p56 バンク少佐

文字数 1,376文字

 バンクは上空から巨大捕食者が部下たちによって「◇」に取り囲まれたのを見計らうと、カギ状のクチバシに手をかけた。


 人類のモノとは思えない()たけびと共に、巨大捕食者のクチバシが無理やりこじ開けられた。


 地上からソロが見守る中、バンクは自ら巨大捕食者のクチバシの中へもぐりこんだ。


 突如、異物が(のど)につまった巨大捕食者が()ばたきをやめ、のたうちながら地上へ落下した。


 旧・江戸川へ逃れようともがくも、至近距離から重い銃弾を撃ち込まれ、捕食者の体は閉じた鶴翼(かくよく)の陣から出ることなく追い込まれた。


 のたうち回って他の場所へ逃さないために取った陣形だった。
 

 
 そこから先は(ひど)有様(ありさま)だった。



 いくらグロ耐性があり、むしろ好んでいるとはいえ、バンクに消化器官に潜り込まれた生物の末路(まつろ)など・・・・・・。



 (こと)が済んだ後、ソロは朝に食ったものを全て吐いてしまった。灰が降りしきっているというのに、それを押しのけて血と肉の臭気(しゅうき)が辺りに(ただよ)っていた。
 

 ソロのゲロを上からかぶったバッタ(ども)が、もがいている。


 そんな中、血と肉片まみれのバンクがダッシュで土手へ駆け上っていくのが見えた。
 捕食者の体を突き破って出てきたばかりだというのに、元気いっぱいである。
 

 制帽に乗っかっている、でっかいおリボンも無事である。


 部下たちは上司について行かず、その場で微動だにせず待機していた。


「ご婦人ッ、もう大丈夫ですっ! ちょっと、どこへ行くッ、なぜ逃げるッ」


 クソデカ声のする方へソロが目を()らすと、おぼつかない足取りの女性のようなシルエットが見えた。 おそらく避難所へ向かおうとして、この現場に遭遇してしまったところを運悪くバンクに見つかってしまったのだろう。


 血と肉片だらけのバンクを見て驚いたのか、捕食者と間違えたのか、つんざくような悲鳴が聞こえた。


「俺が避難所まで送りましょう」


 待ってましたとばかりに構えていたバンクの腕に、シルエットが倒れ込んだ。


「こんなに震えて可哀想に。震えが(おさ)まるまで、このまま抱いて差し上げます」


 卒倒(そっとう)してしまったのだろうか。
 女性がバンクの拘束(こうそく)から逃げられないような気がして、ソロはハラハラした。


「え? 歩けるから結構です? 小岩駐屯地在籍(こいわちゅうとんちざいせき)の亭主と子供がじきに迎えに来る? もうちょっと(さわ)ら、じゃない。しみんがあんぜんにひなんできるようおくりとどけるのもぐんじんのつとめですからもうすこしこのまま」


 もっともらしい御託(ごたく)を並べ立てて、女性を合法的に(さわ)りたいだけのように思えた。


 やがて、小岩駐屯地(こいわちゅうとんち)の軍隊が現場に駆け付け、捕食者の胎内から無理やり生まれ出て来たばかりのような姿のバンクに向かって敬礼し、女性を引き渡すよう説得し始めた。


「きさまらなにをいってるんだこのおんなはおれがさきにみつけたんだちょっとくらいさわってもばちはあたら」


「アナタ非番(ひばん)でしょう。管轄(かんかつ)も新宿区じゃないですか」


「俺は少佐だ」


「いばってもダメです」


「原因を分析できるように肉弾戦で捕食者を仕留めただろうが。目玉も無事だろうが。弾薬も節約できただろうが」


 ひょっとして、目玉から侵入するプランもあったのだろうか。


「ダメったらダメです。速やかに女性を解放して下さい」


 バンクと絶対に引かない小岩駐屯地(こいわちゅうとんち)の軍人たちのやり取りを背に、ソロは静かに去った。


 圧倒的な力の差に、打ちひしがれていた。



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