第91話 助け人
文字数 1,833文字
ルーンの地、戦場で。
バルヌスの、左肩をおおう甲皮のすき間から、何かが出てきた。
その黒い物は、石のように地面に落ちると、みるみるふくらみ、人よりも大きくなった。
二十もの長い脚が生えた、毒虫になった。
つづいて、右肩から、いくつものトゲが突き出し、四枚の半透明の羽根に変わった。
もっとトゲが出てくる。それは、槍のような手足を持った巨大な虫の体になり、空へ飛び出すと、人間たちの方へ飛んでいった。
何かに押されたように、ゼルは地面に転がされた。
あたりは、夜。
月が出ていて、目はすぐになれた。
少し遠くに、巨大なものが立っている。キリス・ギーではない。あれは、ルーンの木だ。
周りから、いくつもの低い叫び声が聞こえてきた。
そちらを見ると、見たこともない大きさの黒い虫が、人間を襲っている。トゲのような脚でところかまわず刺し殺しているのだ。
「あれを、何とかしないと」
ゼルは、剣を手に走った。
毒虫の脚は、剣より長く、近づけなかった。
虫は、手あたり次第、人を傷つけていく。
背中の節の継ぎ目なら、剣で突けるだろう。
ゼルは、虫の尻尾から近づき、背中に登り始めた。
虫の背は、粘る脂分ですべった。
毒虫は、ゼルを振り落とそうと暴れた。
ゼルは、剣の一撃でかすめただけで、地面に落とされてしまった。
虫は、ゼルの方に向きを変えると、脚で襲いかかる。
ゼルは、倒れた姿勢で剣を払い、脚を何本か切り捨てた。
虫は怒り、体で、上から押しつぶそうとしてくる。
ゼルは、何度もかわし続けた。
その時、耳慣れた音が聞こえた。
テュー、テュー、という指笛。
森の射手たちの「君のすぐ近くにいる。いつでも矢を放てるぞ」という合図である。
ゼルは、うなずくと、すばやく虫の鼻先に回った。
じゃまな虫の脚を切り払い、剣先で突いて、いらだたせる。
ゼルは後ろ足で下がりながら、近づいてすきを作ると、虫は上体を起こした。
少しずつ、虫を傷つけていると、ついに毒虫は、半身で立ち上がった。
ゼルは、横ざまに地面に飛びながら、フィッ、と指笛を吹く。
この合図に、草むらから矢が飛び出した。
立ち上がった虫の、やわらかな腹部に、たちまち突き刺さっていく。
身を起こした虫は、たくさんの矢をさしたまま、動きを止めた。
月明かりの中に、虫の影が浮かぶ。何かこすれるような声がする。
毒虫は、ずるっとゼルに向き、跳びはねると、道連れにするかのように覆いかぶさってきた。
にぶい振動とともに、ゼルは、虫の下敷きとなった。
森の仲間たちは、その場にすぐ近寄り、毒虫の体をどかしたが、地面には何もない。
「消えた?」
「ゼルに、よく似たやつだったな。指笛の音まで似てた」
と、サーナンは言った。
ハラルドの塔で。
岩の上に、ぱっと何かが現れた。
かがんだ人間の姿。剣を握っている。
「ゼル!」
ユティが叫ぶ。
「服がよごれてるわ。今度は、何?」
「あぶないところだった。もどれたね」
とゼル。
ユティは、ゼルの服を見つめて言った。
「何か、やっつけたの? また、蛇?」
「いや、虫だ」
ユティは、あきれたような顔をした。
ゼルは、キリス・ギーの方に向いて言った。
「何とか、やりましたよ」
この塔の中から、キリス・ギーには、ゼルの戦いが見えていたのだろうか。
キリス・ギーは、もどったゼルを歓迎するように両腕を広げ、ゆっくりとうなずいた。
ネムは、ダルトーを倒しつつ、毒虫との戦いを遠くから見ていた。
加勢しようと、そちらに行こうとすると。
誰かが、自分に対し弓を構え、矢をつがえようとしている。
森の族長、リルアだ。
彼女は、正面からネムをねらい、いや、その矢の向き先は、わずかに彼の上だ。
その時ネムは、上空の背後から自分に近づく影に気づいた。
リルアは、矢を放つ。
ネムは、腰の短剣に手をやる。振り向きざま、上に短剣を投げつける。
乱れた羽ばたきの音。まるで月から忍びよったように、透明な虫が、空に浮かんでいた。
ネムの剣は、その胸を突いた。
リルアの矢は、つぎつぎに飛び、命中する。
大きな飛び虫はのけぞり、地面に落ちた。
その脚は槍のようであり、人間の赤い血に染められていた。
ここへ飛んで来るまでに、何人もの人を刺し殺したに違いない。
「助けられたな」
「まだまだ。これからよ」
二人の周りに、仲間の戦士たちが、ばらばらと集まってきた。
そして、その向こうに、さらに敵が迫って来るのが見えた。
バルヌスの、左肩をおおう甲皮のすき間から、何かが出てきた。
その黒い物は、石のように地面に落ちると、みるみるふくらみ、人よりも大きくなった。
二十もの長い脚が生えた、毒虫になった。
つづいて、右肩から、いくつものトゲが突き出し、四枚の半透明の羽根に変わった。
もっとトゲが出てくる。それは、槍のような手足を持った巨大な虫の体になり、空へ飛び出すと、人間たちの方へ飛んでいった。
何かに押されたように、ゼルは地面に転がされた。
あたりは、夜。
月が出ていて、目はすぐになれた。
少し遠くに、巨大なものが立っている。キリス・ギーではない。あれは、ルーンの木だ。
周りから、いくつもの低い叫び声が聞こえてきた。
そちらを見ると、見たこともない大きさの黒い虫が、人間を襲っている。トゲのような脚でところかまわず刺し殺しているのだ。
「あれを、何とかしないと」
ゼルは、剣を手に走った。
毒虫の脚は、剣より長く、近づけなかった。
虫は、手あたり次第、人を傷つけていく。
背中の節の継ぎ目なら、剣で突けるだろう。
ゼルは、虫の尻尾から近づき、背中に登り始めた。
虫の背は、粘る脂分ですべった。
毒虫は、ゼルを振り落とそうと暴れた。
ゼルは、剣の一撃でかすめただけで、地面に落とされてしまった。
虫は、ゼルの方に向きを変えると、脚で襲いかかる。
ゼルは、倒れた姿勢で剣を払い、脚を何本か切り捨てた。
虫は怒り、体で、上から押しつぶそうとしてくる。
ゼルは、何度もかわし続けた。
その時、耳慣れた音が聞こえた。
テュー、テュー、という指笛。
森の射手たちの「君のすぐ近くにいる。いつでも矢を放てるぞ」という合図である。
ゼルは、うなずくと、すばやく虫の鼻先に回った。
じゃまな虫の脚を切り払い、剣先で突いて、いらだたせる。
ゼルは後ろ足で下がりながら、近づいてすきを作ると、虫は上体を起こした。
少しずつ、虫を傷つけていると、ついに毒虫は、半身で立ち上がった。
ゼルは、横ざまに地面に飛びながら、フィッ、と指笛を吹く。
この合図に、草むらから矢が飛び出した。
立ち上がった虫の、やわらかな腹部に、たちまち突き刺さっていく。
身を起こした虫は、たくさんの矢をさしたまま、動きを止めた。
月明かりの中に、虫の影が浮かぶ。何かこすれるような声がする。
毒虫は、ずるっとゼルに向き、跳びはねると、道連れにするかのように覆いかぶさってきた。
にぶい振動とともに、ゼルは、虫の下敷きとなった。
森の仲間たちは、その場にすぐ近寄り、毒虫の体をどかしたが、地面には何もない。
「消えた?」
「ゼルに、よく似たやつだったな。指笛の音まで似てた」
と、サーナンは言った。
ハラルドの塔で。
岩の上に、ぱっと何かが現れた。
かがんだ人間の姿。剣を握っている。
「ゼル!」
ユティが叫ぶ。
「服がよごれてるわ。今度は、何?」
「あぶないところだった。もどれたね」
とゼル。
ユティは、ゼルの服を見つめて言った。
「何か、やっつけたの? また、蛇?」
「いや、虫だ」
ユティは、あきれたような顔をした。
ゼルは、キリス・ギーの方に向いて言った。
「何とか、やりましたよ」
この塔の中から、キリス・ギーには、ゼルの戦いが見えていたのだろうか。
キリス・ギーは、もどったゼルを歓迎するように両腕を広げ、ゆっくりとうなずいた。
ネムは、ダルトーを倒しつつ、毒虫との戦いを遠くから見ていた。
加勢しようと、そちらに行こうとすると。
誰かが、自分に対し弓を構え、矢をつがえようとしている。
森の族長、リルアだ。
彼女は、正面からネムをねらい、いや、その矢の向き先は、わずかに彼の上だ。
その時ネムは、上空の背後から自分に近づく影に気づいた。
リルアは、矢を放つ。
ネムは、腰の短剣に手をやる。振り向きざま、上に短剣を投げつける。
乱れた羽ばたきの音。まるで月から忍びよったように、透明な虫が、空に浮かんでいた。
ネムの剣は、その胸を突いた。
リルアの矢は、つぎつぎに飛び、命中する。
大きな飛び虫はのけぞり、地面に落ちた。
その脚は槍のようであり、人間の赤い血に染められていた。
ここへ飛んで来るまでに、何人もの人を刺し殺したに違いない。
「助けられたな」
「まだまだ。これからよ」
二人の周りに、仲間の戦士たちが、ばらばらと集まってきた。
そして、その向こうに、さらに敵が迫って来るのが見えた。