p12 妻問(つまどい)

文字数 1,279文字

 去年ソロは、自分史上最多の生物から眠りの旅路への挨拶を送られた。報われない追体験の夢も見たが、おおむね、すんなり入眠した。


 ぎゅっと目を閉じて布団を(かぶ)ると、バッタ共の音が一層、耳についた。布団に足の(とげ)が引っかかっている感触、羽音、大顎(おおあご)でかぶりつく振動、そこかしこに(むら)がる気配・・・・・・。


 年明けから、校長とたぬキノコの姿を見ていない。


 バッタだらけの今、虫嫌いの校長は存在そのものが危険だから軍に捕獲、ではなく保護されていると朝礼で知らされた。


 きっと牢屋( ? )で今が盛りの水仙に頭部が擬態して、その芳しい香りを放っているに違いない。


 千葉へ出向(しゅっこう)しているたぬキノコも、蝗害(こうがい)で忙しく働いており、自分のことなんか忘れているのかもしれない、とソロは思った。


「誰か、オレにおやすみって言って・・・・・・」


 その時、背後(はいご)から何かがソロの目を(おお)った。


 一瞬、デカいバッタか何かが布団に侵入したと思い、慌てて起き上がろうとした。
 

 だが、小さな悲鳴を上げる寸前、懐かしい声がソロの菌根菌(きんこんきん)に届いた。


「驚かせてゴメン」


 女にしては低すぎて、男にしては高い声。
牧神(ぼくしん)の午後への前奏曲』がソロの中で自然と流れ出した。


「ろョウ? 」


 ソロは声の主を見ようと目を(おお)っているものを払おうとしたが、(はず)れない。


「静かに。動かないで」


「どうして」


「昼の捕食者に狙われてる」


 温かくて柔らかな感触がソロの(ほお)にすべり、マスクとゴーグルが(はず)れた。


「ろョウ、マスクとゴーグルを外したらバッタに(かじ)られる」


「ゴーグルの(あと)()んでる。マスクの中もバッタに(かじ)られて・・・・・・。何か薬は塗った?」


「汗で流れるからなんも塗らね」


「相変わらず腕白(わんぱく)だな。今は外しても大丈夫だ」


「なんで? ねえ、何で? どうやってここまで来たの? もう体は大丈夫なの? なんでオレの目を手で隠すの? オレのことスキ? どのくらいスキ? 」


「何も言わないで。何も見ないで」


「目隠しなんかヤダ。見られたくないなら抱きしめて」


 ソロはリョウの胸元に抱きかかえられた。季節の始まりの雨にともなう土と草木のような香りが懐かしい。久しぶりにゴーグルとマスクを外せた開放感と、リョウの香りと温かさに、ソロはホッとして脱力した。


「ろョウ、どうして何も言ってくれないの」


「だって、見るなって言ったのに見るし、言うなって言ってるのに言うし、聞くなっていってるのに聞くし」


「見るし言うし聞きまくるタイプのサルみたいに言うなし」


「松本、もう寝ろし」


 ちょっと冷たい言い方だが、こんなふうに抱きしめられて、大切にされている(かん)が伝わってくる。きっと夢に違いないと思い、ソロはもっとわがままを言いたくなった。


「眠りたくない。もっとリョウとお話したい」
「寝ないと昼の捕食者に食われるよ」
「守って」
「しょうがないな」


「ソロって言って。名前で呼んで。もっと強く抱きしめて」


 自分だけの宝物を隠すようにリョウに抱きしめられ、ソロはウットリした。


 ソロのラブ銘柄のPTSが上がっていく。
 後場でラブ安に転じて信用買残(しんようかいざん)が積み上がっていたが、この分なら問題なかろう。


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