂回するように長々と伸びる南の道の先には、
この広場の管理も、ゲムじいさんが手掛けてくれているのだといいます。先日訪ねたゲムじいさんの家は、ちょうど学院の敷地の衛星みたいに、少し離れた雑木林の奥にひっそりと立っているという具合です。
「ここには何人くらいの生徒が暮らしてるの?」寮の前を歩きながら、ミシスがたずねました。
「あれ、どうだっけ。正確にはわかんないけど、たぶん20人とか、それくらいじゃなかったかな」ノエリィが首をひねりながらこたえました。
かつては礼拝堂だったという寮の建物は、外観は今でもまるきり礼拝堂のままです。20人が暮らすには少し狭くはないのかな、とミシスはその建物を観察しながら思いました。少なく見積もっても、たぶん一部屋に三人とか四人とかの相部屋になっているにちがいない。そんなところに自分みたいな得体の知れない人間がとつぜん紛れ込んだら、いったいどうなっていただろう……。そう考えると、内心ほっとするような、同時になんだか申し訳ないような、複雑な気分になりました。
二人はあらかた学院の建物を見てまわって、最後に芝生広場の中央のあたりにやって来ました。そこから全方位を見渡せば、ここの敷地の全貌を一望することができます。
「これで全部ね」ノエリィが言いました。「校舎とか寮に入らなかったけど、よかったの? 今は誰もいないから、自由に見てもいいんだよ」
「ううん。せっかくだから、学校が始まってから新入生のみんなと一緒に見ることにするよ」
「楽しみはとっておくってことね?」ノエリィがにやりと笑います。
ミシスは肯定の笑みを浮かべて、地面に大の字に寝転びました。柔らかな乾いた芝生が、首筋や背中をくすぐります。大地は温かく、空は底が抜けたように真っ青です。
「あぁ、気持ちいい……」
先日町で買ったばかりのワンピースとサンダルを身に着けているミシスの体に、太陽が真上から光を注いでいます。透き通った水色の髪が、さらさらと風に揺れます。ハスキルが家でよく着ているカーディガンを今日はノエリィが羽織っていて、その裾をたくしあげると彼女も芝生に腰をおろしました。
「案内はこれでおしまい、かな。どう、これからほんとに雑木林の奥へ探検にでも行く?」
「それもいいね。あ、でも、サンダルで平気かなぁ」
ミシスは両足をふらふらと左右に振って、それを寝そべった姿勢のまま見おろします。
「どう、履き心地は?」ノエリィがたずねます。
「快適だよ。ノエリィが選んでくれたおかげ」
爪先のずっと向こうに、校舎の裏側の大きな扉が目に入ります。それがミシスに、ある約束を思いださせました。
「そうだ。あとで教科書を早めにくださいって、先生にお願いするんだった。忘れないようにしなくちゃ」
「ええ~~っ」非難がましい声を上げて、信じられないものでも見るように、ノエリィがミシスの顔をのぞき込みます。「もう教科書を貰うつもりなのぉ? 教科書から解放されているこの儚くも甘美なる季節を、わざわざ自分から終わらせてしまうというの、あなたって子はぁ」
「あはは。うん、ほら、わたし、ちょっと勉強、不安だから」
「はぁ~、真面目なのねぇ、ミシスは。それとも、ピレシュに感化されちゃった?」
「ピレシュ」敬意を込めてミシスはその名を口にしました。「わたし、ピレシュはとても立派な人だと思う。わたしと友だちに、なってくれるかな……」
「もう友だちじゃないの?」
「え?」
「そんな感じするけど……って、噂をすれば、ほら」
ノエリィが指差したのは寮の玄関でした。そこのドアが開いて、なかから誰かが出てきます。目を凝らすまでもなく、二人にはそれが誰だか一目でわかりました。
太陽の下に出てきたピレシュは、これまでミシスが見たことのない格好をしていました。長い金髪の大半をしっかりとした密度のお団子にして頭上に固定し、上半身は首もとから手首まですべてを包むぴったりとした純白の服を着ています。腰から下は端正な折り目の入った長い腰布で覆われていて、これもやはり真っ白な生地でできています。そして片手には、細く長い棒状のものを一本、携えています。
「綺麗」そのいでたちに見惚れて、ミシスは思わず声をもらしました。
「あ、剣の稽古の時間ね」ノエリィが言いました。
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