第60話 船

文字数 1,555文字

 それを最初に見つけたのは、セーナという女の子だった。
 彼女が、ナクルの休む天幕へ、走って来たのだ。
 ナクルは、わきの傷の手当てを受け、横になっていた。離れたところでは、なお戦いが続き、ここも、けが人であふれそうだった。
 セーナは、天幕へかけこむと叫んだ。
「ナクル、ガダル川にお船がいっぱい来たわ!」
「なんだって!」
 彼は、傷が痛むのも忘れて、とび起きた。
「セーナ、ほんとか。そこへ連れてってくれ」
「いいわ、いきましょ」
 セーナに腕を引かれ、ナクルは歩き出した。
 天幕で、けが人の手当てをしていたシシイは、ここを出ようとする二人を見て、驚いて叫んだ。
「ナクル! あなたは寝てなきゃ!」
 その声も聞かず、二人は出ていった。
 ナクルもシシイに叫んだ。
「アトロス島からの援軍が、ガダル川をさかのぼってきた。案内がいる」
「わかったわ。歩くのに誰かいるわね」
 シシイは、二人ほど呼ぶと、ナクルを助けるように言い、彼らを見送った。

「腕がいてえ」
「そうかい」
「足もいてえ」
「そうかい、そうかい。おれにくらべりゃ、お前なんて、かすり傷だぜ」
 サズとラフウの二人が、戦場の木かげで小休止。
 顔も、体もほこりだらけ。
 そこへ、ツカとジヨとセルテの三人が、かけこんできた。
「お前ら、まだ三人そろってるのかい?」
「運がいいね」
「ちがうって。おれたち、三人とも一人きりになったんで、新しく組んだのよ」
「なるほど」
「でも、それどころじゃねえ」
「なに」
「あそこの、くぼみ見てみな」
「どこ? 何もないよ」
「ちょっ、そのむこう」
「ダルトーだ」
「もう、だめだ」
「あいつら、どこからともなく、わいてきやがる。気味悪ったら、ありゃしねえ」
「だめだぜ。おれたち」
「よせよ」
「ほかのやつらも、まだ戦ってんのか?」
「さあ。戦いが広がって、ばらばらになっちまったからな」
「やるしかない。まだ、死にたくないだろ」
 彼らは、しずむサズをはげまし、せまる敵に構えた。でも、彼らにも、明るい気分は、なくなろうとしている。
 すでに、陽はかたむこうとしていた。ジヨが、静かな空気の中で、左の方を指さした。
「何だ? 聞こえないか?」
 声がひびいてくる。
 何だい。また新手だろ。
 その時。
「アトロス軍だ!」
 大地が、人間の歓声で、わき返った。
「やったぜ!」
「これで、勝てるぞ!」
「ようし。今日で、かたをつける」
「うち倒せ!」
 木かげの五人は、敵の接近を待たず、自分たちから、うって出た。
 こうして、今、海からの、友軍の到着が知らされた。

 ガダル川を、船でさかのぼったアトロス軍は、上陸すると、まっすぐに進行し、すぐ攻撃を行った。この海からの部隊は、戦いを始めたばかり。
 シベリン王子の率いる、新しい味方なのだ。
 男たちは、勇気を取りもどし、最後の反撃に転じた。
 突然の反攻に、敵は、まどう。
 アトロス軍は、先頭に立ち、ダルトーを消滅させていく。
 人間たちは、ガダル川を守りきった。
 人々は、勝利を得た。
 午後の陽の中。
 指揮するものたちは集い、親しく握手をかわした。アトロス島のシベリン王子、シイフの森の族長リルア、ソデクの国のソルフレンとソルフームの兄弟、そして、負傷したニコの国のナクル。
 ナクルが、少女セーナの案内で、アトロス軍の船を発見し、彼らを、上陸地から戦場へと導いたのだ。傷ついていたナクルは、仲間の肩を借りて立っていた。
 人間たちは、勝利を喜び合った。
 ここに、四軍連合が成立した。
 「ガダルの誓い」と呼ばれるものである。
 
 大陸に襲いかかった暗黒の力は、ひとまず、押しとどめられた。
 希望はつながった。
   
 かすかな灯りも、たくさん集まれば、炎となり、光り輝く力になるのだ。
 
 戦いは終わっていない。
 さらに多くの者達の、勇気が試されようとしている。

  
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