第88話 ルーンの地

文字数 5,541文字

 人間とダール。最後の戦い。
 地をうめつくすダルトーの群れが、黒い波となって近づいてくる。
 世界が暗黒におおいつくされるような光景に、人間たちは息をのんだ。
 ネムは言った。
「ディウルの百人隊、前へ」
 指令がディウルの元にとんだ。
 
 ディウルは、ネムとの約束どおり、たくさんの火矢をいっせいに飛ばす仕掛けを作り、ルーンの地へかけつけていた。
 彼は、連れてきた森の仲間百人とともに、人間たちの第二列に進み出ると、攻撃の準備を始めた。
 ダルトーは密集して侵攻してくる。
 ディウルは百人を横一列に並べた。一人が二つずつ、木でできた箱のようなものを持っている。箱には小さいながらも強力な弓がついており、矢をつがえることができた。彼らは、すばやく台の上に箱をしつらえ、横に二百本の弓の列ができあがった。
 人間たちは協力して、箱のすべてに矢を仕込んだ。さらにその後ろで、赤いゆらめきが広がる。今度は、二百本のたいまつに、火がつけられたのだ。
 ダルトーは距離をちぢめ、近づいてくる。
「矢に、火をかけろ」
 たいまつの炎が、次々に矢の先につけられた。
 このとき、初めて第一列の人々が後ろに下がり、火矢の列は最前列におどり出ると、向かってくるダルトーと正面に向かい合った。
「放て」
 二百の火矢がいっせいに放たれる。
 それはダルトーの群れにつきささり、敵の体は燃えあがった。密集隊形の中で、炎は燃え広がっていく。
 すでに、次の矢が、箱につけられている。
「火をかけろ」
「放て」
 黒の戦士は、数百体が一度に消えた。そして散らばり始めた。
 人間たちは三斉射すると、すぐに矢の箱を台からはずした。そして、弓の箱をもつ者と、たいまつをもつ者とが二人一組となり、広く散って、さらに火矢を射かける。
 ダルトーから、初めて反撃の矢が射かけられた。
 
 森の族長リルアと、弓の名手ドワンは、それぞれ二百人ほどを引きつれ、火矢隊から離れて位置していた。ダルトーが散らばり出したのを見ると、リルアとドワンは動いた。
「今だ、いくぞ」
「うちもらすな」
 それぞれが敵の左右に向かい、はさみうちで矢の雨をふらせた。
 リルアの瞳に、遠く火矢の列が、とおりすぎていく。
 
 火矢は地の草に燃え広がり、炎はさらに敵を消していく。
 人間と戦わずして、敵の三つの部隊のうちの一つは、ほとんどなくなってしまった。
 さらに火矢が打ちかけられていく。
 炎の熱気は、ダールから力を奪い去っていった。人間どもの火を何とかしなければならない。
 自ら作り出した黒の戦士には、火をくい止めるすべはない。
 悪魔ダールは、次元界から、バルヌスを呼び寄せることにした。
 
 火矢隊は散らばり、個々に攻撃を続けた。
 そのうしろに、レイシーズの率いる部隊が姿をあらわした。
 レイシーズたちは、木で作ったつい立てに隠れ、細いのぞき穴から敵の様子をうかがっている。
 敵が、少しずつ近づいてきた。
 レイシーズは、剣を抜くとまっすぐ天に振り上げた。
 これを合図に、さらに後ろにいた森の弓隊が矢を放つ。これは、火矢ではなかったが、敵の列を乱すことに成功した。
 ダルトーがさらに向かってくると、レイシーズたちは、自分たちのつい立てに火を放った。
 そして、その炎に剣をかざした。剣は真っ赤に熱せられ、炎の剣となった。
 人間たちは、ここぞと、ダルトーたちに向かっていく。
 レイシーズは叫んだ。
「勝利をわれらに」
 レイシーズの火剣隊は、ダルトーの群れを崩していく。
 炎の剣は、敵の体を焼き、その剣を真っ二つに切り裂いた。
 悪魔ダールは、その兵士たちに、剣を持たせ、次に弓を備えさせた。しかし、氷の兵たちに、ついに火を武器として与えることはできなかったのだ。
 レイシーズはその剣で、もう数十体も倒したようだ。
 そして、火剣隊は、燃えるつい立てを中心に、敵の侵攻を防ぎ続けた。
 
 ミスアとシベリン王子は、それぞれの仲間たちと協力しあい、火の攻撃から逃れたダルトーたちに当たった。
 戦いは広がっていた。
 ミスアは、ダルトーの剣を自分の剣で受けると、力まかせに押し返した。横なぎに払って敵をしとめると、次の相手に向かう。
 シベリン王子は敵の剣を右に左にと流し、わずかのすきを突いて切り伏せた。
 ミスアとシベリン王子が剣を振い、立ち回っていると、二人はばったり背中合わせになった。
「やあ、王子。ごきげんいかが」
「今夜は調子いいね、勝てそうじゃないか」
「調子に乗りすぎないでくださいよ、王子。敵は多い、疲れないように」
「たくさんやっつけてくたびれるのは、いいことさ」
 二人はしゃべりながら敵を倒し、そしてそのまわりでも、仲間たちは戦い続けていた。
 
 ソルフレンとソルフームのソル兄弟は、二十人ほどの仲間と、ダールの本隊を探し出そうとしていた。
 三人ずつに分かれ、ダルトーの目をくぐって敵の奥へと進んでいく。
 突然、先の方で雷光が走った。
 地面にふせて見ていると、雷光のあとに黒い霧のようなものがわき出してきた。
「あそこか」
 黒い霧は、生き物のように渦を巻き始めた。
「何か起こすまえに、たたきつぶしてやる」
 ソル兄弟の七つの小隊は、渦巻く霧の方へかけ出した。
 彼らには、森の人々も加わっており、彼らは弓に矢をつがえながら走った。
 黒い霧は地に立つ固まりとなり、人間のような姿に変わっていく。
 その体は、底なしの暗黒のようであり、蛇のように電光がのたうちまわっていた。
 やわらかなよろいに包まれ、ときおり見える冷たい目を見たとき、ソルフレンは言った。
「あれは、悪神バルヌスだ。ダールめ、とんでもないものを呼び出しやがった」
 ソルフームは、落ち着いて言った。
「バルヌスは、倒せない。森の人たち、やつの後ろの空間をうて」
 よく見ると、バルヌスの後ろに別の何かがいて、その黒い模様のようなものがゆっくり動いているのがわかった。
 矢が放たれた。
 バルヌスは、まだ動けないようだ。
 矢がささり、動く模様から黒い血が流れた。
「早く」ソルフームはせかした。
 次の矢が放たれた。
 バルヌスが手をふった。矢はすべてはじき飛ばされた。
 弓の使い手たちは標的を変え、バルヌスをねらった。
 バルヌスの体に、電光が走った。雷のような大きな音とともに、人間たちは地面にたたきつけられた。何がおこったのかわからない。
「逃げろ」ソルフレンが叫んだ。みな体は動くようだ。
「リジフ、ネムに知らせろ。バルヌスが出た。お前は、長く走ることができる」ソルフームが命じた。
 リジフはうなずき、走り出した。
 ソル兄弟は立ち上がり、剣を抜くと、二人だけでバルヌスにうちかかった。
 剣が当たり、衝撃を感じたが、バルヌスのよろいには、まったく歯が立たない。
 バルヌスは二人を石ころのように振り払い、地面に投げ飛ばした。
 そして、両手を上げると、きしむような低い声を出した。
 すると空に黒雲がわき出、雨がふり始めた。
 
 地上の火は、雨によって消されていく。
 黒い戦士たちは、炎の熱から体を冷やすように、雨にうたれ、その体からにごった煙のようなものをまき散らした。
 黒い戦士ダルトーは、力を取りもどし、人間たちに反撃した。
 
 火矢隊は散開して、ダルトーを狙い撃ちしていたが、雨に火を消された。
 火矢隊を率いるディウルは、彼につき従う仲間に声をかけた。
「火の手品はおしまいだ。さあ、おれたちのほんとうの強さをみせてやれ」
 雨の中にずらりと並んだ剣が、ダルトーを待つ。
 
 族長リルアは、雨に打たれながら、配下の伝令に叫んだ。
「各隊を下がらせ、他国の部隊の周囲につけろ。剣の使い手たちを、援護させよ」
「ドワンも、呼び戻しますか」
「やつはいい。自分で戻ってくる」
 雨はふり続く。そのしずくは、リルアの髪を伝い、肩当てから地面へと落ちていった。
 
 レイシーズの火剣使いたちも、その炎を雨に奪われた。
 彼は、向かってくるダルトーの隊列を見た。
「みんないいか。今夜はだいぶしとめた。後始末をやるだけだ。こんな戦いは、ここで終わりにするんだ」
 部隊の者たちは、剣を高く突き上げるとおたけびをあげ、レイシーズに賛意を表した。そして、戦い始めた。レイシーズは、先頭に立って剣をふるい、もう、三体のダルトーを打ち倒していた。
  
 ミスアとシベリン王子は、ともに戦い続けていたが、雨が降ってきたのを見ると同時に、ルーンの木へと向かい始めた。彼らには、雨に備えてネムから別の役割が与えられていたのだ。
 シベリン王子は、流れるように剣を使い、ダルトーを切り伏せて進んでゆく。背後から別の一体が飛びかかってきた。ミスアは素早く体を返すと、この敵を振り払い、王子を守った。
「あぶなかった。気をつけてくださいよ、王子」
「助かったよ」
「いやあ、王子。今までよくがんばりましたね。剣さばきもなかなかですよ」
「王子、王子っていうのはよしてくれ。ここはアトロス島じゃない」
「わかりましたよ。王子」
 二人は、攻守を替えながら敵を倒し、ルーンの木を目指す。
 
 ソルフレンとソルフームは、ぬれた地面からなんとか立ち上がった。
 バルヌスとダールの本隊は、彼らには目もくれず、人間たちとの戦いに行ってしまった。
 ソルフレンは、夜の雨に煙るルーンの木を見つめた。
「やつらめ。炎と矢があれば倒せるか」
「矢が多くあれば、ダールはしとめられそうだ」
「バルヌスに炎は、きくか」
 ソルフームは、少し考えて言った。
「わからん。向こうのネムに期待するしかあるまい。とにかくルーンの木の方へ行こう。」
 二人は、足を引きずっていた。互いに肩を貸しながら、雨の中を歩き出した。
 
 ルーンの木に近く。
 雨の戦いの準備を進めるネムとナクルのいる天幕に、リジフが飛び込んできた。
「どうした」ナクルが言った。
「バルヌスが、バルヌスがあらわれた」
 ネムとナクルは顔を見合わせた。ネムが聞く。
「ソルフレンの兄弟は」
「わからない。おれは使いに出された。確かに、知らせたよ」
 リジフは、それだけ言って、倒れてしまった。服はよごれ、ぬれていた。
「リジフを奥で休ませてやれ」
 ナクルは、そばにいたシシイに頼むと、ネムにたずねた。
「投射器はどうします」
「ダルトーに使うのは、やめだ。全部バルヌスに当てる」
「わかりました」
「じき、ミスアとシベリン王子がもどる。私も出よう。二人にそう伝えてくれ」
「わたしもあとから行きます」
 
 投射器は、ドワンが考え出し、三台がルーンの木のもとの天幕に隠されていた。
 ドワン、ミスア、シベリン王子の三人が、一台ずつ指揮することになっていた。
 ルーンの木の向こうには、女や子どもたちの天幕がある。敵に、ここを越えさせるわけにはいかない。
 
 バルヌスを先頭に、悪魔の群れは人間の側へ深く入り込んできた。
 人の背丈の倍ほどもあるバルヌスを迎え撃つため、人間の国の仲間たちは、ルーンの木の前に集結していた。
 両軍は、激突した。
 バルヌスは、草をなぐように、立ち向かう人間を殺していく。
 人間たちは残る力をふりしぼり、戦い続けた。
 
「投射器はいけるか」
「いけます」
「バルヌスをねらえ」
 この時のために、女たちは、つる草で網を編み、中に石をつめこんで、胴体ほどもある丸い玉を作った。これを投射器で敵に撃ち出すのだ。
 撃ち出す前に、草の網に「燃える水」をしみこませ、火をつける。つる草は火に強いし、このくらいの雨なら、当たるまでの間、火は消えないはずだ。
 石をつめた網が、投射器の台に乗せられ、火がかけられた。 
 台のついた天びんが下で固定される。
「うて」
 天びんの押さえ綱が切られた。
 天びんは弧を描いて回転し、炎に包まれた玉が撃ち出された。
 三台の投射器から次々に撃ち出す。玉の一つがバルヌスに当たった。バルヌスはびくともしない。
 ナクルは、戦いに出ていたが、これを見ると天幕に駆け込み、「燃える水」の入った小袋をかき集めて出てくると、もとの場所へと走った。バルヌスの背後に回る。そして、袋に傷をつけ、バルヌスに投げつけた。
「くらえ悪魔め」
 
 袋は当たると、破れ目から「燃える水」がバルヌスにかかった。そうするうち、投射器から打ち出された炎の玉がバルヌスに命中し、悪神の体が燃え上がった。ナクルは周りの仲間に、「燃える水」の袋を投げ分けると、叫んだ。
「今だ、バルヌスにぶつけろ」
 次々に袋が投げられた。炎に包まれたバルヌスの動きが止まった。
 人間たちは、切りかかった。繰り返し剣で打つと、バルヌスのよろいが、わずかずつ傷ついていく。
 その時、炎につつまれたよろいに稲妻の束がはしり、人間ははじき飛ばされた。
 一瞬にして体の炎を消したバルヌスは、うなり声をあげると、その手に電光の剣を作り出した。そして、投射器に向かってきた。
「ミスア、行くぞ」シベリン王子は、投射器に向かってくるバルヌスを見ると、剣をぬいて前へかけた。
 ダルトーが行く手をふさぐ。
「じゃまするな」ミスアも走っていた。
 乱戦をくぐりぬけ、二人はバルヌスに向かい合った。
 悪神の剣の恐ろしい刃が振り下ろされ、かわすが、こちらの剣を与えることができない。
 バルヌスは、シベリン王子の剣をかぎ爪でとらえると、そのまま王子ごと投げ飛ばした。ミスアは、電光の剣を受け止めたと思う間もなく、地に打ち付けられた。
 人の群れを払い、悪神は投射器に近づくと、手を振り上げて打ち据えた。
 投射器が、破片となって飛び散る。
 人間たちは、ひるまなかった。
 しかし、バルヌスをどうすることもできなかった。
 戦いの中で、多くの人間がたおれていく。
 敵は、手をゆるめようとしない。このままでは、追いつめられる。
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