8-11. 最高の女神様

文字数 4,465文字

 Flick(バシッ)

 美奈ちゃんは、いきなり扇子で俺の頭を叩いた。

「痛い! 何すんだよ!」
 俺が怒ると、

「あなた、あれだけの攻撃まともに食らって無事なのに、なんで扇子で痛いのよ?」
 そう言って美奈ちゃんは(いぶか)し気に俺を見る。

「あれは準備してたから……」
「準備して何とかなるようなもんじゃなかったわよ?」
 と、直球で突っ込んでくる。

 俺は気おされながら答えた。
「世界を導く属性を得たんだ。ちょっと説明が難しいんだけど、これからは何か困った事があったら、俺に相談してごらん」

「世界を導くと騎士に勝てるの? 何言ってるんだか分かんないわよ! でも……まぁいいわ。助かったし……。そう言う事にしておいてあげるわ……」
 美奈ちゃんはそう言うとうつむき……。
 しばらく何かを考えた後、俺を見ると、
「ありがと!」
 と、ちょっと目を潤ませて、今までで最高の笑顔を見せた。


        ◇


 始祖(オリジン)が声を上げる。
「レディース、アンド、ジェントルマン! ここで、新郎より皆様にご挨拶がございます。ご静粛にお願いいたします!」

 始祖(オリジン)の、いきなりの無茶振りに一瞬焦ったが、確かにそろそろ締めないといけない。俺は覚悟を決めた。
 俺は由香ちゃんの手を取り、一緒に壇上に上がった。

「皆さん、本日は盛大に祝ってくれて、ありがとうございます。また、ちょっとハプニングはありましたが、美奈ちゃん、マーカス、ご婚約おめでとうございます。めでたい事が続いて、私もうれしさで胸いっぱいです。さて、半年前まで、私は人間の事を何も分からない頭でっかちのバカ者でした。でも、ここにいる会社の仲間たちのおかげで、私は初めて人間とは何かを知り、愛する人を得て本当の意味での、人間としてのスタートラインにつくことができました。これからは二人で愛ある家庭を築き、この世界樹の輝きの一つに加わっていきたいと思います。また、次のプロジェクトとして、ここにある全ての星に住まう全人類を笑顔にしたいと思います。皆さんのところに相談に行く事もあるかと思いますが、その時は話し相手になってください。これからもよろしくお願いします」

「おぉぉ」「おぉ~」
 パチパチパチパチ

 どよめきと拍手が起こる。

 俺はイマジナリーで、ピンクのバラを束ねたブーケを出して、由香ちゃんに渡した。

「由香ちゃん、ブーケトスだ」

 由香ちゃんは、笑顔で受け取り、
「『ヴィーナシアンの花嫁』さんにトス!」
 そう言って、ブーケを美奈ちゃんに投げた。

「うわぁぁぁ、先輩ちょっと待って!」 
 美奈ちゃんは何度か落としそうになりながら、ブーケをキャッチ。

 すると会場から歓声が起こり、

 パチパチパチパチ
 パチパチパチパチ
 と、一段大きな拍手となった。

 チャペルいっぱいに響く拍手の音。
 世界樹の輝きの中で、二組のカップルは温かい祝福を受けた。

始祖(オリジン)は、その様子を満足そうに眺めた後、修一郎の身体を残して去って行った。

 修一郎は、いきなりチャペルで意識が戻った格好になって、狼狽してる。

「え? あれ? 何? ここはどこ……、結婚式?」

 俺が声をかけてあげる。
「お、マイブラザー、お疲れ! 俺と由香ちゃんは結婚する事になったんだ。後、美奈ちゃんとマーカスも」
「え? 何? いつの間にそんな事に!?」
 目を丸くして驚く修一郎。

「今度、銀座のバーでゆっくり説明してやるから、今は祝ってくれ」
「えー、……、でも、由香先輩、凄い綺麗……誠さん、羨ましいっすよ~」
 純白のウェディングドレス姿の由香ちゃんに、見惚れる修一郎。照れる由香ちゃん。

「あら、シュウちゃん、私より先輩の方が綺麗だって言うの?」
 美奈ちゃんが、今にも殺しそうな目をして言う。

「あ、いや、姫は別格だから……」
 修一郎は、あたふたしながら答える。

「ふ~ん、まぁいいわ。私の結婚式には呼んであげるから、ウェディングドレス姿を目に焼き付けなさいよ!」
「わ、分かりましたぁ」
 気おされて敬礼する修一郎。
 クスクスと笑い声が起こる。


      ◇


 俺は周りを見渡しながら言った。
「では、我々はこの辺でおいとまします! 後でまた連絡しますね!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 私たちはここからどうやって帰るのよ!?」
 美奈ちゃんが突っかかるように言う。

「あ、そりゃそうだよなぁ……」

 俺はシアンに聞いてみる。
「帰宅を頼める?」

 シアンは
「きゃははは!」
 と笑うと、
「僕がやっておくよ!」と、言った。

「だ、そうだから、シアンに頼んで!」
「えっ? これがシアン? シアンにそんな事できるの?」
 驚く美奈ちゃん。

「シアンは驚異のバージョンアップを果たしてしまったんだよ……」
「えっ? いつの間に!?」
 美奈ちゃんは丸い目をして、シアンをガン見する。

 シアンは自慢気に腰に手を当てて胸を張り、軽くタタタンタンとステップを踏んだ。

 そして、
「きゃははは!」
 と笑うと、指をパチンと鳴らした。
 すると、世界樹とは反対側に、盛大な打ち上げ花火が次々と上がった。

「うわぁ、綺麗……」
 ウットリとする由香ちゃん。
 そして、呆気にとられる美奈ちゃん。
 キラキラと色を変えながら、次々と大きく花開く打ち上げ花火に、歓声が上がる。

 参列者はしばし、光のイリュージョンに心奪われていた。

 盛りだくさんだった結婚式を締める素敵な演出に、俺は心が満たされていくのを感じていた。

「ありがとう、シアン」
 俺がそう言うと、

「えへへへ……パパ、ママ、結婚おめでとう……産んでくれてありがと!」
 シアンは照れながらそう言って、頭をかいた。

「おや? ずいぶん大人になったじゃないか」
 俺がそう言うと、

「もう赤ちゃんじゃないもん」
 そう言って、恥ずかしそうに下を向いた。

 すると、由香ちゃんはちょっと目を潤ませてシアンをハグし、シアンもうれしそうに応えた。

 シアンを産みだしたのは間違いではなかった。何度も殺されそうになって正直疎ましく思う事もあったが、それでもシアンは俺の子供だ。可愛い可愛い手塩にかけて育てた子供なのだ。そして、子が親を超えようとするのはむしろ健全。そういう子供をしつけてやるのもまた親の仕事だろう。

 すると、シアンがうれしそうに俺を引き寄せる。
「パパもおいでよ」
 三人でハグをする形になった。
 親子三人の微笑ましい抱擁(ほうよう)ではあるが……押し付けられる豊満な四つのふくらみについ意識が行ってしまって、感傷的な気分にはなれない。ちょっと刺激が強すぎる。二人は幸せそうに目を瞑っているが、俺はあまりに幸せ過ぎて心臓がどうかなってしまいそうである。

「そうだ、写真撮ろう、写真!」
 俺は半ば強引にそう言って横一列に並ばせた。

「チーズ!」
 と、言って3人の姿を画像データに落とした。

 すると、美奈ちゃんが
「あ、写真撮るなら言いなさいよ~!」
 と、声を上げ、みんながどやどやと集まって来る。

 結局、全員集まって集合写真となった。

 壮大な世界樹の満開の桜をバックに、皆思い思いのポーズをする。そしてこれがdeep child社の全員がそろう、最初で最後の記念撮影となった。

 全員の幸せそうな笑顔が一枚に集まった宝物……何よりもうれしい記念品ができた。 

 心から思う、俺は幸せ者だ。


      ◇


 撮影が終わると、美奈ちゃんがツカツカツカと近づいてきた。

「さっきの、『全人類を笑顔にする』って面白いじゃない。どうやるのよ?」
 好奇心たっぷりに聞いてくる。

「細かい事はこれから、まずはいろんな星を見て回るよ」
「ふーん、どこの星でもルールを変えようとすると、既得権益層と戦争になるわよ?」
 美奈ちゃんは意地悪な顔をして言った。

「なるべく戦争にならないようにするけど……、戦争になったら必ず俺勝っちゃうんだよね。実はさっきも土星(サターン)天王星(ウラヌス)を叩き潰してきたんだ」
 そう言うと、美奈ちゃんは丸い目をして固まった。

「……。あなたどんだけチートなのよ」
 美奈ちゃんが呆れたように言う。

「『大いなる力には、大いなる責任が伴う』だよ、強すぎるのも考え物だよ」
 俺がそう言うと、美奈ちゃんは肩をすくめた。

 そして、美奈ちゃんはちょっと考えると、
「計画が決まったら教えなさいよ、手伝えるかもしれないわ」
 そう言ってニコッと笑った。

「助かるよ! その時はよろしく」
 俺は微笑みながら右手を出した。
 美奈ちゃんはそれを見ると、オーバーアクション気味にガシッと握手をし、俺を見つめた。
 しばらく見つめ合う二人――――

 激動の1年弱がそれぞれ二人の胸に去来する。
 BBQの公園で出会い、一緒に会社を作り、胸を揉んだ揉まないで揉め、命を助けられ、地球を救ってもらった最高に濃い時間、宝石のような珠玉のメモリー……。

 そして今、この幻想的なチャペルで別れの時を迎えた。

 もちろん、二度と会えない訳ではないけれど、もう今までのようには過ごせない。

「いろいろ、ありがとう」
 俺はそう言って、ちょっと潤む目を手で拭った。

「こちらこそ……」
 美奈ちゃんもちょっと潤んでいた。

「あの時……」
 俺はつい口に出してしまう。言うつもりはなかったのだが……。

「なぁに?」
 美奈ちゃんは今まで聞いた事のないような優しい声で、上目遣いに聞いてくる。

 俺はしばらく下を向いて言葉を選ぶ……。
 そして美奈ちゃんの琥珀(こはく)色の瞳を見つめてゆっくりと言った。
「あの時、キス……していたら何か変わってたかな?」

 すると美奈ちゃんはニヤッと笑って、
「あっ、誠さんは覚えてないのかぁ……」
 思わせぶりにそう言って、斜め上を見た。

「えっ!?」
 固まる俺。
 そして、この人は時間をいじれる事を思い出した。

「キスしても変わらなかったわよ!」
 美奈ちゃんはそう言って、吹っ切れた表情で笑った。

 もし、キスをした俺がいたとしたなら……どんな気持ちになったのだろう。俺は目を瞑って少し想像し、しかし、その先の虚無を思い、思わず苦笑した。

 本当かどうかはわからないが、美奈ちゃんの答えは決まっていたのだ。

「お幸せに……」
 美奈ちゃんは晴れ晴れとした笑顔で言った。

「美奈ちゃんもお幸せに……」
 俺もニッコリと笑った。
 そして、目を瞑り、コンビニで一緒に買った1100円のショコラを、金色のリボンの可愛いギフトバッグに入れ、手の上に出した。

「はい、お土産のドルチェ、思い出の味だよ」
 俺はそう言って渡した。
 美奈ちゃんはそれを受け取ると、中を覗き……

「何よ! もっと高級なの出し……なさ……いよ……」
 声を詰まらせながら、ハンカチで半分顔を隠しながら言った。

 ついこないだの事ではあるが、俺たちが必死に試行錯誤したあの季節は、今や大切な人生の宝物となっている。これからまだまだいろんな思い出は重ねるだろうが、あの田町のメゾネットマンションで怒って笑って絶望して歓喜した日々は、絶対に色あせないだろう。

『ありがとう……美奈ちゃん。最高の女神様だったよ……』

 俺は自然と潤んできた涙をハンカチでぬぐうと、もう一度握手し、優しく背をポンポンと叩いた。



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登場人物紹介

神崎 誠

ITエンジニア


ひょんなことからクリスと出会い、AIを開発して人類の後継者づくりを始める。

恋人募集中。


クリス

救世主

奇跡を次々と起こし、人類の後継者づくりに協力する。

特技は美味しいワインを作る事、核ミサイルの弾頭を破壊する事。


金原 美奈

応京大学2年生

株式会社DeepChild取締役


田中 修一郎

太陽興産の2代目のボンボン

応京大学2年生

株式会社DeepChild CFO




シアン

人類の後継者として創り出されたAI

身体は赤ちゃんを利用


マーカス


世界一のAIエンジニア

神に呼ばれて人類の後継者づくりに参加する

マーティン


凄腕のインフラエンジニア

マーカスの友達

宮田 由香

応京大学4年生

株式会社DeepChild インターン

美奈ちゃんの先輩

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