3-8.エロ豚ブラザーズ

文字数 4,037文字

 2週間に及ぶエンジニアチームの活躍で、マウスは基本動作を一通りできるようになった。
 飛んだり跳ねたり歩き回ったり、物を掴んだり鳴いたりして、もはや普通のマウスと遜色ない動きを見せてくれる。
 
 さて、いよいよこれから、AIマウス・シアンが自律的な学習をして、知的生命体として育ち始める。
 一体、どんなマウスに育つのだろうか? 全く想像がつかない。
 初代シアンと大差ないお馬鹿さんかもしれないし、一気に人類の守護者レベルにまで、達してしまうかも知れない。
 みんな胸を膨らませて、学習プロジェクトをスタートさせた。
 
 部屋に巨大な鉄道模型の様な、大きなジオラマを用意して、そこにシアンを放して学習させてみる。
 ジオラマには芝生や植木や岩場、プールやジャングルジムなど、いろいろな体験ができる要素を加えた。
 
 AIには、初代ロボット・シアンのAIをベースにした物をマーカスが調整し、実装済みだ。
 
 さて、学習スタート!

 エンジニアチームは皆、画面を食い入るように見つめて、流れていくログや、ステータス表示に異常がないか探している。

 俺は美奈ちゃんと実験室で、シアンの動作を観察する。
 
 シアンは最初、ロボットみたいにぎこちなく、周りの様子をうかがっていた様だったが……

「あ、動き出した!」
 美奈ちゃんが嬉しそうに声をあげる。

 まずは芝生の上を真っすぐに歩く。

「おぉ、まずは歩き出したか。次はどうするのかな……」

 しばらく歩いたら、今度はUターンして元に戻り始めた。

 どうしたんだろうか?
 
 怪訝な顔で見ていると……しばらくしてまたUターンした。

 一体何をやってるのか良く分からない。

 見てると、またUターンである。

「これ……? 大丈夫?」
 美奈ちゃんが不安げに言う。

 壁に掲げられた大画面モニターには、ステータスが表示されており、特に異状は見られない。
 品川のIDCにある、AIチップの稼働率は60%を超えていて、相当頭使ってる状態だ。
 
「何かを感じて学習していると思うから、いつまでもこうじゃないと思うんだけど……」
 俺も不安になってきた。
 
 その後数十回Uターンを繰り返し、美奈ちゃんが飽きた頃、シアンは植木の方へと動いて行った。

「あら……、ついに何かやるみたいよ」
 あくびしながら美奈ちゃんが言う。
 
 シアンは植木の幹にぶつかると、後ずさりし、しばらく何かを考えた後、再度植木にぶつかった。

「誠さん、ずっとこんな感じなの?」
 美奈ちゃんは呆れたように言う。

「まだシアンは、生まれたばかりの赤ちゃんだからね、まずは一通り、何でも繰り返しやってみる所からが、スタートだろう」
「ふぅん……、じゃ、私は先輩ん所行ってるわ」
 そう言って出て行った。

 まぁ確かに、見てて面白い物じゃないな。
 俺も、植木の周りをぐるぐる回りだしたシアンを見た後、自分の席に戻った。
 

          ◇


 翌日、シアンはジャングルジムに挑戦していた。
 ジャングルジムに登るためには棒を掴む動作が必要になるが、それをどうも理解できていないようだった。

 ぴょんと飛んでは跳ね返されて戻ってくる、というのを繰り返している。
 確かに失敗を繰り返す、というのがAIの学習には大切ではあるが、こう失敗続きだと学習にならないのではないか、と不安になる。
 
 後から見に来た美奈ちゃんも、すでに同じことの繰り返しで飽き始めている。

「なんでこう掴んで登らないのかしら?」
 美奈ちゃんは可愛いしぐさをして、首をかしげながら言う。

「掴んで登った経験が、まだ一度もないんだよ。一度でも経験出来たら違うんだろうけど……」
「手伝っちゃダメなの?」
 俺の顔を覗き込んで聞く美奈ちゃん。
 いきなり至近距離にきた、女神様の美貌に、俺はドキドキしながら答える。

「て、手伝ってあげたくなっちゃうよね、でもマウスを手伝うって難しいから」
「あー、指なんかすごいちっちゃいからねぇ……」
「そもそも近づいたら逃げちゃうかも?」

 美奈ちゃんの目がキラッと輝く
「え? 逃げるの? やってみていい?」

 飽きてるから、何か面白い事をやりたいのだろう。

「ダメダメ! マーカスに怒られるよ!」
「大丈夫! 大丈夫! マーカス優しいから」
 そう言って、ジオラマに入ろうとする美奈ちゃんを、すかさず引き留める。

「ちょっと! 女神様! ダメダメ!」
 抱き着いた格好で、手が胸をムニュっと掴む形になった。
 柔らかくふんわりとしたふくらみがすっぽりと手のひらに収まり、スレンダーで柔らかい美奈ちゃんの肉体が腕全体で感じられ、俺は理性が飛びそうになる。

「あー! どこ触ってんのよ!」
 美奈ちゃんが俺の手をピシピシ叩く。

「痛い痛い! 早く戻って!」
 俺はふんわりと立ち昇るブルガリアンローズの香りに包まれて、クラクラしながら言った。

「分かったから放しなさいよ!」
「いいからちょっと戻ってきて!」
「手を離すのが先でしょ!」
 揉めていると、大画面モニタに鬼の形相をした、マーカスの顔が出た。

「Hey! Be quiet!! (静かにして!)」
 烈火の如き怒声が部屋に響く。

「Oh! Sorry……(ごめんなさい)」
 こんなに怒ったマーカスは初めてである。
 俺も美奈ちゃんも、先生に怒られた小学生みたいにしょんぼりとしてしまう。

「Get out! (出ていけ!)」
「は~い」「は~い」

 俺と美奈ちゃんは、目でお互いを非難しながら、ゆっくり部屋を出て、そーっとドアを閉めた。

「それみろ! 怒られちゃったじゃないか!」
「何言ってんの! 私の胸触ったくせに!」
「触りたくて触ったんじゃないぞ!」
「触りたかったくせに~!」

 言い争いしながら、オフィススペースに降りてくると、由香ちゃんの怪訝そうな視線が刺さる。

 誤解させたかもしれない。

「先輩~! 誠に胸触られちゃったの~!」
 美奈ちゃんがオーバーに、被害を訴えながら由香ちゃんに走る。

「いやいや、由香ちゃん違うんだよ!」
「セクハラされた~!」
 ウソ泣きのしぐさで、由香ちゃんの胸に顔をうずめる美奈ちゃん。

 由香ちゃんが非難の目で俺を睨む。
 マズい、このままではセクハラ社長の烙印を押されてしまう。

「美奈ちゃんが、入っちゃいけない所にいきなり入るから、一生懸命止めただけなの!」
「あー! 傷物にされたー!」
 美奈ちゃんが大げさにわめく。

 由香ちゃんは、美奈ちゃんの頭をなでながら冷たい目で冷徹に言う。

「でも触ったんですよね?」
「いや、まぁ……」
 触った事実については抗弁できない。

「だったら、謝った方が良いかもしれませんね……」
「……。はい」

 俺は美奈ちゃんに謝った。
「……。悪かったよ美奈ちゃん」

 すると、美奈ちゃんはウソ泣きを止めて、
「最初からそう言いなさいよ!」
 そう言ってニヤッと笑った。

『くそぅ!』
 俺は眉をしかめ、歯を食いしばった。

 でも、柔らかなマシュマロのような、あの手触りは、確かにヤバかったので、致し方ないか……。

「先輩も誠には気をつけてね。どさくさに紛れて胸触るから」
「何てこと言うんだ! 由香ちゃんは『ダメだ』って言う事、しないから大丈夫だよね?」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いてください、今、珈琲入れますから」
 由香ちゃんは大人である。

 美奈ちゃんは、勝ち誇ったにやけ顔でこちらを見る。
 とんだおてんば娘だ。
 
「Hi Everybody!(こんちわー)」
 玄関からにぎやかな男がやってきた。修一郎だ。

 タイミングの悪い奴だ。

「皆さん元気~?」
 妙にテンション高く、浮かれてる修一郎をみんな無言で見つめる。

「あれ? どうしたの?」
 修一郎が空気の違いを感じ取る。

「いや、何でもないよ、久しぶりだな、今日はどうしたんだ?」
 俺は冷静を装いながら、淡々と答える。

「いやー、由香先輩がジョインしたって言うからさー、様子見に来たんだよ」
 ニコニコと嬉しそうに言う修一郎。

「そうそう、先輩は私の秘書になったのよ」
 美奈ちゃんが自慢気に言う。秘書ではないんだが。

「えー、俺にも秘書つけてよ~!」
 修一郎がバカなことを言い出すので、俺が拒否する。

「お前会社に来ないじゃねーか、秘書なんか要らんよ!」
「えー……」
「どうしても欲しければ、親父さんに付けてもらえ」
「パパはそういうの許してくれないよ……。まぁいいや、それでうちの会社には慣れた?」
 修一郎は由香ちゃんに振る。

「あ、そうね、なんとか……」
「美奈ちゃんに虐められてない?」
 美奈ちゃんのお(つぼね)化を心配する修一郎。サークル内で美奈ちゃんはどういう位置づけなのだろう?

「大丈夫! あ、セクハラはされた……かな?」
「セ、セ、セクハラ!?」
 修一郎はオーバーアクションで、わざとらしく言う。

「あんなの単なる愛情表現よ! 私が誠さんに胸揉まれた方が、セクハラだわ!」
 美奈ちゃんは、両手で胸を守るしぐさをしながら被害を訴える。

「え―――――! 誠さん、それ犯罪ですよ! 姫の胸揉んだ、なんてことサークルの連中にバレたら、うちの連中暴動起こしますよ!」
「いやちょっと、誤解だって!」
 また、ややこしい話になってしまった。

「でも触ったんですよね?」
 修一郎は興味津々で聞いてくる。
 またこれか……。

「いや……まぁ……」
 すると修一郎は、いきなり俺の肩を組んで、オフィスの隅まで連れてきてひそひそ声で聞いてきた。

「美奈ちゃんの胸には、胸パッドで盛り盛り疑惑があるんすよ。パッドでした?」
 なんだその疑惑は。

 俺はあのふわふわとした、マシュマロの様な手触りを思い出しながら答える。
「いや、触った感じそんなでは……」
 
「聞こえてんのよ! このエロ豚ブラザーズめ!」
 美奈ちゃんは、こっちに駆けてくると、書類を丸めて修一郎と俺の頭を スパーン! スパーン! と叩いた。

 オフィスにいい音が響く。
 何という地獄耳、なぜあの距離で聞こえてるのか?
 
 それにしても先日から胸で揉めてばかりだ、大丈夫かこの会社。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

神崎 誠

ITエンジニア


ひょんなことからクリスと出会い、AIを開発して人類の後継者づくりを始める。

恋人募集中。


クリス

救世主

奇跡を次々と起こし、人類の後継者づくりに協力する。

特技は美味しいワインを作る事、核ミサイルの弾頭を破壊する事。


金原 美奈

応京大学2年生

株式会社DeepChild取締役


田中 修一郎

太陽興産の2代目のボンボン

応京大学2年生

株式会社DeepChild CFO




シアン

人類の後継者として創り出されたAI

身体は赤ちゃんを利用


マーカス


世界一のAIエンジニア

神に呼ばれて人類の後継者づくりに参加する

マーティン


凄腕のインフラエンジニア

マーカスの友達

宮田 由香

応京大学4年生

株式会社DeepChild インターン

美奈ちゃんの先輩

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み