第1話  あきら

文字数 1,069文字

「何か用?」

多分、それは常人であれば見えないかもしれない。

その空間だけ少し白っぽくなって人の外形をなしている。

それは、あきらのエクトプラズムを借用して実体化をして何かを伝えようとしている。

あきらを霊媒の様に用いているのか、あきらがそうさせているのかはよくわからない。

突然それは脅えたように揺れ、その付近から湧き出す様に現れた薄黒い影のようなものにかき乱され消えてしまう。

エクトプラズムは瞬時にあきらの鼻や口から戻る。

急激な変化にあきらはショックを受けたようにがっくりと膝をつく。

続けて軽いパキンっと言う音が天井の隅で鳴る。

家の中のどこにでもあるような・・・。

蛍光灯やスタンドの光の死角となる、ほのかな闇。

別段そこに何かがあったり、いるわけではない。

一般にはラップ音と呼ばれ、心霊現象の前触れとしてよく知られている。

車の排気音や路面をタイヤが摩擦する音、木々の揺れる音、テレビ、ラジオなど、騒音の中で生活しているとラップ音はそれらの音に紛れて意識されなくなる。

私たちは今、いくら得体の知れない音がしても不思議に感じない環境の中に暮らしている。

事件もまた、同様で誰がどのような状態で被害にあったり死んだりしたとしても、少しも不思議でなくなってしまった。

かつて濃厚だった闇は都市の中で拡散されてしまったかのようだ。

引き続きカタンと何かが倒れたような音を立ててそれは現れる。

それは夏のアスファルトの路面に立つかげろうの様に周囲の空気との屈折率の差で揺らぎながらその形を見せる。

他の者がもっとしっかりとした形を持っているのと比較しても儚すぎる。

「久しいのう。」

それだけ言うとそれは唐突にかき消された。

そして「それ」はいくつも床面から泡の様に湧き立っては消えて行く。

何かに追われ、出現するのを阻止されている様に見える。

あきらはポケットからスマホを取り出してアプリを立ち上げる。

画面を「それ」に向けて何かを呟く。

スマホの画面がパッと光ると「それ」は急に実態化して部屋の中に転がる。

同時に押入れの襖が開いて式神のありさが現れる。

「あー。あきらが女の子連れ込んでる。」

「あっこら、しー。」

続けて部屋の扉を開いて姉のサキが入ってくる。

「あきら、あーっ。あんた何してんのこんな小さな子連れ込んで。変態なの?」

「違う、違う、これは鬼だから。」

実体化した「それ」はちゃんとイメージどおりにトラ柄のビキニをつけているし小さな角も額の両サイドに生えている。

もうちょっと育っていたら超有名アニメのキャラクターとかぶってしまう。

頼むから「だっちゃ。」とか言わないでくれよ。






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