第93話 発動
文字数 2,926文字
ハーレイが気がつくと、彼はティノの背に乗せられ、空を飛んでいた。
「やあ、助けてくれたんだね」
ハーレイは、ギラルの黒い血をあび、力が失せようとしていた。
ハーレイは、ティノの背にうつぶせのまま、その首にだきついた。そして、ティノに話しかけた。
「ティノ、ティノ、聞いてくれ。ぼくは、もうだめかもしれない。頼みがあるんだ。残ったギラルを何とかしなきゃ。もしぼくらが人間を救えなかったら、この星は魔物の星になってしまう」
ハーレイを乗せたティノは、しぼり出すような低い叫び声をあげた。
アノネは、なんとかがんばって戦っていた。彼を乗せたティノは、この叫びを聞くと、体をふるわせ、ギラルの囲みを抜けると、ハーレイの方へ向かっていった。
ハーレイのティノは、空中に止まったまま、羽ばたきを始めた。
アノネのティノは、それに向かい合う位置にくると、同じように羽ばたき始める。
二匹のティノの翼が白く輝き、光の帯が天空にのびた。
光の帯は、黒い雲を突き破り、その雲の裂け目から月の光がさした。
月の光を受けたティノは、全身を金色に輝かせた。その光の中で、ハーレイの血の汚れも、消えていった。
まだ残っていたギラルが、ハーレイたちのティノに向かってくる。
輝く二匹のティノは、ギラルの来る方に向くと、翼から光の帯を引きながら、魔獣に飛びかかっていった。
ハーレイは起き上がり、ティノの上にまたがったが、もう槍は持っていなかった。でも、ティノを信じて、こわくはなかった。
ティノは、すばらしい速さで、飛びながら回転しはじめ、うずまきになった光の帯が空に広がった。
光となった二匹のティノは、別方向に別れると、空中を上に行ったり下に行ったり、正面同士でぶつかりそうになるところをすれすれでよけたりして、さまざまな光の帯が空に模様を描いた。
「わあ、すごいな」アノネが言った。
「アノネ、落とされないように、しっかりつかまれよ」すれちがいざま、ハーレイはアノネに呼びかけた。
ティノの光の帯にふれたギラルは、翼を破られ、次々と地に落ちていく。
「ハーレイ、今ならぼく一人でだいじょうぶ。君は、ルーンの木の上へ行け」
アノネが言った。
「わかった」
ハーレイは、ティノとともに木の頂上を目指した。
バルヌスは、ダールとともにいる。
ダールは、次のことを始めようとした。
黒い体から、何本もの手のようなものが出てきた。
ルーンの木を、直接攻撃しようというのだ。
バルヌスは、それに合わせて、両腕を広げ、雷光を作り出し、額から放とうとした。
ハーレイの乗ったティノは、ルーンの木の一番高い所にとまった。
ルーンの木は、この知らせを見逃さなかった。
ルーンは、発動した。
気づいた人間は、あまりいなかった。
ルーンの木は、すべての枝をふるわせ、光のかたまりとなった。かげろうで、夜の星々がゆがむ。木は姿を変え、光のたばを、打ち上げた。
それは、光の雨となって、地上にふり注ぐ。
もう、人々は見上げていた。暗い空をうめつくす、光のつぶ。死を思いながら、その美しさに、見とれていた。
ダールとバルヌスは、危険を感じ、ルーンの力を封じようと、手をふって攻撃を開始した。
ルーンは、反応した。
木の幹の中心が、十字に光り、うずまく光の粒子を放出した。
それは、ダールとバルヌスをつつみ、焼きつくし、光の中に完全に消滅させた。
地上に達した光の雨は、地上の災いをうちくだいた。人間には、何の害もあたえず、悪の兵団だけを、一気に滅ぼしたのだ。
「奇跡だ」
誰かが、さけんだ。
アノネは、ティノとともに舞い上がり、ハーレイと並んで飛ぶ。
「やったね、ハーレイ」
「君と、みんなと、ルーンの木のおかげさ。そして、ティノ、ありがとう」
ハーレイが言った。そして二人はティノの首をだきしめた。
ティノは高く鳴き、二人を乗せたまま、月の夜空に大きな宙返りをした。
ルーンの木は、この星を救った。
*
朝日が、新しい一日の始まりをつげ、人間たちは、悪の滅んだことを喜び合った。大陸に、平和がもどった。
明るい太陽のもと、ハーレイとアノネ、そして二匹のティノのまわりに、人間たちが集まってきた。
昨夜の彼らの活躍を、みんな見ていたのだ。
「ありがとう。おかげで助かった。君らの勇気には感心したよ」
「いえ、どういたしまして」
二人がティノをつれて歩くと、人間たちが道をあけてくれた。食べ物もくれる。
「へへ、いい気分だね。ハーレイ」
「君ががんばったからさ、アノネ」
子どもたちにも、たいへんな人気だ。
「ねえ、どこから飛んで来たの」
「西のほうさ」
「それに乗せてよ」
ティノに乗った子どもは、大喜び。ちょっとだけ飛んで、次の子の番となるのだが、順番をまつ列がとぎれない。
「ネムのところに行きたいんだけど、どこにいるか知ってるかい」ハーレイが、年かさの子に聞いた。
「向こうの天幕にいるってさ」
「ありがとう」
「ハーレイ、いつネムのところへたどりつける?」アノネが聞いた。
「これじゃあしかたない」ハーレイは、ティノに乗りたがる子どもたちの長い列を見ながら答えた。
「前へ進みながら、乗せてあげようよ」
「そうだな」
ネムは、傷つき、手当てを受けた。
天幕の中に寝かされているネムのもとに、各軍の指揮者たちが集まってきた。
「ネム、あなたの行動がなかったら、われわれは勝てませんでした」
「この勝利を、クロフス王も喜びます」
「いや。すべて、ルーンのおかげさ」
「それにしても」
と、ナクルは振り返った。
ルーンの木は、くちはて、ぼろぼろだ。
「ルーンの木は?」
「死んだのだろうか?」
ネムは、答えた。
「死んだ? ふむ。確かにあいつは生きていた。そして、生きかえるだろう。いずれ、そのうちに」
彼らは、天へそびえるこの木を見つめた。親しみと、感謝をこめて。
「そうそう、空飛ぶ小人たちはどうしたかな」ネムは言った。
シベリン王子が答えた。
「もう、すぐそこまで来ていますよ。ほら、にぎやかな声が聞こえるでしょう。子どもたちと遊んでるんです」
やがて、ハーレイとアノネは、天幕へと入ってきた。
各軍の指揮者たちは両側に並び、二人を迎え入れる。
「ネム、やっと来たよ」
「ハーレイ、そしてアノネ。よく来てくれた。ほんとうにありがとう。やっぱり、人間の危機に、ルウィンたちは助けにきてくれたな」
「うまくいってよかったよ」
「でも、空を飛んでくるとは思わなかった」
「うん、ティノに乗ってきたからね」
二匹のティノは、天幕に入れられ、おとなしくしていた。
ネムが言った。
「アノネ、私に何か伝えたいことがあると言ってたが」
「そうだ、ゼルはぼくたちのところにいるよ。それを言いたかったんだ」
「ほんとうか」
「うん」
「そうか、いい知らせをありがとう」
ゼルの案内で、ネムとともにサリュス連山を越えたレイシーズも、うれしそうにうなずいていた。
この日の昼にはお祝いが開かれ、ハーレイとアノネは、みんなから一番のお礼を受け、ごきげんだった。
人々の感謝に包まれて、二人はハラルドの塔へと帰っていく。
「さよなら、ネム」
「ハーレイ、アノネ、またな。ゼルによろしく」
「やあ、助けてくれたんだね」
ハーレイは、ギラルの黒い血をあび、力が失せようとしていた。
ハーレイは、ティノの背にうつぶせのまま、その首にだきついた。そして、ティノに話しかけた。
「ティノ、ティノ、聞いてくれ。ぼくは、もうだめかもしれない。頼みがあるんだ。残ったギラルを何とかしなきゃ。もしぼくらが人間を救えなかったら、この星は魔物の星になってしまう」
ハーレイを乗せたティノは、しぼり出すような低い叫び声をあげた。
アノネは、なんとかがんばって戦っていた。彼を乗せたティノは、この叫びを聞くと、体をふるわせ、ギラルの囲みを抜けると、ハーレイの方へ向かっていった。
ハーレイのティノは、空中に止まったまま、羽ばたきを始めた。
アノネのティノは、それに向かい合う位置にくると、同じように羽ばたき始める。
二匹のティノの翼が白く輝き、光の帯が天空にのびた。
光の帯は、黒い雲を突き破り、その雲の裂け目から月の光がさした。
月の光を受けたティノは、全身を金色に輝かせた。その光の中で、ハーレイの血の汚れも、消えていった。
まだ残っていたギラルが、ハーレイたちのティノに向かってくる。
輝く二匹のティノは、ギラルの来る方に向くと、翼から光の帯を引きながら、魔獣に飛びかかっていった。
ハーレイは起き上がり、ティノの上にまたがったが、もう槍は持っていなかった。でも、ティノを信じて、こわくはなかった。
ティノは、すばらしい速さで、飛びながら回転しはじめ、うずまきになった光の帯が空に広がった。
光となった二匹のティノは、別方向に別れると、空中を上に行ったり下に行ったり、正面同士でぶつかりそうになるところをすれすれでよけたりして、さまざまな光の帯が空に模様を描いた。
「わあ、すごいな」アノネが言った。
「アノネ、落とされないように、しっかりつかまれよ」すれちがいざま、ハーレイはアノネに呼びかけた。
ティノの光の帯にふれたギラルは、翼を破られ、次々と地に落ちていく。
「ハーレイ、今ならぼく一人でだいじょうぶ。君は、ルーンの木の上へ行け」
アノネが言った。
「わかった」
ハーレイは、ティノとともに木の頂上を目指した。
バルヌスは、ダールとともにいる。
ダールは、次のことを始めようとした。
黒い体から、何本もの手のようなものが出てきた。
ルーンの木を、直接攻撃しようというのだ。
バルヌスは、それに合わせて、両腕を広げ、雷光を作り出し、額から放とうとした。
ハーレイの乗ったティノは、ルーンの木の一番高い所にとまった。
ルーンの木は、この知らせを見逃さなかった。
ルーンは、発動した。
気づいた人間は、あまりいなかった。
ルーンの木は、すべての枝をふるわせ、光のかたまりとなった。かげろうで、夜の星々がゆがむ。木は姿を変え、光のたばを、打ち上げた。
それは、光の雨となって、地上にふり注ぐ。
もう、人々は見上げていた。暗い空をうめつくす、光のつぶ。死を思いながら、その美しさに、見とれていた。
ダールとバルヌスは、危険を感じ、ルーンの力を封じようと、手をふって攻撃を開始した。
ルーンは、反応した。
木の幹の中心が、十字に光り、うずまく光の粒子を放出した。
それは、ダールとバルヌスをつつみ、焼きつくし、光の中に完全に消滅させた。
地上に達した光の雨は、地上の災いをうちくだいた。人間には、何の害もあたえず、悪の兵団だけを、一気に滅ぼしたのだ。
「奇跡だ」
誰かが、さけんだ。
アノネは、ティノとともに舞い上がり、ハーレイと並んで飛ぶ。
「やったね、ハーレイ」
「君と、みんなと、ルーンの木のおかげさ。そして、ティノ、ありがとう」
ハーレイが言った。そして二人はティノの首をだきしめた。
ティノは高く鳴き、二人を乗せたまま、月の夜空に大きな宙返りをした。
ルーンの木は、この星を救った。
*
朝日が、新しい一日の始まりをつげ、人間たちは、悪の滅んだことを喜び合った。大陸に、平和がもどった。
明るい太陽のもと、ハーレイとアノネ、そして二匹のティノのまわりに、人間たちが集まってきた。
昨夜の彼らの活躍を、みんな見ていたのだ。
「ありがとう。おかげで助かった。君らの勇気には感心したよ」
「いえ、どういたしまして」
二人がティノをつれて歩くと、人間たちが道をあけてくれた。食べ物もくれる。
「へへ、いい気分だね。ハーレイ」
「君ががんばったからさ、アノネ」
子どもたちにも、たいへんな人気だ。
「ねえ、どこから飛んで来たの」
「西のほうさ」
「それに乗せてよ」
ティノに乗った子どもは、大喜び。ちょっとだけ飛んで、次の子の番となるのだが、順番をまつ列がとぎれない。
「ネムのところに行きたいんだけど、どこにいるか知ってるかい」ハーレイが、年かさの子に聞いた。
「向こうの天幕にいるってさ」
「ありがとう」
「ハーレイ、いつネムのところへたどりつける?」アノネが聞いた。
「これじゃあしかたない」ハーレイは、ティノに乗りたがる子どもたちの長い列を見ながら答えた。
「前へ進みながら、乗せてあげようよ」
「そうだな」
ネムは、傷つき、手当てを受けた。
天幕の中に寝かされているネムのもとに、各軍の指揮者たちが集まってきた。
「ネム、あなたの行動がなかったら、われわれは勝てませんでした」
「この勝利を、クロフス王も喜びます」
「いや。すべて、ルーンのおかげさ」
「それにしても」
と、ナクルは振り返った。
ルーンの木は、くちはて、ぼろぼろだ。
「ルーンの木は?」
「死んだのだろうか?」
ネムは、答えた。
「死んだ? ふむ。確かにあいつは生きていた。そして、生きかえるだろう。いずれ、そのうちに」
彼らは、天へそびえるこの木を見つめた。親しみと、感謝をこめて。
「そうそう、空飛ぶ小人たちはどうしたかな」ネムは言った。
シベリン王子が答えた。
「もう、すぐそこまで来ていますよ。ほら、にぎやかな声が聞こえるでしょう。子どもたちと遊んでるんです」
やがて、ハーレイとアノネは、天幕へと入ってきた。
各軍の指揮者たちは両側に並び、二人を迎え入れる。
「ネム、やっと来たよ」
「ハーレイ、そしてアノネ。よく来てくれた。ほんとうにありがとう。やっぱり、人間の危機に、ルウィンたちは助けにきてくれたな」
「うまくいってよかったよ」
「でも、空を飛んでくるとは思わなかった」
「うん、ティノに乗ってきたからね」
二匹のティノは、天幕に入れられ、おとなしくしていた。
ネムが言った。
「アノネ、私に何か伝えたいことがあると言ってたが」
「そうだ、ゼルはぼくたちのところにいるよ。それを言いたかったんだ」
「ほんとうか」
「うん」
「そうか、いい知らせをありがとう」
ゼルの案内で、ネムとともにサリュス連山を越えたレイシーズも、うれしそうにうなずいていた。
この日の昼にはお祝いが開かれ、ハーレイとアノネは、みんなから一番のお礼を受け、ごきげんだった。
人々の感謝に包まれて、二人はハラルドの塔へと帰っていく。
「さよなら、ネム」
「ハーレイ、アノネ、またな。ゼルによろしく」