3-2.ザギンでシースー
文字数 3,428文字
手術の緊張から解放された気だるさの中で、あくびをしながら珈琲を入れていると、修一郎の親父さんから電話がかかってきた。
「あー、神崎君? こないだはありがとう。おかげで天安は手を引いてくれたようだ」
俺は、珈琲をドリップしながら返事をする。
「それは何よりです」
「お礼をしないとな、と思うんだが、今晩あたり会食でもどうかね?」
上場企業の社長によるお礼の会食、これは期待できそうだ。俺は前のめりで返事をする。
「いいですね! みんなも連れてっていいですか?」
「もちろん構わんよ!」
という事で、仕事帰りに銀座のすし屋に向かう。
新橋駅で降り、高速のガードをくぐると、昭和を感じさせる銀座の独特な電飾たちが目の前に広がり、高揚感が広がってくる。
「ザギンでシースーですよシースー!」
俺は浮かれて美奈ちゃんに絡む。
「何がシースーよ! オッサン臭いわよ!」
美奈ちゃんは呆れ、シッシッと俺を追い払う仕草をする。
◇
スマホの地図通りに行くと、どうやらこの店らしい。
木製の格子戸を恐る恐る開けると、白木の立派なカウンターに寿司職人がいて
「いらっしゃいませ!」
と、いい声で迎えてくれた。
「田中で予約してると思います」
そう伝えると、奥へと案内された。
カウンターでは、見るからに同伴のペアが何組も寿司を楽しんでいる。さすが銀座だ。
静かな個室に通される。
奥にかけた掛け軸に、ダウンライトの明かりが当たり、落ち着くインテリアだ。
先にビールを貰って飲んでると、修一郎と親父さんが現れた。
「悪いね、少し遅れちゃった!」
「いえいえ、先にやらせてもらってます」
親父さんは店員に声をかける
「ビール二つ、それと最初に刺身、適当に見繕って!」
「かしこまりました」
親父さんはおしぼりで顔を拭きながら、嬉しそうに言った。
「おたくのAI凄いな、取引中止企業って教えてくれてた鈴屋商事、不渡り出したよ」
「うちのAIは凄いんです」
俺はちょっと良心の痛みを感じながら、ニッコリと答えた。
「この情報だけでも、売れるんじゃないか?」
「将来的には、AIのサービスの一環として、そういう情報も売っていきますよ」
まぁ、クリスが出す情報は売れないんだが、ここはそう言っておかないと。
扉を開けて店員がやってくる。
「ビールお持ちしました~」
親父さんはにこやかに皆を見回して音頭をとる。
「では、天安撃退を祝って! カンパーイ!」
「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」
泡が放つ芳醇のアロマ……仕事の後のビールは本当に美味い。
刺身の盛り合わせも来たので、本ワサビを乗せてカンパチから頂く。
しゃっきりとしていて、口の中に広がる脂が甘く、ワサビとのハーモニーがまた美味い。
「あー、銀座最高だ……」
刺身を堪能していると、親父さんが身を乗り出してきて言った。
「でな、神崎君」
「はい、何でしょう?」
「儲け話があるんだけど、どう思うかね?」
「ブロックチェーンで月に5%って奴ですか?」
ビールを飲みながら、適当に与太話で返す。
すると、親父さんは目を丸くして言う。
「え? 何で知ってるの?」
思わずビールを吹き出しそうになった。いい加減に、適当に言ったら当たってたらしい。
「いや、そういう詐欺最近多いので」
「詐欺? これは詐欺じゃないよ。ほら、これ見て!」
親父さんはカバンから立派なパンフレットを取り出してきて、広げた。
「う~ん、良くできた詐欺ですね」
「詐欺じゃないって! ブロックチェーンを使った最先端技術で、安定して利益が出る事業への投資なんだって」
親父さんは、パンフレットをバンバン叩きながら、熱弁をふるう。
「別に目新しい技術でもないですよ」
「そ、そうなの? でもメンバーが凄いんだよ、ほら、この人なんて、ICOで何度も当ててる、業界の有名人なんだって」
指さす先を見ると、胡散臭そうなロシア人が格好つけて写真に映っていた。
「勝手に名前借りてるだけじゃないですかね? 会って話しました?」
「い、いや…。でも毎月ちゃんと振り込まれてくるんだよ」
「え? もうお金払っちゃったんですか!?」
俺は思わず天を仰ぎ、おでこに手をあてた。
「友達に勧められたんで1億位……。でも毎月500万円ちゃんと振り込まれてくるんだ」
「いつ払ったんですか?」
「3か月ほど前かな?」
「今すぐ、解約してください」
俺は強い調子で言い切った。
「……。解約するとかなり違約金が……」
親父さんは俯 き加減に力なくつぶやく。
「このままだと、半年くらいで支払いが止まりますよ」
「そんな……。まだ、詐欺と決まったわけじゃないだろ?」
「このスキームは出資法違反なので、まともな会社は絶対にこういう事やらないんです」
親父さんは目を丸くして固まる。
「え? 違法なの……?」
「事前にご相談してくれれば……」
「け、警察行こう!」
親父さんは必死な目して俺の手を取る。
「警察は民事不介入ですよ。契約通り進んでいるのなら、相手してくれませんね」
「でも、違法なんだろ?」
「この手のは警察もあまり動かないんですよ。それに、もし逮捕したとしても、お金は戻ってこないですね。お金の問題は民事なので」
「じゃ、どうしたら……」
親父さんは、しばらくうつむいて何かを考えこんでいたが、意を決すると
「神崎君、何とかならんかね? 友達にも紹介してしまったんだ」
と、俺の腕をぶんぶんと振って、必死に訴えてくる。
俺は目を瞑って首を傾げ、ちょっと考えてみる……。
だが、契約して金を払ってしまったとなれば、打つ手はほとんどない。お手上げだ。
俺は渋い顔をしてクリスの方を見た……。
クリスはビールを置くと、親父さんを見て、
「…。残念ですが、詐欺は騙される側にも問題があります」
冷徹にそう言った。
「いや、確かに、儲け話に目がくらんだのは確かだ。だが……、全額でなくてもいいから、取り戻せんか?」
クリスは目を瞑って上を向いて何か考え込み、しばらく首をゆっくりと左右に振っていた。
そして、何かを思いつくと、親父さんを見て穏やかに笑い、口を開いた。
「…。分かりました。悪人を放っては置けません」
「おぉ、何とかしてくれるかね!」
「…。まずはこの遠藤さんを呼び出してください。ちょうど銀座に居ます」
クリスはパンフの中のヒゲ眼鏡を指して言った。
どうしてみんな銀座に居るんだろう? 日本は銀座で動いているのか?
◇
遠藤と連絡がついて、例のバーで話をする事になった。
お金を取り返す前に、まずは腹ごしらえ。
親父さんは店員を呼び出して言った。
「人数分適当に握ってくれんかな? ワシはシャリ小で」
俺も結構食べたので、
「あ、私のもシャリ小で!」と、伝えた。
「シャリ小って何?」
美奈ちゃんがひそひそ声で聞いてくる。
「ご飯少な目って意味だよ」
「あ、じゃぁ私もシャリ小で!」
美奈ちゃんが笑顔で声をあげる。
ビールを飲みながら盛り上がっていたら、日本酒とお寿司がやってきた。
綺麗なガラス皿に、丁寧に並べられたお寿司は、ツヤツヤに光り輝いており、見てるだけでもうっとりとする芸術作品だ。目で味が分かるレベルである。
口に入れると、シャリがふんわりほどけて、そこにネタの香りが加わる。
そして富山の日本酒を一口……。
『あー、幸せだなぁ……』
ジーンと胸のあたりが温かくなり、ふんわりと広がっていく多幸感に俺はしばらく浸っていた。
寿司は銀座に限る。
美奈ちゃんは、器用にお寿司をひっくり返し、しょうゆをつけると、パクりと一口でいった。
目を瞑り、しばらくもぐもぐと堪能して、
「う~ん、幸せ!」
と、最高の笑顔をこぼす。
俺はこういう素朴な笑顔に弱いかもしれない。
ほろ酔い気分でそんな美奈ちゃんをボーっと眺めながら、俺は、湧き上がってくる柔らかい温かな感情に包まれていくのを感じていた。
俺の視線に気づいた美奈ちゃんが、
「何よ! あげないわよ!」
そう言って、キッとこっちを睨む。
「あ、いやいや、美味しそうに食べるなぁ、と思って見てたんだ」
俺は自然とこぼれてくる笑みのまま、そう言った。
「美味しい物は美味しく食べないと、罰が当たるのよ!」
美奈ちゃんはそう言って、大トロを一気に行くと、また嬉しそうにフルフルと揺れ、笑った。
俺はゆっくりとうなずきながら、この娘に出会えて良かったと、心の底から思った。
「あー、神崎君? こないだはありがとう。おかげで天安は手を引いてくれたようだ」
俺は、珈琲をドリップしながら返事をする。
「それは何よりです」
「お礼をしないとな、と思うんだが、今晩あたり会食でもどうかね?」
上場企業の社長によるお礼の会食、これは期待できそうだ。俺は前のめりで返事をする。
「いいですね! みんなも連れてっていいですか?」
「もちろん構わんよ!」
という事で、仕事帰りに銀座のすし屋に向かう。
新橋駅で降り、高速のガードをくぐると、昭和を感じさせる銀座の独特な電飾たちが目の前に広がり、高揚感が広がってくる。
「ザギンでシースーですよシースー!」
俺は浮かれて美奈ちゃんに絡む。
「何がシースーよ! オッサン臭いわよ!」
美奈ちゃんは呆れ、シッシッと俺を追い払う仕草をする。
◇
スマホの地図通りに行くと、どうやらこの店らしい。
木製の格子戸を恐る恐る開けると、白木の立派なカウンターに寿司職人がいて
「いらっしゃいませ!」
と、いい声で迎えてくれた。
「田中で予約してると思います」
そう伝えると、奥へと案内された。
カウンターでは、見るからに同伴のペアが何組も寿司を楽しんでいる。さすが銀座だ。
静かな個室に通される。
奥にかけた掛け軸に、ダウンライトの明かりが当たり、落ち着くインテリアだ。
先にビールを貰って飲んでると、修一郎と親父さんが現れた。
「悪いね、少し遅れちゃった!」
「いえいえ、先にやらせてもらってます」
親父さんは店員に声をかける
「ビール二つ、それと最初に刺身、適当に見繕って!」
「かしこまりました」
親父さんはおしぼりで顔を拭きながら、嬉しそうに言った。
「おたくのAI凄いな、取引中止企業って教えてくれてた鈴屋商事、不渡り出したよ」
「うちのAIは凄いんです」
俺はちょっと良心の痛みを感じながら、ニッコリと答えた。
「この情報だけでも、売れるんじゃないか?」
「将来的には、AIのサービスの一環として、そういう情報も売っていきますよ」
まぁ、クリスが出す情報は売れないんだが、ここはそう言っておかないと。
扉を開けて店員がやってくる。
「ビールお持ちしました~」
親父さんはにこやかに皆を見回して音頭をとる。
「では、天安撃退を祝って! カンパーイ!」
「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」
泡が放つ芳醇のアロマ……仕事の後のビールは本当に美味い。
刺身の盛り合わせも来たので、本ワサビを乗せてカンパチから頂く。
しゃっきりとしていて、口の中に広がる脂が甘く、ワサビとのハーモニーがまた美味い。
「あー、銀座最高だ……」
刺身を堪能していると、親父さんが身を乗り出してきて言った。
「でな、神崎君」
「はい、何でしょう?」
「儲け話があるんだけど、どう思うかね?」
「ブロックチェーンで月に5%って奴ですか?」
ビールを飲みながら、適当に与太話で返す。
すると、親父さんは目を丸くして言う。
「え? 何で知ってるの?」
思わずビールを吹き出しそうになった。いい加減に、適当に言ったら当たってたらしい。
「いや、そういう詐欺最近多いので」
「詐欺? これは詐欺じゃないよ。ほら、これ見て!」
親父さんはカバンから立派なパンフレットを取り出してきて、広げた。
「う~ん、良くできた詐欺ですね」
「詐欺じゃないって! ブロックチェーンを使った最先端技術で、安定して利益が出る事業への投資なんだって」
親父さんは、パンフレットをバンバン叩きながら、熱弁をふるう。
「別に目新しい技術でもないですよ」
「そ、そうなの? でもメンバーが凄いんだよ、ほら、この人なんて、ICOで何度も当ててる、業界の有名人なんだって」
指さす先を見ると、胡散臭そうなロシア人が格好つけて写真に映っていた。
「勝手に名前借りてるだけじゃないですかね? 会って話しました?」
「い、いや…。でも毎月ちゃんと振り込まれてくるんだよ」
「え? もうお金払っちゃったんですか!?」
俺は思わず天を仰ぎ、おでこに手をあてた。
「友達に勧められたんで1億位……。でも毎月500万円ちゃんと振り込まれてくるんだ」
「いつ払ったんですか?」
「3か月ほど前かな?」
「今すぐ、解約してください」
俺は強い調子で言い切った。
「……。解約するとかなり違約金が……」
親父さんは
「このままだと、半年くらいで支払いが止まりますよ」
「そんな……。まだ、詐欺と決まったわけじゃないだろ?」
「このスキームは出資法違反なので、まともな会社は絶対にこういう事やらないんです」
親父さんは目を丸くして固まる。
「え? 違法なの……?」
「事前にご相談してくれれば……」
「け、警察行こう!」
親父さんは必死な目して俺の手を取る。
「警察は民事不介入ですよ。契約通り進んでいるのなら、相手してくれませんね」
「でも、違法なんだろ?」
「この手のは警察もあまり動かないんですよ。それに、もし逮捕したとしても、お金は戻ってこないですね。お金の問題は民事なので」
「じゃ、どうしたら……」
親父さんは、しばらくうつむいて何かを考えこんでいたが、意を決すると
「神崎君、何とかならんかね? 友達にも紹介してしまったんだ」
と、俺の腕をぶんぶんと振って、必死に訴えてくる。
俺は目を瞑って首を傾げ、ちょっと考えてみる……。
だが、契約して金を払ってしまったとなれば、打つ手はほとんどない。お手上げだ。
俺は渋い顔をしてクリスの方を見た……。
クリスはビールを置くと、親父さんを見て、
「…。残念ですが、詐欺は騙される側にも問題があります」
冷徹にそう言った。
「いや、確かに、儲け話に目がくらんだのは確かだ。だが……、全額でなくてもいいから、取り戻せんか?」
クリスは目を瞑って上を向いて何か考え込み、しばらく首をゆっくりと左右に振っていた。
そして、何かを思いつくと、親父さんを見て穏やかに笑い、口を開いた。
「…。分かりました。悪人を放っては置けません」
「おぉ、何とかしてくれるかね!」
「…。まずはこの遠藤さんを呼び出してください。ちょうど銀座に居ます」
クリスはパンフの中のヒゲ眼鏡を指して言った。
どうしてみんな銀座に居るんだろう? 日本は銀座で動いているのか?
◇
遠藤と連絡がついて、例のバーで話をする事になった。
お金を取り返す前に、まずは腹ごしらえ。
親父さんは店員を呼び出して言った。
「人数分適当に握ってくれんかな? ワシはシャリ小で」
俺も結構食べたので、
「あ、私のもシャリ小で!」と、伝えた。
「シャリ小って何?」
美奈ちゃんがひそひそ声で聞いてくる。
「ご飯少な目って意味だよ」
「あ、じゃぁ私もシャリ小で!」
美奈ちゃんが笑顔で声をあげる。
ビールを飲みながら盛り上がっていたら、日本酒とお寿司がやってきた。
綺麗なガラス皿に、丁寧に並べられたお寿司は、ツヤツヤに光り輝いており、見てるだけでもうっとりとする芸術作品だ。目で味が分かるレベルである。
口に入れると、シャリがふんわりほどけて、そこにネタの香りが加わる。
そして富山の日本酒を一口……。
『あー、幸せだなぁ……』
ジーンと胸のあたりが温かくなり、ふんわりと広がっていく多幸感に俺はしばらく浸っていた。
寿司は銀座に限る。
美奈ちゃんは、器用にお寿司をひっくり返し、しょうゆをつけると、パクりと一口でいった。
目を瞑り、しばらくもぐもぐと堪能して、
「う~ん、幸せ!」
と、最高の笑顔をこぼす。
俺はこういう素朴な笑顔に弱いかもしれない。
ほろ酔い気分でそんな美奈ちゃんをボーっと眺めながら、俺は、湧き上がってくる柔らかい温かな感情に包まれていくのを感じていた。
俺の視線に気づいた美奈ちゃんが、
「何よ! あげないわよ!」
そう言って、キッとこっちを睨む。
「あ、いやいや、美味しそうに食べるなぁ、と思って見てたんだ」
俺は自然とこぼれてくる笑みのまま、そう言った。
「美味しい物は美味しく食べないと、罰が当たるのよ!」
美奈ちゃんはそう言って、大トロを一気に行くと、また嬉しそうにフルフルと揺れ、笑った。
俺はゆっくりとうなずきながら、この娘に出会えて良かったと、心の底から思った。