第65話 敗走
文字数 1,482文字
人間たちは、この奇襲で、さらに南へと逃げた。
ダールは、手をゆるめなかった。
続けて攻撃を加え、人々に、疲れと、恐れをうえつけた。
しかし、悪神バルヌスを大勢の人間の前に現すことは、しなかった。
それは、最後の戦いの時になるだろう。
ダールは、黒の戦士ダルトーをバルヌスにあずけた。バルヌスのダルトーをあやつる力は強く、黒の戦士は、たやすく多くの人間を殺した。
そして、夜はすぎていった。
ソル兄弟は、うち続く襲撃で、すっかりばらばらになった軍をまとめ、ほかの三軍とも接触して、ある提案をした。
「このまま逃げてばかりでは、意味がない。思いきって、ある場所まで下がり、軍を立て直す時間が必要だ」
「また下がるんですか? どうしても?」
「絶対にだ」
森の軍の中には、負け続きの戦いに、すっかりいや気がさして、森へ帰る者もいた。
リルアは、それを止めない。
「一人一人が、好きなように、というのが、われわれのやり方だ。帰るのは、かまわない。だが、ここまで共にやってきたのだ。最後までつき合ってみるのも、私は、おもしろいと思う」
彼女は、そう言った。
アトロス軍のシベリン王子は、これ以上の後退は反対だった。
もとから、ガダル川でこらえていれば、ここまで逃げてくることはなかった、と思う。
しかし、若い彼は、ダールの強大な力にも気づきつつあり、最後には、ソル兄弟に協力した。
ニコの軍を指揮するナクルは、再度の後退を認めた。
しかし、この国の人々の間には、もう一つの心配があった。
アトロス島にわたり、連れのミスアを残して、先に出発したはずのネムとレイシーズが、いまだ帰らない。
この二人が、あの嵐の夜、海に出たことは、もう誰もが知っていた。
今は島からもどったミスアが、ナクルのもとへ見舞いに来た。
ナクルのわきの傷は、まだ直らない。
「調子はどうだい?」
「まあまあさ。でも、戦えないな」
「おれは、あの時、ネムが船を出すのを止めるべきだった」
「だいじょうぶだよ。二人とも、どこかにいるさ」
そこへ、一人の女性がやって来た。
「あなたが、ミスア?」
「ああ」
ナクルの傷を手当てしている、シシイだった。
「あの、これ薬なんだけど。ナクルにつけてあげて」
「おれが? どうやって?」
「傷口につけるのよ。日に二回ね。わたしがやると、いやがるの。じゃ、たのんだわ」
シシイは、忙しそうに行ってしまった。ミスアは、受け取った薬の包みをくるくるさせて、ナクルに手渡した。
「自分でやれよ」
ミスアは、話題を変えた。
「ナクル。敵のダルトーのやつら、最近、また強くなった感じだぞ。気のせいかな」
「ほんとか。やっぱり、そうなのか」
「知ってたのか」
「ほかの軍でも、そう言ってる」
「ふうん。なぜだ?」
「わからん」
「何か、敵に、新しい力がついたかな?」
「だとすると、やっかいだ」
その後、四軍の会議があり、決定が伝えられた。
「ルーンの地まで、後退する」
人々は、納得した。
人間たちは、移動の準備に追われ、すばやく後退して行った。
早くルーンへ着いて、今度こそ時間をかせぐためだ。
しかし、途中でも、何度かの襲撃を受けた。
それでも彼らは進み、目的地ヘと近づいてゆく。
やがて人々は、姿を現したルーンの木の、巨大な力に魅入った。ルーンは、ある美しさをもって、人々の心に入ってきた。
この木を見るのは、初めての子どもたちもいた。
口伝えに聞く、それをはるかにしのぐ力が、ルーンの木には、あふれていた。
かつて、人間がこの地を追放された「分断の日」以来、五年をへて、人々は再びここへもどってきたのだった。
ダールは、手をゆるめなかった。
続けて攻撃を加え、人々に、疲れと、恐れをうえつけた。
しかし、悪神バルヌスを大勢の人間の前に現すことは、しなかった。
それは、最後の戦いの時になるだろう。
ダールは、黒の戦士ダルトーをバルヌスにあずけた。バルヌスのダルトーをあやつる力は強く、黒の戦士は、たやすく多くの人間を殺した。
そして、夜はすぎていった。
ソル兄弟は、うち続く襲撃で、すっかりばらばらになった軍をまとめ、ほかの三軍とも接触して、ある提案をした。
「このまま逃げてばかりでは、意味がない。思いきって、ある場所まで下がり、軍を立て直す時間が必要だ」
「また下がるんですか? どうしても?」
「絶対にだ」
森の軍の中には、負け続きの戦いに、すっかりいや気がさして、森へ帰る者もいた。
リルアは、それを止めない。
「一人一人が、好きなように、というのが、われわれのやり方だ。帰るのは、かまわない。だが、ここまで共にやってきたのだ。最後までつき合ってみるのも、私は、おもしろいと思う」
彼女は、そう言った。
アトロス軍のシベリン王子は、これ以上の後退は反対だった。
もとから、ガダル川でこらえていれば、ここまで逃げてくることはなかった、と思う。
しかし、若い彼は、ダールの強大な力にも気づきつつあり、最後には、ソル兄弟に協力した。
ニコの軍を指揮するナクルは、再度の後退を認めた。
しかし、この国の人々の間には、もう一つの心配があった。
アトロス島にわたり、連れのミスアを残して、先に出発したはずのネムとレイシーズが、いまだ帰らない。
この二人が、あの嵐の夜、海に出たことは、もう誰もが知っていた。
今は島からもどったミスアが、ナクルのもとへ見舞いに来た。
ナクルのわきの傷は、まだ直らない。
「調子はどうだい?」
「まあまあさ。でも、戦えないな」
「おれは、あの時、ネムが船を出すのを止めるべきだった」
「だいじょうぶだよ。二人とも、どこかにいるさ」
そこへ、一人の女性がやって来た。
「あなたが、ミスア?」
「ああ」
ナクルの傷を手当てしている、シシイだった。
「あの、これ薬なんだけど。ナクルにつけてあげて」
「おれが? どうやって?」
「傷口につけるのよ。日に二回ね。わたしがやると、いやがるの。じゃ、たのんだわ」
シシイは、忙しそうに行ってしまった。ミスアは、受け取った薬の包みをくるくるさせて、ナクルに手渡した。
「自分でやれよ」
ミスアは、話題を変えた。
「ナクル。敵のダルトーのやつら、最近、また強くなった感じだぞ。気のせいかな」
「ほんとか。やっぱり、そうなのか」
「知ってたのか」
「ほかの軍でも、そう言ってる」
「ふうん。なぜだ?」
「わからん」
「何か、敵に、新しい力がついたかな?」
「だとすると、やっかいだ」
その後、四軍の会議があり、決定が伝えられた。
「ルーンの地まで、後退する」
人々は、納得した。
人間たちは、移動の準備に追われ、すばやく後退して行った。
早くルーンへ着いて、今度こそ時間をかせぐためだ。
しかし、途中でも、何度かの襲撃を受けた。
それでも彼らは進み、目的地ヘと近づいてゆく。
やがて人々は、姿を現したルーンの木の、巨大な力に魅入った。ルーンは、ある美しさをもって、人々の心に入ってきた。
この木を見るのは、初めての子どもたちもいた。
口伝えに聞く、それをはるかにしのぐ力が、ルーンの木には、あふれていた。
かつて、人間がこの地を追放された「分断の日」以来、五年をへて、人々は再びここへもどってきたのだった。