第17話 闇の行進

文字数 1,511文字

ぜんぜんお客の来ない店頭でサキはボンヤリと行きかう人通りを眺めている。

今日は珍しく阿部 亨(あべ とおる)が朝から店にいる。

亨(とおる)はサキがウィンドウに入れていた絵巻き物をとり出して見ている。

文字らしいものは書かれていなくて、ただ逃げ惑う人々が描かれている。

大火事か何かの事件の描写だろうか。

そこかしこに炎の様なものが描かれているけれど変色してしまったのか炎の色は黒い。

亨(とおる)はさらに絵巻き物を開いていく。

ところがそれは、途中から墨か何かで黒く塗りつぶされている。

「なんだこりゃ。」

と亨(とおる)は墨で塗りつぶされた後を透かして見るつもりで蛍光灯にかざしてみる。

天井がぶれた様にみえる。

たちくらみ?

2灯並列になった吊り下げ型の古いタイプの照明器具がゆらゆらと揺れ始める。

「地震?」

カタカタとテーブルの上の湯飲みが揺れる。

揺れは少しずつ大きくなるようだ。
地下街で地震にあったらどうなるのだろうか?

一般には地下は地震に強いと言われているけれど、どの様に強いのかはよくわからない。

むしろ閉じ込められるのではないかと言う恐怖感の方が大きい。

背筋に冷たいものが走るが、不思議と逃げるために立ちあがることが出来ない。

地下街の端、四住生命ビルの方角から地響きの様な音が聞こえてくる。

「どーん」

という大きな音とともに激しい揺れが来て棚の本などが崩れて床にちらばる。

地下街の東側の奥から順々に照明が消えて闇に包まれて行く。

「伏せて。」

といって亨(とおる)がサキに覆い被さる。

照明器具が砕け散って頭の上から振ってくる。

そして真っ暗になる。

ひどく不安にさせるような・・・。

形があるようで無いような黒々とした何かおぞましい物。

その気配が音も立てずに通路を這うように動いていく。

湿度の高い、冷たい空気が糸を引くように床を流れる。

「なんだ?」

亨(とおる)がつぶやく。

息を殺してじっと成り行きをうかがっている亨(とおる)の心臓の鼓動が感じられる。

暗闇の中でたくさんの人が同じように身動きもできずにじっとしているのがわかる。

恐ろしいとか、金縛りにあっているというのではなく、ただ突然の状況に困惑している。

どのように反応したら良いのか分からないのだ。

その塊はただ通りすぎていった。

非常灯の薄明かりが灯るとまるで呪縛から解かれたように人々が動き始める。

ざわざわと人の話声が増え始め、一時の静寂が終わる。

数時間後には照明器具などがつけかえられ、何事も無かったように平常に復帰する。

サキも亨(とおる)も店頭に落ちた照明器具の破片などを掃除することに時間をとられることで一時的な恐怖感を忘れた。

「あれ?あの巻き物がない。」

と亨(とおる)が言う。

サキと亨(とおる)は顔を見合わせる、といって巻き物の行方が分かるわけも無い。

黒く塗りつぶされた絵巻き物と今日の暗闇とは何か関りがあったのだろうか?

閉店時が来て、サキは帰宅の用意をする。

「一度、あきらくんに話をしてこっちに来てもらえるかな?彼なら何か分かるかもしれないから。」

亨(とおる)は少し戸惑いながら言う。

あきらを何か訳の分からない事件に巻き込んでしまうのでは・・・という懸念はもちろんある。

それでも、分からないままでは何か落ち着かない。

不安感が残ったままで払拭できない。

分かったからといって解決できるかどうかも良く分からない。

でも何かが起こっている。

曖昧な返事をしながらサキもまた迷っている。

あきらなら分かるかもしれない。

でもあきらが分かっただけで終わらせることはできないで、結局あの不気味な黒い塊と戦うことになるのでは・・・。

あきらの力の程度を誰も知らない。

なのに、彼に依存することしかできない・・・。
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