第73話 霧

文字数 2,801文字

 次の朝。
 ハーレイは、いなかった。
 消えたのではない。
 だまって、外に出たのだ。
  
「みんな、時間をむだにしてさ。すこし、心配させたほうがいいんだ」
 何やら、ぶつぶつ言っている。
 さて、ふらりと外へ出たハーレイだったが、行くあてもなく、おもしろくないので、すぐ帰ってきてしまった。
 しかし、もどったハーレイは、ルウィンランのあたりが、黒い霧に包まれているのを見て、驚いた。あわてて走っていくと、向こうから誰か来る。
「ユティ! アノネ!」
 ハア。ハア。二人は、息を切らしていた。
「うええ、やだよ。急に、家のまわりに黒い霧がおりてきてさ」
「ほかのみんなは?」
 ハーレイがたずねた。
「とにかく、ユティと逃げてきたんだ」
と、アノネがいうと、にごった霧の中から、何人かが出てきた。
 テッダに、ロークルとリークルの三人だ。
「おい、ちょっと」
「なん」
「ボージャーがいないぞ!」
 くっ、とリークルは、倒れこんでしまった。ハーレイは、立ち上がった。
「行かなきゃ。ボージャーがあぶない。だれか」
「ぼくが行くよ」
 アノネだ。
「よし」
「じゃ、おれも」
 テッダだった。
「いや、二人のほうが身軽でいい」
「行くぞ」ハーレイとアノネは、霧の中に、もどって行った。
 
「いる?」
「いない、こっちは」
「おいボージャー!」
「ボージャー、どこだ!」
 家の中は、煙のような霧でいっぱいだ。
 とうとう、何も見えなくなった。
「アノネ、はなれるな。そうだ、こいつを」
 ハーレイは、服の裏から、何かをとり出して、かざした。
 それは、手のひらにおさまるぐらいの、石のようなものだった。始めは黄色いだけだったが、やがて、青白い光を放ち、輝き出した。
 まわりの闇が、遠のく。
「何それ?」
「ユティが、この家を、魔法で動かしただろ。そのあと、地面に光っていたんだ。見つけて拾っておいたのさ」
「へえ、知らなかった」
「さ、ボージャーをさがそう」
 石の光で、二人は、自由がきくようになった。
「いないな……」
「アノネ、こっち!」
「お」
 ハーレイが、見つけたようだ。
 アノネは、急いでテーブルを回ると、ろう下の方へ行った。
「ボージャー!」
「だいじょうぶかな」
 ハーレイは、石をかかげててらした。その光の中に、少し先で倒れているボージャーが浮かび上がった。自分で動けるようだ。
 ボージャーは、よろよろと立ち上がった。
 アノネは、その時のことを、忘れることができなかった。立ち上がったボージャーは、二人のさし出した手にすがろうとした瞬間、かき消すように消えた。
「うわあ」
 アノネは、霧をつかんだだけ。先へ行こうとする。
 それを見たハーレイは、アノネの肩をつかんで、引き戻した。
「行っちゃだめだ」
「ボージャー!」
「残念だ。けど、おそい」
 叫ぶアノネを引きずって、ハーレイは、出口へ向かう。
「まだ、みんながいるんだ!」
 ボージャーの救出は、失敗した。
 
 ハーレイとアノネは、家を出ると、残っていたみんなと合流した。
「おい、どうした!」
「消えちゃったよ。ボージャーのやつ」
「行くよ。ここをぬけるんだ。かたまって!」
 ハーレイは、光る石を上げて、ルウィンたちを導いた。
 今度こそ、行く先は決まっている。
 みんなも、わかっているはずだ。
「ハラルドの塔へ行くのね?」
 ハーレイは、うなずいた。
 ルウィンたち六人は、苦しんでいる。
 黒い霧は、うずを巻き、風は、激しくたたきつけた。ハーレイの持つ石さえ、光を失いそうになる。
 このにごった世界で、ハーレイは、ある考えにとらわれた。
——ぼくたちは、ゆっくりしすぎたのかもしれないぞ。
 自分たちの不老不死が、進歩や発見を遅らせているんじゃないか、と感じたのだ。命に限りのある人間こそ……
 ごう、と風に押され、六人は、地面に倒された。そして、もう一度。
 つかまるものもなく、彼らは、地面を転がっていく。
「リークル!」
 ロークルは、遠くなった弟のリークルのもとへ、行こうとした。
「ロークル、気をつけろよ!」
 テッダが、注意した。
 風に押されて、ロークルは、うまく近づいたが。
「あっ」
 二人が、消えた。
 テッダには、一緒になった兄弟が、まるで、黒い霧にさらわれたように見えた。
 
 ハーレイは、地に指をつきながら、前の方にアノネとユティを見つけた。ところが、飛ばされそうで、先へは動けない。
「アノネ、こっちへ来れるかい?」
「何とか」
「ユティは、そこを動くな」
 アノネが、ハーレイのところへ転がってきた。
「ユティのところへ行こう」
「うん」
 二人は、風向きが変わった時にあわせて、ユティのところへ行き、三人で、横のくぼみに入った。ここでも、気をつけていないと、飛ばされてしまう。
「あとの三人は?」
「こまったな。まずいよ」
「ちょっと、あれ」
 ユティが、ハーレイとアノネを引っぱり、後ろをゆびさす。
「あれ、テッダじゃない?」
 三人の後ろから、誰か来る。
「おおい、テッダ。こっちこっち」
 これで、四人だ。
 テッダは、くぼみに入ると、話をした。
「え、兄弟が消えたって!」
「さっき、声を聞いたぜ」
「その、さっきなんだ。見たんだ……
 ルウィンたちは、この知らせに、もう力つきたかと思われた。
 ハーレイは、三人をつれ、なお進んで行った。この暗黒からのがれるために。
 それは、成功した。
 
 晴れた空の下。
 四人は、再び太陽の光をあびていた。
 ハーレイ。アノネ。テッダ。ユティ。
「助かってよかった」
「わたしたちだけね」
「さびしいな」
 テッダは、一人だまっている。
 彼は、ロークルとリークルの兄弟が消えたことが、信じられない。ほとんど同じ場所で、自分は助かったからだ。
 テッダは、こんなことを思った。
 もし、消えるのが運命だとしたら?
 兄弟一緒だったのが、せめてもの幸運かもしれないな、と。そして、一人だけで消えてゆく自分を想像して、ぞっとした。
 
 ユティが、いった。
「おうち、もってこようか?」
「もう、無理だよ。君の魔法でも。あぶなくて、もどれないし」
 アノネが答えた。
「でも、住むところがいるでしょ」
「いらないさ。ハラルドの塔へ着けば。そんなものは」
 ハーレイが言った。
「でも、ハラルドの塔まで、まだあるのよ。それまで」
「まだそんなこといってる!」
「だって、わたしたち四人きりじゃないの。だから」
「だまって!」
 ハーレイは、ユティをにらんだ。
 ユティの目には、涙があふれた。
 アノネが言った。
「もうよそう。ユティ、もういいんだ。ぼくたちは、平気さ。このままで」
「もう、終わりよ。わたしたち。みんな……」
「いや! まだ最後じゃあないさ」
 テッダだった。
「きみのことは、きっと守るから。ね」
 風が、吹きわたってゆく。
 ユティは、アノネにもたれて、泣いていた。
 ハーレイは、マントをはらうと、もう出かけようとする。
 テッダは、ユティに手をにぎらせたまま、じっと地面にすわっていた。
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