3-6.マウスに宿りしAI

文字数 2,510文字

 それから一週間くらい、エンジニアチームの試行錯誤が続いた。
 マウスに水飲ませるのに、天才たちが必死になっている様は、滑稽でもあるが、こういうのを一つ一つ超えて行かないと、人類の守護者は作れないのだ。
 
 俺が、税務署からの書類にハンコを押していると、マウスの部屋から大きな声が上がった。

「Hey! Makoto! Come on!(誠! 来て!)」

 マーカスが出てきて俺を呼ぶので、行ってみる。

 マーカスは少し痩せたみたいだが、笑顔でマウスを指さす。
「ヨウヤク ウマク イッタネ!」
 
 どれどれと見ると、マウスが水の前にいる。
「ミズ ノマス ネ」

 マーカスは、キーボードをカチャカチャと叩く。

 あれだけ苦労していた水飲みチャレンジ、本当にちゃんとできたのだろうか?
 再現性持ってできたという事であれば、人類史に残る偉業なのだが……。
 
 マウスはゆっくり顔を下げて、水に口を付け、ピチャ、ピチャと水を舐めた。

「Oh! Great!」
 凄い! 思った以上にちゃんと飲めている!

 俺は思わずハイタッチ!
 AIが生体を使って複雑な動作をさせたというのは、人類史上初だ。
 今、人類のフロンティアが目の前で切り開かれた。
 
「Hi yahoaaa!」
 マーカスも喜びで奇声を上げている。

 俺も真似て
「Hi yahoaaa! HAHAHAHA!」

 みんなも真似して
「Hi yahoaaa!」「Hi yahoaaa!」
 
 我々のAIは、人類の守護者にまた一歩近づいたのだ!
 みんなで大きく笑って、大いなる一歩を喜んだ――――


「なになに、どうしたの~?」
 奇声を聞いて美奈ちゃんがやってきた。

「見てごらん! 水飲んでるだろ?」
 俺は喜んで、美奈ちゃんにマウスを指さした。

 美奈ちゃんは、
「ん? 水飲んだだけ?」
 と、キョトンとしている。

「あー、これはマウスが飲んでるんじゃなくて、AIのシアンが、マウスの身体を使って飲んでるんだよ、すごいだろ?」

「ん~、そうなのね……すごーい」
 何という棒読み……。

 ノーベル賞級の大いなる成果も、美奈ちゃんには通じなかったか……。
 
 生体は機械と違って制約事項が多い、この一週間相当に苦労したはずだ。
 なおかつ深層守護者計画は極秘プロジェクト、どんなに苦労しても論文発表一つできない。
 実に孤独でストイックな挑戦である。

 俺はねぎらいの意味を込めて、ゆっくりマーカスとハグをした。
 滅茶苦茶汗臭かったけど、それだけ大変だったって事なのだ。

『みんな、本当にお疲れ様!』

 クリスも笑顔でほほ笑み、何度もうなずいている。

 美奈ちゃんは
「ちょっと待って! なんでこんなプロジェクトXみたいな、感動ストーリーになってんのよ?」
 そう言って俺に絡んでくる。

「あー、マウスが水を飲めたって事は、今後大抵のことができるって事なんだよ」
「水飲んだだけで?」
「水飲むって、とても精密な制御がいるんだよ」
「ふぅん……」
 美奈ちゃんは首をかしげながら、釈然としない表情をしている。

「コンピューター側から生体を、ここまで精密にコントロールできたって事は、世界初だからね。このマウスは世界一を実現したマウスなんだ」

「これが世界一ねぇ……」
 マウスをしげしげと眺める美奈ちゃん。

「まぁ、無理に分かろうとしなくても、いいよ」

 すると美奈ちゃんはこっちをキッと睨んで
「何、その上から目線!」
「いやほら、人には向き不向きがあるから……」
「何よ! 私にはわからないって言うの?」
 鋭い目つきでキレる美奈ちゃん。

「美奈ちゃんだっていつも『誠には愛が分からない』って上から目線じゃないか!」
 気おされながらも、頑張って俺が言い返すと、

「だってそれは本当の事でしょ?」
 当然の様に、真顔で言う美奈ちゃん。

 なぜ自分の『上から目線』はセーフなのか……
 何だこの理不尽さは……
 ムッとした俺は、目を瞑って肩をすくめながら
「愛を分かっているはずの人に、彼氏が居ないのはどういう事なんですかね?」
 そう、挑発した。
 だが……、美奈ちゃんは何も言い返してこない。

 背筋にゾッとする強烈な悪寒が走る。
 恐る恐る目を開けると、美奈ちゃんは今にも殺しそうな目で俺を睨んでいた。
『ヤバい……』
 姫の逆鱗に触れてしまったようだ。
 俺は冷や汗をかきながら急いで、
「美奈ちゃんに似合う男は、なかなかいないから仕方ないか」
 そう言ってフォローする。

 美奈ちゃんはティッシュ箱をガシッと掴むと、
「そうよ! 私は王子様を100万年も待ってるのよ!」
 そう叫びながら、俺の背中をボカボカと叩いた。

「悪かったよ、悪かった! よし、飲みに行こう! 美味しいお酒飲んでパーッといこう!」
 俺は必死に取り繕う。

 美奈ちゃんは真っ赤な顔で荒い息をしながら、俺をキッと睨んだ。
 そして、大きく息を吐いて、自分をなだめるように言う。
「そうね、お祝いだしね」

「そうそう、お祝い兼ねてオシャレなところでね」
 俺はちょっとこわばった笑顔で言った。

 美奈ちゃんのようなパーフェクトな美人でも恋愛は上手くいかない、というのはある意味本質を突いた話だ。むしろ美人の方が難しいのかもしれない。『愛』とは何か、俺はつかみかけていた『愛』の姿を、また見失ってしまった気がした。


       ◇


 俺はエンジニア達の方を向いて、叫んだ。
「Hey Guys! Let's go get a beer! (飲みに行くぞ~!)」

「Hi yahoaaa!」「Hi yahoaaa!」「Beer!」
 盛り上がるエンジニアチーム。大いなる成果を出した以上、彼らには大いに飲んでもらいたい。

 何しろこれでAIはマウスという身体を得て、現実世界に降臨したのだから。AIが受肉したら何が起こるのか、それは誰にも分らない。でも、ちゃんと丁寧に育てれば、心優しい人類の守護者に育ってくれるはずなのだ。
 今日、俺たちは大きく一歩、夢に近づいた。

 今夜の酒は美味いぞ!
 愛なんて分からなくても、美味しいお酒が飲めればいいんじゃないのか?

「Hi yahoaaa! 」
 俺はこみ上がる思いを押さえられず、雄叫びを上げ、思いっきり笑った。
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登場人物紹介

神崎 誠

ITエンジニア


ひょんなことからクリスと出会い、AIを開発して人類の後継者づくりを始める。

恋人募集中。


クリス

救世主

奇跡を次々と起こし、人類の後継者づくりに協力する。

特技は美味しいワインを作る事、核ミサイルの弾頭を破壊する事。


金原 美奈

応京大学2年生

株式会社DeepChild取締役


田中 修一郎

太陽興産の2代目のボンボン

応京大学2年生

株式会社DeepChild CFO




シアン

人類の後継者として創り出されたAI

身体は赤ちゃんを利用


マーカス


世界一のAIエンジニア

神に呼ばれて人類の後継者づくりに参加する

マーティン


凄腕のインフラエンジニア

マーカスの友達

宮田 由香

応京大学4年生

株式会社DeepChild インターン

美奈ちゃんの先輩

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