6-4.パパをなめんなよ
文字数 3,080文字
そうだ、いつまでも見惚れている訳にも行かない。クリスに会わないと。
俺は涙をぬぐうと、岩壁を降りていった。
マインド・カーネルの花びらから伸びている微細な網が岩壁の方まできているので、それらを傷つけないように、慎重に足場を選びながら床に降りた。
煌めく花弁はまるで巨大なテントの様にフロアを覆っている。
花びらの下に潜ってマインド・カーネルを見ると、表面には微細な光の点がいろいろな色を放ちながら緻密にびっしりと表面を覆い、そのすぐ下に毛細血管の様にびっしりと張り巡らされた繊維が、細かく振動している事が分かる。
ここの光の粒一つ一つが、人間一人一人の思いを紡いでいるのかと思うと実に感慨深い。
ちなみに俺の魂はどこにあるのだろうか……
俺は自分の深層心理にアクセスし、在りかを探した。導かれるままにずーっと歩いて行くと……あった!
大きな花びらの下で、さまざまな色で瞬くたくさんの光の粒の中に、黄金色に光る点があった。
これだ!
俺の呼吸に合わせて、光が強くなったり弱くなったりしている。間違いない。
俺は手のひらをかざし、目を瞑った。
これが俺……
ここが俺の故郷だ……
俺は自分の本体に戻ってきたのだ……
心が温かいもので満たされていくのを感じた。
では、由香ちゃんはどれだろう?
この巨大な花の中に由香ちゃんもいるに違いない。
百数十億の細胞の中から見つけ出してみよう。
俺はまた目を瞑って深呼吸して、由香ちゃんの事を強く思った。
あれ?
俺の深層心理が指し示したのは、俺の直ぐそばにある青く光る点だった。
こんな巨大な花の中で、すぐ隣とはどういう事だろうか?
青い点はゆっくりと明滅をしてる、なんだか由香ちゃんの不安が伝わってくるようだ。
俺は青い点を人差し指でそっと撫で、由香ちゃんの事を想った。
自分の命を投げ出してまで俺をかばってくれた最高のバディ、愛しい人、由香ちゃん……。
シアンを一緒に育てた日々の楽しかった事、大変だった事……そして熱いキスの感触……。
すると心の奥底から、とても温かいものがこみ上げてきた。
由香ちゃん……
どこからともなく、甘く優しい由香ちゃんの匂いがしてくる。
そう、この香り……、由香ちゃんがすぐそこに感じられる……。
俺は由香ちゃんの匂いに包まれながら、会いたい衝動に駆られた。
指を離すと青かった点はピンク色に輝いていた。由香ちゃんにも俺の想いは伝わったみたいだ。
よし! 早く帰るぞ!
「待っててね!」
そう言ってクリスへの道探しに戻った。
◇
さて、確かこの辺りに扉があるはずだ……。
空洞の奥には通路があり、人が歩けるようになっている。
通路を奥まで行くと扉があった。
飛行機のドアのような構造になっている。
50cmはあろうかという大きな取っ手を、90度ほど回すと、バシュッっと音がしてドアが少し開いた。
ゆっくりと押してみると、ドアはギギギギという音をたてて開いた。
外を覗くと……雲海である。
ふかふかの雲が足元に広がっていて、燦燦 と陽がさしている。
さて……、これはどうしたらいいのか?
顔を出して周りを見ると手前側も雲海である。つまり、このドアは空間の裂け目で、遥か彼方、どこか分からないところと繋がっているようだ。
と、なると、ここを出てしまうと二度と戻れなさそうだ。
「ダメだ、外れだ」
俺はドアを閉め直し、他を探す。
隣の通路を行くとまたドアがあった。
「今度こそ!」
俺は力を込めてドアを開けた……が、真っ暗。俺は慌ててドアを閉めた。
虚無である。虚無に繋がってしまった。
ただ暗い所とか、夜空とかそういうものじゃない。
本能が『ダメ!』と警報を鳴らすタイプの、ヤバい闇が広がっていた。
魂が浸食され、喰い荒らされていく様な闇の力を感じる。
以前、修一郎がお仕置きで突っ込まれていたのがここに違いない。今わかった、凄い同情する。
思い出すだけで冷や汗が出る。
次にドアを開ける時は慎重になろう。
ここもダメだとすると、どこだろう。
おかしいな、この辺のはずなんだが……。
そう思って歩きながら壁をじっくりと見てみると……不自然に盛り上がっているところを発見した。
叩いてみるとボンボンと鈍い音がする。他の壁はコンコンという音がするので、やはり何か変だ。
俺はマイナスドライバーを取り出して、盛り上がってる辺りに軽くガッと刺してみた。
そうすると凹むので、今度は力任せに何度か叩いてみる。
Bang ! Bang ! Bang ! Pow !
貫通した。
材質は分からないが、どうもベニヤ板っぽい薄い板を、かぶせてあるようだ。
力任せに引っぺがしてみると、ベリベリと音を立てて板全体が剥がれ、中からドアが現れた。
なぜこんな隠しドアになっているのか?
不審に思ってドアをよく見ると、ドアのノブに白い蜘蛛の巣のような網が巻き付いている。
まるで開けられたら困るから封印したかのようだ。動かそうとしたがビクともしない。
このドアを開けるという事は地球の中枢が外界、多分ジグラートに通じるという事、ジグラートにはクリスが居る。このドアを開けられて困るのは、シアンかタンムズだが……。
よく見ると、巻きついている網の糸の編み方が、シアンと二人でお絵描きしていた時に教えた、蜘蛛の巣の描き方そのものだった。
俺が教えた蜘蛛の巣で、シアンは俺を妨害している。立派になったなあと思いつつも、躾 が足りなかったようだ。やり直してやる!
つまり、シアンが地球を独占するためにここを封鎖し、念のためにドアを隠したのだ。
このドアを開ければクリスが待っているに違いない。
俺はドアノブに巻き付いている網をじっくりと見た。
マイナスドライバーで一部を引っ掻いてみたがビクともしない。全身の力を細い糸一本にかけてみたが1mmも動かない。
ドア本体に思いっきりドライバーを叩きつけてみたが傷一つつかない。
なるほど、シアンも馬鹿じゃないようだ。
俺はしばらく考えてみたが、ちょっとこのノブを動かすのは現実的ではない。あきらめた。
しかし、俺はエンジニアだ、パパをなめんなよ! シアン!
俺は雲海の所のドアに行き、ドアを開けてその構造を子細に観察した。
ドアには蝶番 があり、外界と遮断するためのシール材があり、ドアの構造材がある。
今回、目指すべきはドアを開ける事ではない。
ドアが遮断している外界との接点を開放してやればいい。
どこか一カ所でも、ほんの0.1mmでも隙間ができれば地球とジグラートは回路が開き、クリスが地球に干渉できるようになるはずだ。
ドアの構造材はドライバーではビクともしないので、狙うべきはドア周りのゴム状のシール材。ここにドライバーが通る方法を探せばいい。
一つ一つ丁寧にドアの構造を見ていくと、一か所ドアから壁にケーブルを通す所があって、その裏側に隙間があるのを見つけた。
『ココだよ! ココ!』
俺は急いで閉ざされたドアに戻り、その構造を観察する。
ドアは全く同じ構造をしており、ケーブルを通す場所も同じ所にあった。
先ほどの構造であればこの角度でドライバーを入れればシール材に届くはず。
俺は慎重にその角度にドライバーをセットし、ゆっくりと大きく深呼吸した。
そして、気合を込めると全身全霊の力を込め、ドライバーを叩き込んだ。
BSHU !
ドアの奥から音がした。やったか!?
しばらく様子を見てると、次の瞬間
BANG !
と大きな音がしてドアが吹き飛んだ。
俺は涙をぬぐうと、岩壁を降りていった。
マインド・カーネルの花びらから伸びている微細な網が岩壁の方まできているので、それらを傷つけないように、慎重に足場を選びながら床に降りた。
煌めく花弁はまるで巨大なテントの様にフロアを覆っている。
花びらの下に潜ってマインド・カーネルを見ると、表面には微細な光の点がいろいろな色を放ちながら緻密にびっしりと表面を覆い、そのすぐ下に毛細血管の様にびっしりと張り巡らされた繊維が、細かく振動している事が分かる。
ここの光の粒一つ一つが、人間一人一人の思いを紡いでいるのかと思うと実に感慨深い。
ちなみに俺の魂はどこにあるのだろうか……
俺は自分の深層心理にアクセスし、在りかを探した。導かれるままにずーっと歩いて行くと……あった!
大きな花びらの下で、さまざまな色で瞬くたくさんの光の粒の中に、黄金色に光る点があった。
これだ!
俺の呼吸に合わせて、光が強くなったり弱くなったりしている。間違いない。
俺は手のひらをかざし、目を瞑った。
これが俺……
ここが俺の故郷だ……
俺は自分の本体に戻ってきたのだ……
心が温かいもので満たされていくのを感じた。
では、由香ちゃんはどれだろう?
この巨大な花の中に由香ちゃんもいるに違いない。
百数十億の細胞の中から見つけ出してみよう。
俺はまた目を瞑って深呼吸して、由香ちゃんの事を強く思った。
あれ?
俺の深層心理が指し示したのは、俺の直ぐそばにある青く光る点だった。
こんな巨大な花の中で、すぐ隣とはどういう事だろうか?
青い点はゆっくりと明滅をしてる、なんだか由香ちゃんの不安が伝わってくるようだ。
俺は青い点を人差し指でそっと撫で、由香ちゃんの事を想った。
自分の命を投げ出してまで俺をかばってくれた最高のバディ、愛しい人、由香ちゃん……。
シアンを一緒に育てた日々の楽しかった事、大変だった事……そして熱いキスの感触……。
すると心の奥底から、とても温かいものがこみ上げてきた。
由香ちゃん……
どこからともなく、甘く優しい由香ちゃんの匂いがしてくる。
そう、この香り……、由香ちゃんがすぐそこに感じられる……。
俺は由香ちゃんの匂いに包まれながら、会いたい衝動に駆られた。
指を離すと青かった点はピンク色に輝いていた。由香ちゃんにも俺の想いは伝わったみたいだ。
よし! 早く帰るぞ!
「待っててね!」
そう言ってクリスへの道探しに戻った。
◇
さて、確かこの辺りに扉があるはずだ……。
空洞の奥には通路があり、人が歩けるようになっている。
通路を奥まで行くと扉があった。
飛行機のドアのような構造になっている。
50cmはあろうかという大きな取っ手を、90度ほど回すと、バシュッっと音がしてドアが少し開いた。
ゆっくりと押してみると、ドアはギギギギという音をたてて開いた。
外を覗くと……雲海である。
ふかふかの雲が足元に広がっていて、
さて……、これはどうしたらいいのか?
顔を出して周りを見ると手前側も雲海である。つまり、このドアは空間の裂け目で、遥か彼方、どこか分からないところと繋がっているようだ。
と、なると、ここを出てしまうと二度と戻れなさそうだ。
「ダメだ、外れだ」
俺はドアを閉め直し、他を探す。
隣の通路を行くとまたドアがあった。
「今度こそ!」
俺は力を込めてドアを開けた……が、真っ暗。俺は慌ててドアを閉めた。
虚無である。虚無に繋がってしまった。
ただ暗い所とか、夜空とかそういうものじゃない。
本能が『ダメ!』と警報を鳴らすタイプの、ヤバい闇が広がっていた。
魂が浸食され、喰い荒らされていく様な闇の力を感じる。
以前、修一郎がお仕置きで突っ込まれていたのがここに違いない。今わかった、凄い同情する。
思い出すだけで冷や汗が出る。
次にドアを開ける時は慎重になろう。
ここもダメだとすると、どこだろう。
おかしいな、この辺のはずなんだが……。
そう思って歩きながら壁をじっくりと見てみると……不自然に盛り上がっているところを発見した。
叩いてみるとボンボンと鈍い音がする。他の壁はコンコンという音がするので、やはり何か変だ。
俺はマイナスドライバーを取り出して、盛り上がってる辺りに軽くガッと刺してみた。
そうすると凹むので、今度は力任せに何度か叩いてみる。
貫通した。
材質は分からないが、どうもベニヤ板っぽい薄い板を、かぶせてあるようだ。
力任せに引っぺがしてみると、ベリベリと音を立てて板全体が剥がれ、中からドアが現れた。
なぜこんな隠しドアになっているのか?
不審に思ってドアをよく見ると、ドアのノブに白い蜘蛛の巣のような網が巻き付いている。
まるで開けられたら困るから封印したかのようだ。動かそうとしたがビクともしない。
このドアを開けるという事は地球の中枢が外界、多分ジグラートに通じるという事、ジグラートにはクリスが居る。このドアを開けられて困るのは、シアンかタンムズだが……。
よく見ると、巻きついている網の糸の編み方が、シアンと二人でお絵描きしていた時に教えた、蜘蛛の巣の描き方そのものだった。
俺が教えた蜘蛛の巣で、シアンは俺を妨害している。立派になったなあと思いつつも、
つまり、シアンが地球を独占するためにここを封鎖し、念のためにドアを隠したのだ。
このドアを開ければクリスが待っているに違いない。
俺はドアノブに巻き付いている網をじっくりと見た。
マイナスドライバーで一部を引っ掻いてみたがビクともしない。全身の力を細い糸一本にかけてみたが1mmも動かない。
ドア本体に思いっきりドライバーを叩きつけてみたが傷一つつかない。
なるほど、シアンも馬鹿じゃないようだ。
俺はしばらく考えてみたが、ちょっとこのノブを動かすのは現実的ではない。あきらめた。
しかし、俺はエンジニアだ、パパをなめんなよ! シアン!
俺は雲海の所のドアに行き、ドアを開けてその構造を子細に観察した。
ドアには
今回、目指すべきはドアを開ける事ではない。
ドアが遮断している外界との接点を開放してやればいい。
どこか一カ所でも、ほんの0.1mmでも隙間ができれば地球とジグラートは回路が開き、クリスが地球に干渉できるようになるはずだ。
ドアの構造材はドライバーではビクともしないので、狙うべきはドア周りのゴム状のシール材。ここにドライバーが通る方法を探せばいい。
一つ一つ丁寧にドアの構造を見ていくと、一か所ドアから壁にケーブルを通す所があって、その裏側に隙間があるのを見つけた。
『ココだよ! ココ!』
俺は急いで閉ざされたドアに戻り、その構造を観察する。
ドアは全く同じ構造をしており、ケーブルを通す場所も同じ所にあった。
先ほどの構造であればこの角度でドライバーを入れればシール材に届くはず。
俺は慎重にその角度にドライバーをセットし、ゆっくりと大きく深呼吸した。
そして、気合を込めると全身全霊の力を込め、ドライバーを叩き込んだ。
ドアの奥から音がした。やったか!?
しばらく様子を見てると、次の瞬間
と大きな音がしてドアが吹き飛んだ。