4-2.最高の秘密結社

文字数 4,474文字

「お疲れ様でーす」
 可愛くて明るい元気な声が、オフィスに響く。
 由香ちゃんが出勤してきた。
 ボルドーのトップスに、花柄のスカート、そしてフリルのパーカーを羽織っている。
 
 由香ちゃんは、週に2回くらい出勤して、主に経理業務をやっているのだ。
 
 パソコンでクラウド会計ソフトに繋げて、領収書を打ち込んだり、給与計算ソフトで給料や社会保険料を計算したり、結構忙しい。学生でここまでできるなら、インターンは合格だ。

 俺は鼻歌を歌いながら、心を込めて珈琲を入れて、由香ちゃんに持っていく。

「由香ちゃん、はい、珈琲」
「あ、ありがとうございます」
 由香ちゃんは書類の散らかった机を片付けて、珈琲を受け取る。

「うちの仕事には慣れた?」
「はい、何とか……」
 少し不安な表情を見せる由香ちゃん。

「由香ちゃん頑張ってくれてるから、そろそろ太陽興産への推薦をしようかな、と思うけどどうかな?」
 俺がそう言うと、由香ちゃんはモジモジして言う、

「あ……、その事ですが……」

「ん? 嫌なの?」
「そうじゃなくて……、このまま、こちらでお世話になる事は出来ますか?」
「え? うちで働きたいって事?」
 予想外の返答に俺は驚いた。

「マーカスさん、クリスさんとか凄い人が居る会社、実は最高なんじゃないか、って思えてきてるんです」
 キラキラ瞳を輝かせる由香ちゃん。

 確かに、世界一のエンジニアと、神様がいる会社はうちしかない。でも、新卒を受け入れるような会社じゃない。そもそも会社は隠れ蓑なのだから。

「うちは吹けば飛ぶような会社だよ? 3年後無くなってるかもしれないよ」
「それでもこのまま居たいなぁ……って思うんです」
 由香ちゃんは、そう言って両手を組んで、上目遣いでこちらを見つめる。

 可愛い女の子に、真剣に頼まれると弱い。

「う~ん、なるほど……、ちょっとクリスに聞いてみるよ」

 俺はメゾネットの階段を上り、赤ちゃんに付き添ってるクリスの所へ行った。

 クリスは穏やかな顔をしながら、赤ちゃんに手をかざしている。
 もう3日目だから、相当に疲れているとは思うが、全然疲れているように見えないのはさすがだ。

「クリス、申し訳ないね。赤ちゃんの具合はどう?」
「…。かなり安定してきたから、そろそろ付き添わなくても大丈夫になるだろう」
「それは良かった、ありがとう」

 赤ちゃんをそっと覗き込むと、小さなピンク色の塊が羊水の中で浮かんでいる。
 まるでウーパールーパーだが、これが本当に人間になるのだろうか?

 頭では理解していても実感がわかない。

「あ、そうだ、由香ちゃんだけど、うちに就職したいんだって。どうする?」
「…。予定通りですよ」
 淡々と答えるクリス。

「え? 最初からうちに就職させるために呼んだの!?」
「…。秘密です」
 そう言ってクリスは優しく微笑んだ。

 俺は唖然とした。クリスは何手先まで読んでいるのだろう?
 そもそも、俺の彼女候補として呼んだはずではなかったのか?

「あぁ……そうなのね……」
 俺はそう言いながら、釈然としない思いのまま部屋を後にする。

 下を見ると、由香ちゃんが両手を組んだまま、こちらを祈るように見ていた。

 俺は階段を駆け下りて、にこやかに笑って言う。
「クリスもいいってさ、では来年4月からは、うちの社員という事でよろしく!」
「え!? そんなに簡単に決まっちゃうんですか!?」
 可愛いクリっとした目を見開いて驚く由香ちゃん。

「うちはクリスがOKなら、何でもOKなんだよ」
「ふぅん。でも良かった! 就職先が決まった!」

 晴れやかな笑顔の由香ちゃんだが……カミングアウトタイムだ。

「ただ、うちの社員になる以上、秘密も話さないとならないな」
「え? 秘密?」
 キョトンとする由香ちゃん。

「……。うちはね、本当は会社じゃないんだ」
「はぁ?」
 由香ちゃんが口を開けて、固まってしまった。

「形式上、法人にした方がうまく回るので、会社の形態を取っているだけで、本当は会社じゃないんだ」
「え……? じゃ、何なんですか?」
 怪訝そうに首をかしげながら聞いてくる。

「人類の問題を解決してくれる『人類の守護者』を作ろうという、深層守護者計画の秘密組織なんだ」
「人類の守護者?」
「人類は残念ながら、このままだと近い将来滅びるだろう、と我々は考えている。少子化や温暖化に歯止めをかけられない人類は、確実にいつかは滅びちゃうんだ」
「えっ? そんなに深刻なんですか?」

 ただの就活をしていたら、人類の滅亡を予言されてしまう由香ちゃん。
 ちょっとかわいそうな気もするが、避けては通れないイニシエーションだ。

「このままだと、人類という種はもう100年も続かない。そしてそれは、人類は自力では解決できそうにない」
「そんな事…… 考えた事もなかった」
 うつむき加減に力なく言う由香ちゃん。

「で、これを解決してくれる存在が欲しいよね?」
「そう……ですね」

「じゃぁ作ろう!」
「えっ!?」
 由香ちゃんは固まってしまった。

「俺達には、世界一のAIエンジニアチームも神様も金もある。俺達にできなければ誰にもできないんだよ」
「そんなに……」

「でも、そんなこと公言したら狂人扱いされるし、ちょっとヤバい物扱ってるから、捕まってしまうかも知れない。だから俺達は必死にAIベンチャーの体裁を取り繕って、秘かにうまくやってるのさ」
「ヤバい物……ですか?」

 百聞は一見に如かずである。見てもらう事にする。

「おいで」
 そう言って、メゾネットの階段を上がって、赤ちゃん部屋に連れて行く。

「クリス、由香ちゃん連れて来たよ。見せてあげてくれるかな?」

 クリスはにっこりとほほ笑み、赤ちゃんを指さした。
 恐る恐る近づいてくる由香ちゃんを、俺は赤ちゃんのそばまで誘導して言った。

「これがヤバい物、無脳症の人間の赤ちゃんだよ」
「赤ちゃん!?」
 両手で口を押え、かわいい目を大きく見開く由香ちゃん。

「無脳症で堕胎されて、医療廃棄物として処理される途中の、赤ちゃんを貰って来たのさ」
「え? 無脳症?」

「この赤ちゃんは病気で脳が無いんだ。だからまともに育たないし意識もない。だから普通殺されちゃうんだ。それをAIの学習のために使わせてもらう」
「人体実験!……ですか? は、犯罪……です……よね?」
 想像を絶するヤバい事態に、由香ちゃんの目には恐怖の色が浮かぶ。

「まぁ、そういう事になるな。医療廃棄物を育てただけだが、バレたら逮捕だよ。どうだい、それでもうちで働くかい?」
「えっ? それは…… この人体実験は必要なんですか?」
「他に手は思い浮かばない」
 俺は肩をすくめ、首を振って言った。

 もちろん、人間に近いロボットを作れば、できない事もないかもしれないが、それでも人間が感じる世界とは、大きくずれが生じてしまう。人類をちゃんと理解するためには、どうしても人間の肉体を使わざるを得ない。

「もしかして……、凄く儲かる話なんですか?」
 怪訝そうな顔の由香ちゃん。

「え? 金儲けは全然考えてないなぁ……」
 太陽興産には還元しないとだが、金儲けを画策したりしたらクリスに切られてしまう事を考えると、金を目的にはできない。

「じゃ、純粋に人類を守るためって事です……か?」
 由香ちゃんはひどく驚いた様子で俺を見る。

「そうだよ。エンジニアは嘘つけないしね」
 そう言って俺はちょっと自嘲気味に笑った。

「人類を守るため……。そういう事なら……」
 由香ちゃんは目を瞑り、大きく息を吸った。

 しばらく眉間にしわを寄せて、何かを考えているようだったが、キッと目を見開くと、
「決めました! 私も仲間に入れてください。その深層守護者計画に!」
 まっすぐに俺を見つめて、迷いのない声で言い切った。

「いいのかい? もう後戻りできないよ?」
「人類の守護者を作る極秘プロジェクト、最高じゃないですか!」
 両手にこぶしを握って興奮気味に言う。

「そう?」
「そうですよ! 私、これを……これを探してたんです!!!」
 由香ちゃんは瞳をキラキラと輝かせながら言う。

「これ? というのは?」
「何の迷いもなく、人生をかけられる仕事ですよ!」
「そんなに?」
「そうですよ! 深層守護者計画は人類に必要な仕事です! 私も仲間にしてください!」
 驚くほどノリノリである。

「あー、そう? じゃ、よろしくね」
「はい!!!」
 由香ちゃんは満面の笑みで言った。

「さっそくですが、私でもできる事ないですか?」
「できる事……? 由香ちゃんは血液型何型?」
「え? AB型……ですけど……」

 俺はガッツポーズをした。

「じゃ、とりあえず血を下さい」
 俺は両手を合わせてお願いする。

「え……? もしかして、赤ちゃんに使うんですか?」
「そうそう、定期的に人工胎盤の血液を、変えないといけないんだよ。今は俺一人なので大変なんだ。頼むよ」
「そのくらい全然大丈夫ですよ!」
 由香ちゃんはニッコリと笑う。とてもいい娘である。

 やった、これで少し楽になる。一応、薬を服用していないか確認として……

「由香ちゃんは、病気持ちだったりしないよね?」
「もちろん健康……あ、まぁこれはいいのかな?」
 ちょっと顔を曇らせる由香ちゃん。

「え? 何か病気あるの?」
「いや……そう言う訳では……ないんですが……」
 モジモジしながら、はっきりしない由香ちゃん。

 クリスが由香ちゃんの方をジッと見て、頷いて手をかざした。

 由香ちゃんの身体が淡く光り、少し浮かぶ。

「えっ!?」
 そう言いながら、自分の身体を見回す由香ちゃん。

 そのうち、気持ちよさそうに恍惚の表情を浮かべた。
 何か、治療されているようだ。

 しばらくして光が消え、ゆっくり着地をすると

「あっ! マズいです!」
 と言って、腰を引いた姿勢で固まった。

 俺はビックリして、由香ちゃんの身体を支えて、
「大丈夫!?」と、聞くと

「ちょっと、放してください!」
 必死な表情で叫ぶ由香ちゃん。

「いや、具合悪いなら無理しちゃダメだよ」
 そう言って、由香ちゃんの身体をしっかり支えた。
 ふんわりと漂ってくる甘く優しい香りに、ついドキッとしてしまう。

「ダメダメ! 放して! もぅ、誠さんのバカ!!」
 そう言って俺の手を振り切ると、走って部屋を出て行ってしまった。

「バカ……?」
 唖然とする俺。

「…。今のは誠が悪いよ」
 そう言って、クリスがクスクス笑っている。

「え? どういう事?」
「…。彼女はトイレに行ったんだよ」
「え……?」

 トイレに行く病気?

「あ、便秘だったのか……」

 でもそんな事、言ってくれなければ分かる訳がない。
 手に残る、由香ちゃんの柔らかな手触りを思い出しつつ……複雑な表情をする俺を見て、クリスは笑いだしてしまった。

「…。誠はこないだから女難続きだな」
「何とかならないかなぁ?」

「…。まだまだ、女難の相が出てるぞ」
 そう言ってニヤッと笑うクリス。

「マジすか!?」
 賑やかな未来が俺を待ってるらしい。冴えないエンジニアの俺が女難の相だなんて、全く似合わないが、神様の予言は当たってしまうだろう。今から憂鬱である。
 
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登場人物紹介

神崎 誠

ITエンジニア


ひょんなことからクリスと出会い、AIを開発して人類の後継者づくりを始める。

恋人募集中。


クリス

救世主

奇跡を次々と起こし、人類の後継者づくりに協力する。

特技は美味しいワインを作る事、核ミサイルの弾頭を破壊する事。


金原 美奈

応京大学2年生

株式会社DeepChild取締役


田中 修一郎

太陽興産の2代目のボンボン

応京大学2年生

株式会社DeepChild CFO




シアン

人類の後継者として創り出されたAI

身体は赤ちゃんを利用


マーカス


世界一のAIエンジニア

神に呼ばれて人類の後継者づくりに参加する

マーティン


凄腕のインフラエンジニア

マーカスの友達

宮田 由香

応京大学4年生

株式会社DeepChild インターン

美奈ちゃんの先輩

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