p85 余韻(よいん)

文字数 952文字

ってなんだ」


「キャピタルにフラれたのかい? 」


 たぬキノコは人間の言葉はわからないが、きのこのソロの言葉はわかる。


「なんでオレがフラれたみたいになってるん・・・・・・」

「だって、泣いてた」

「泣いてないっ」

 それにしても、まさか自分が感じていた居心地の悪さをキャピタルも感じていたとは・・・・・・。


 貪食(どんしょく)のナラタケに立ち向かい、み空行(そらゆ)く捕食者をボコし、あんなに勇猛果敢で図体がデカくて力の強い奴も、そんなふうに感じるのか、とソロは思った。


 そんな思いをさせて悪かったような、納得いかないような。
 いや、やっぱり不本意である。
 しかし(やつ)自意識過剰(じいしきかじょう)だとは責められぬ。
 でもなんか腹立つ。
 けど、しかし、いや、だが。
 血迷って美少女なんぞ目指さなければ、こんな複雑なキモチを抱えなくて済んだのに・・・・・・。


「ツル太郎といっしょだね。フラれ仲間だね」


「そんなこと言うなし。イヤなたぬキノコだぜ」


「うれしきは いかばかりかは おもふらむ (うれ)きは()にしむ 心地こそすれ」


 昨日、ツル太郎がうわ言のように()んだ短歌だ。


「すげえ、一回で覚えたのか」


「ツル太郎の口から時々()れてたから、覚えちゃった」


「リョウが見つかって嬉しかった的な意味か」


「ううん。恋を()たあなたは、どんなに嬉しいだろう。それに引き換え、俺の(つら)さときたら・・・・・・」


 たぬキノコのモノマネに、ソロは込み上げてくるものがあった。

 
 恋の勝者である自覚が、ツル太郎への憐憫(れんびん)を誘った。
 今朝の余裕も、勝者の自覚から来るものであった。
 けれど、やっぱり離れたくなかった。
 

「ツル太郎はリョウを愛してる。諦めきれないんだ」


「そっか・・・・・・」
 

 ソロは自分もリョウに手紙を書くことにした。


 言いたいことや伝えたいことを前もって手紙に書いておけば、後悔が薄れる気がした。


「愛は苦悩の始まりだから」


「瑞江駅行くぞ」
 

 話が長くなりそうなので、ソロは続きを歩きながら聞くことにした。
 愛について、たぬキノコはしゃらくさいのである。 


「仏教において、愛は迷いの根源として(おとし)められ・・・・・・」


 リョウへの手紙の書き出しはすぐに浮かんだ。


『はいけい林田リョウ様

朝 目覚めると そなたのやわはだのよいんが 頭からはなれず ぼくをなやませます・・・・・・』



おわり



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