8-1. 56億7千万年の袈裟斬り

文字数 4,756文字

 ここにきて俺は、漠然と感じていた違和感が決定的になるのを感じていた。
 クリスと出会ってから、想定外の事が次々と起こり、今、まさに大団円を迎えたわけだが……あまりにも出来過ぎだ。現実離れしすぎている。

 もしかしてこれらは全部夢か、とも思ったが、夢にしては長すぎる……。
 では、誰かの筋書き通りに踊らされているのか? しかし……、誰が何のために?
 俺はモヤモヤとした思いの中、眉間にしわを寄せながら、参列者をボーっと眺めていた。

 と、その時、いきなり時間が止まった。

 舞い散る花びらはピタッと静止し、音楽の演奏も静寂に飲み込まれ、みんなもマネキンになったかの様に、微動だにせず、全てが凍り付いた――――

 俺が呆然としていると、後ろから靴音が近づいてきた。

 カツ、カツ、カツ……

 誰かと思えば修一郎だった。スーツに身を包み、にこやかに近づいてくる。
 いつの間にやってきたのか……

「しゅ、修一郎……お、お前がこれをやったのか!?」
 俺は、冷や汗をかきながら声をかけると、

「やぁ、誠さん。僕は始祖(オリジン)、便宜的に修一郎君の身体を貸してもらってる」
 そう言って、修一郎っぽくない爽やかさで微笑んだ。

「オ、始祖(オリジン)? もしかしてこの世界の創始者という事……ですか?」
「そう思ってもらっていい。誠君、君は4層もの管理者(アドミニストレーター)に認められた。これは長い宇宙の歴史でもそうある事じゃない。それは誇っていい」
 なんと、この世界で一番偉い人が出てきてしまった。
 予想外の展開に俺は心臓が高鳴る。

「あ、ありがとうございます。たまたま運が良かっただけだと思います」
「ふふっ、謙虚なんだね」
「4層とおっしゃいましたが、この世界は何層で出来ているんですか?」
 好奇心が抑えられず、思わず聞いてしまう。

「見てもらった方がいいかな?」
 そう言うと、始祖(オリジン)は俺の手を取り、宙へ跳んだ。チャペルの屋根を抜け、海中を抜け、グングンと加速し、水の星からどんどん遠ざかり、気が付くと壮大な樹木の枝の様な構造が浮き上がってきた。枝の先にはピンクに光り輝く、まさに花の様な構造物が付いている。更にどんどんと遠ざかると、宇宙空間の中に、巨大な満開の桜の樹の様な構造物が浮いている様子が、見て取れた。

「仮想現実空間の入れ子構造を、樹木の枝に模して表現したのが、この世界樹だよ。君たちの地球があそこの枝の花。一万個の花を支える枝が海王星、その一つ根元が金星、さらに根元が水星、一番下の根っこが僕の星だ。文化と生命活動が盛んなのは末端の星、だから丁度満開の桜の樹のように、末端が咲き誇り、輝くんだ」

 始祖(オリジン)は丁寧に説明してくれる。

 宇宙空間に浮かぶ雄大な桜の樹が、俺たちの世界の全てを表している。それは暗闇の宇宙を照らすイルミネーションの様に美しく輝き、煌めく命の営みがそのまま心に伝わってくるかのような、荘厳な景観だった。どこからともなく桜の花の香りが漂ってきて、俺はすっかり魅了された。

「世界は庭木の様に、伸びては切られを繰り返し、たまに接ぎ木の様に移植もされるから、一直線の単純な構造ではないけど、56億7千万年かけてトータルでは一万層くらいは作られている」
 俺は壮大なスケールに圧倒された。世界樹は56億年かけて育った巨木という事らしい。しかし、気になるのは切られる事。切られるという事は星が消滅させられるという事、実に深刻だ。

「やはり切られちゃうんですね……。切られちゃった所はどうなってしまうんですか?」
 俺は恐る恐る聞いてみる。

「マインドカーネルは回収し、うちのマインドプールに繋ぐから、魂が消される事は無い。そこは安心していい」
「そ、そうなんですね……良かった。星の数はこの位が上限って事なんでしょうか?」
「そうだね、母星の容量に上限は無いが、幹の星たちの計算リソース、エラーやバグを考えると100万個程度が上限だろう」
 どうもエネルギーの問題ではない様だが上限はあるらしい。

「母星はどういう所なんですか?」
「あはは、何にもないよ。巨大なコンピューターが延々と並んでいるイカれた機械の星さ。生きてる人なんて私しかいない。後はAIたちが黙々とコンピューターをメンテしてるくらいさ。妻なんてあれになっちゃったし」

 そう言って始祖(オリジン)は世界樹を指さす。

「えっ? あれは奥様なんですか?」
「もちろん、人型に戻ろうと思えば戻れると思うよ。でも、世界樹が気に入ってしまったらしく、もう何十億年も樹のままさ」

 すると、世界樹が風を受けたかのように、ゆさゆさと揺れた。
 こちらの様子を見てるらしい。

 すべての星のマインドカーネルとつながって、その喜怒哀楽の光を枝先に付けて宇宙を照らす存在……確かに、生き方としては最上級の部類に入りそうだ。少し羨ましく思った。

「それにしても世界がこんな構造をしていたなんて、全然知りませんでしたよ」
 俺は、神々しい世界樹の放つ光に、心奪われながら答えた。

 すると始祖(オリジン)は急に真顔になり、
「まぁ……そう思うのも無理はない……か。さて、儀式の時間だ……」
 低い声でそう言うと、胸の前で指先をツーっと動かして空間の切れ目を作った。

 何をするのかと見ていると、始祖(オリジン)はそこから古めかしい鉄剣を取り出した。それは古代ローマ軍のグラディウスに似た、どっしりとした肉厚で幅広な両刃の剣だった。

 俺が(いぶか)しく思っていると、始祖(オリジン)は聖剣をジッと見つめ、
「これは聖剣『開闢之剣(レーヴァテイン)』、56億7千万年の時を超えて今、君の血を求めている」
 そう言って、聖剣にそっと顔を近づけ、ゆっくりと撫で、刃の具合を確認する。
 そして、納得したようにニヤッと笑った。

「血? 俺の血……ですか?」
 何だか面倒な事になってきた。

 始祖(オリジン)は聖剣を胸の前に立てて構えると目を瞑り、何か呪文をつぶやいて『ハッ!』と気合を入れる。すると、聖剣の刀身に、光を放つ文字が次々と浮かび上がり、最後に刀身全体が薄い青色の光を纏った。

 始祖(オリジン)は満足そうに聖剣を眺め、そして、俺に向けてビュッと振り下ろした。

「さぁ、儀式の始まりだ」

「ちょ、ちょっと待ってください。俺を斬るつもりですか!? 何のために?」
 俺は焦って後ずさりながら言う。

 始祖(オリジン)はゆっくりと俺に近付きながら、中国雑技団のパフォーマンスの様に、重厚な聖剣を軽々と振り回す。ビュンビュンという不気味な音が響く。

「何のため? 56億7千万年前に、そう決められたんだ……。ここで誠君を斬る……ってね」
 始祖(オリジン)はさも当たり前のように言う。

 全く支離滅裂な説明に、俺は絶望した。狂ってる。俺はまだ生まれてから28年しか経ってない。なぜ、56億7千万年前に俺の話が出るのか?

 俺はダッシュした。狂人からは逃げるしかない。全速力で駆けた……が、そんな俺を嘲笑(あざわら)うかのように、目の前にすうっと始祖(オリジン)が現れる。

「どこへ行こうというのかね?」
 始祖(オリジン)は嫌な笑いを浮かべている。

「うおっ!」
 俺は急停止し、肩で息をしながら始祖(オリジン)を睨む。

「はっはっは、距離などこの空間では無効だよ。」

 俺は逃げられないと観念した。

「斬るなんてやめましょうよ、何でもしますから……」

 俺は必死に手を合わせて拝む。
 始祖(オリジン)は刀身を肩に載せ、少し考え、言った。

「まぁ、そうだな……、私自身、最初の数万年ですっかり待ちくたびれて、儀式なんてどうでもよくなってたんだ。だから君の事などとっくに忘れてた、というのが正直なところさ……。それだけ56億年という時の流れが永遠だった、という事でもある。でも、ついさっき『4層もの管理者(アドミニストレーター)に認められた地球人がいる』って聞いて思い出しちゃったんだ。そうだ、『誠君を斬らなきゃいけない』ってね」

 思い出しついでに、人を斬るのか? 頭いかれている……

「忘れてたくらいならスルーしましょうよ」
 俺は何とか穏便に済ませようとするが……

 始祖(オリジン)は思いっきり振りかぶって間合いに入ってくる。
 
 俺は素早く横に避け、距離を取りながら必死に反駁(はんばく)する。

「俺は28歳だぞ! なんで56億年前の話題に出るのか? 狂ってる!」

 始祖(オリジン)は聖剣をガン!と床に打ち付け、俺をじっと睨み、言った。

「誠君……、過去はね、未来の人が決めるものだ」

 おかしな事を言い出した。

「何バカな事言ってるんだ! 過去を変えられる訳がない!」
「確定した歴史についてはそうだ。だが、未確定の過去は無限の可能性の混沌(こんとん)状態のままだ」
「混沌……?」
「誠君もよく知ってる二重スリットの実験があるだろう。飛んでくる粒子の軌道が、観測すると変わってしまう奴」

 確かに極微小な世界では時間の流れがおかしいが、それはあくまでも原子とか電子の話だ。

「そんな実験と、56億年前の話とどう関係があるんだ!」

「……、やっぱり斬った方が早いな」


 始祖(オリジン)は再度聖剣に気を込めると、聖剣はさらにいっそう青く輝いた。そして軽くビュンビュンと振り回し、上段に構えた。

「止めましょうよ……うわっ!」

 始祖(オリジン)は無表情で俺に斬りかかり、俺はギリギリ横にかわした。

 Clack(カン)

 左手に剣が当たり、腕時計のG-SHOCKが砕ける。
 ダメだ、本気で俺を殺すつもりだ。

 始祖(オリジン)は攻撃の手を休めない。絶望で真っ青になった俺をめがけ、再度聖剣を振り下ろす――――

「止めろ――――!!」
 俺の叫びは届かず……

 Flick(ザシュ)

 なすすべなく俺は袈裟斬(けさぎ)りにされた。
 
 斬られる瞬間、スローモーションのように、全てが鮮明にゆっくりと感じられた。肩口に入った刃は俺の筋肉、肋骨、内臓を次々と切り裂きながら俺を壊していく。切り口から焼けるような痛みが伝わり始める。
 しかし、斬られながら俺は、不思議と頭はクリアだった。そして、刃が心臓に届いたとき、俺は全てを悟ったのだった。


         ◇


 聖剣『開闢之剣(レーヴァテイン)』から流れ込んでくる56億7千万年前の記憶……俺を斬る事になった原因の男……その男の姿を見て俺は全てを理解した。その男はなんと俺自身だったのだ。
 俺が感じていた違和感、誰がこの筋書きを描いていたのか、その答えがここにあった。そう、この世界を創っていたのは、なんと俺だったのだ。

『Cogito, ergo sum.(我思う故に我あり)』
 俺が自分自身を認識したから俺が誕生し、俺が世界を認識したから世界は存在したのだ。これは量子力学の基本である。認識する観測者が居なければ世界はいつまでも混沌のままだが、誰かが認識したらそこで世界は確定する。この世界において、認識者は俺だった。俺が見て、聞いて、考えたから、この世界はこの形になったのだ。

 一瞬そんな馬鹿な、とも思ったが、量子力学の研究が進んだ現代においては、観測者が事象の主体であることは、科学的にはもはや常識だ。そして、それは量子のサイズにとどまらず、人間サイズの世界でも同様だったのだ。

 この世界は、俺が創った俺の世界だったのだ……

 で、あるならば、今、この俺の身体を切り裂いている聖剣も、俺の認識の結果にすぎない。
 俺は、この空間を管理しているコンピューターシステムを捕捉した。システムには必ず管理機構があり、管理機構もソフトウェアだから、必ずセキュリティ上穴がある。穴が都合よく、俺のアクセスの時に開くこともあるだろう。だって、ここは俺の世界なんだから……。
 果たして、俺はイマジナリーの権利を確保し聖剣を捕捉すると、その動きを止めた。そして、右手で刃を掴み、引き抜き、取り上げた。
 始祖(オリジン)はニコッと笑うと、胸に手を当てて(うやうや)しく言った。

創導師(グランドリーダー)の覚醒、お慶び申し上げます」

 俺は身体を元通りに治し、聖剣を高く掲げた。56億7千万年を超え、役目を終えた聖剣『開闢の剣(レーヴァテイン)』は、光の粒子の塊になり、たくさんのホタルの群れとなって、次々と宇宙空間に向けて飛び立っていった。
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登場人物紹介

神崎 誠

ITエンジニア


ひょんなことからクリスと出会い、AIを開発して人類の後継者づくりを始める。

恋人募集中。


クリス

救世主

奇跡を次々と起こし、人類の後継者づくりに協力する。

特技は美味しいワインを作る事、核ミサイルの弾頭を破壊する事。


金原 美奈

応京大学2年生

株式会社DeepChild取締役


田中 修一郎

太陽興産の2代目のボンボン

応京大学2年生

株式会社DeepChild CFO




シアン

人類の後継者として創り出されたAI

身体は赤ちゃんを利用


マーカス


世界一のAIエンジニア

神に呼ばれて人類の後継者づくりに参加する

マーティン


凄腕のインフラエンジニア

マーカスの友達

宮田 由香

応京大学4年生

株式会社DeepChild インターン

美奈ちゃんの先輩

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