第29話 南で

文字数 1,500文字

 大陸の南。
 ルウィンラーナでも、変化が起こっていた。
 ユティが図書館にこもり、出てこなくなってしまったのだ。そして、ここは近くの草むら。
「お、ロークル。こんなとこで何してんだ」
「テッダ。じゃまするなよ。見てのとおり、昼寝だよ」
「まあ、おれもそんなとこだ。だけど、ハーレイのやつ、謎解きをやりだしてさ。こっちは、いやになっちゃうよな」
「まあまあ。ムル酒でも飲んでれば」
「ははは、まったく。ところでさ、おい。ユティのやつ、ここんとこ図書館にこもりっきりじゃないか」
「ところが! 朝、ボージャーに聞いたんだけど、きのうは博物館にも入ること見たって」
「うえ、どっちもかよ」
「何も起こらないといいけど」
「あんな古くさいとこ、よく行くな。おれはいやさ。そのうちさ、人間みたいにジルフィになっちゃうんじゃないか。あ、オンナだからバルフィか」
「まさか。でも不吉だよ。館長と女史は、どちらも消えちゃったし。いいことない」
「ほんと。だからさ。二人で、ユティに言わないか。やめるようにさ。彼女には、消えてほしくない。どう?」
「……。」
「どうした?」
「ユティ、最近こわいからな」
「何言ってんだい。一人より二人さ。さ、行こう」
 テッダに引かれ、ロークルは一緒に図書館へ行った。
 
 トントン。ノックに返事がない。
「いないのかな」
「入ってみよう」
 奥の部屋に、いた。ユティは、背中を向けて、本を読んでいた。
「やあ、ユティ。熱心だね」
「何か用?」
 ユティは、ふり向きもしない。
「あの、ちょっと話がね。実は」
「何よ」
「おい、テッダ。やっぱり、やめた方がいいんじゃ……」
 ロークルが、小声で言った。
「だからね」
「だから何よ」
 ユティは、キッとふり向いた。
 顔が変だ。メガネをかけているのだが、ロークルもテッダも、メガネなんて知らない。二人は、上目使いでにらまれ、ぎょっとした。
 ロークルは、息をのんで、後ずさり始めた。
「お、おい。ロークル、逃げるなよ。ユティ、だから、あの、話、話。そんな、おい、うわ、逃げろ!」
 本が二人に向かって飛んできた。
「じゃましないで!」
 ユティは、本を投げたわけではなかった。本で読んだ魔法を使って飛ばしたのだ。
 ロークルとテッダは、図書館から飛び出すと、庭を突っ切って逃げた。
 
 ユティは、机に向くと、また本を読み始めた。
「わたし、じゃまされたくないの。これからの、準備をしてるの。でも、心配してくれてるみたいだから、それは、いいけど」
 ロークルも、テッダも、この言葉を聞くことはできなかった。
 
 ここに暮らす彼らは、元気になっていた。あいかわらず、遊んで暮らしていた。
 ハーレイが心配した、人間と魔物との戦いも、ここには影響がなかった。
 
 ハーレイは、草の斜面にすわって、考え事をしていた。
 後ろから、肩をぽんとたたかれた。
「あ、ユティ」
「なに考えてるの」
「人間のことさ。ネムくんって、君も知ってるだろ。今ごろ、どうしてるかな」
「そうね。でも、ネムって子、もう“おとな”っていうのに、なってるんじゃないかしら」
「まさか」
 ハーレイには、おとなになったネムなんて想像できなかった。
「あのね、ハーレイ」
「なに」
「あなたのこと“旅行者”って呼んでいい?」
「ぼくは、ノールと旅しただけ。ノールが旅行者さ」
「でもね。人間のこと、あなたもきっと気づいたんじゃ」
「気づいていれば、ノールは消えなかったさ」
「これから、することがあるのよ。ハーレイには」
「そうかい」
「そうよ。おぼえておいて。これは、私の発見かも」
 ユティは、そう言って、すっと立ち上がった。
 ハーレイが話しかけようとすると、もう向こうへ歩き出していた。
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