p78 ツル太郎

文字数 1,414文字

「「なほ(うら)めしき 朝ぼらけかな」」
 二つの声が重なって、松本家に静寂(せいじゃく)が訪れた。
「やあ、ツル太郎。遅かったね」
「放っておいてくれ」


 (まげ)をほどいてざんばら髮になったツル太郎が、ゴミ(あさ)り中のたぬキノコを抱き上げてやって来た。


「てっ、テメー、なに勝手に他人(ヒト)ん家に」
「鍵が開いてた」
「開いてるからって侵入していいワケじゃねー」
「外出するときも在宅のときも閉めろ。不用心な」


 ツル太郎がたぬキノコを抱っこしているので、飛びかかれない。
 激しいジレンマを抱えて、ソロは憎しみを込めてツル太郎を(にら)みつけた。


 しかし、今、自分がツル太郎に向けた憎しみが、キャピタルが病院で自分に向けた敵意と同じ気がして、ソロはハッとした。


 あれは、自分と交代で出て来たリョウに向けた敵意だったのだ。


「リョウ、探した。どうして」
「ごめんなさい、ツル太郎。・・・・・・」
 

 リョウとツル太郎そっちのけで、ソロは思考を巡らせた。


「ソロ、そんなに青ざめてどうしたんだい。気分が悪いの? 」 


 たぬキノコの心配も届かず、ソロは更にある結論に達して心臓が大きく脈打った。
 

 リョウはいつも、人類からあんな敵意を向けられていたのでは。
 姿がツル太郎と瓜二(うりふた)つということを差し引いても、キャピタルの捕食者を恐れる人類の本能が、リョウへの敵意を(あらわ)わにしていたのでは。
 ガラテアも言っていた。
 周囲の人間がリョウに冷たかったのは、恐れていたから。
 本能的に、排除しないと自分たちがやられてしまうと知っていたから・・・・・・。


「リョウ、人間にやられた傷が痛い・・・・・・」


 痛みに弱音を吐いたツル太郎に、ソロは衝撃を受けた。
 これがあの、キャピタルと渡り合ったツル太郎なのか。
 ツル太郎の弱った声を聞くや、リョウが部屋からすぐに出て来た。
 たぬキノコも空気を察して、ツル太郎の腕からスルりと抜けて、ソロの足元へやって来た。


「ツル太郎、どこが痛むの」
 同じ顔、同じ声、同じ服装が二つ(そろ)い、他人の鏡を見ているような不思議な気分。 
 けれど、やはり体つきが違う。
「全部・・・・・・」
「口から養分は」
「できない」
「食べる練習をしないと」
「口から食べるなんて、そんな、人間みたいなこと」
融合(ゆうごう)に失敗したの。あなたは口から養分を摂取(せっしゅ)する仕組みになってしまったの。だから(あきら)めて」
「どうして、もとに戻るのが嫌だった。俺は消えても良かったのに」
「嫌だったワケじゃ無い。消えて欲しかったわけでもない」


 リョウに抱きとめられて、ツル太郎は安心したように目を閉じて、その腕の中にもたれかかった。


「リョウ・・・・・・私のあなた・・・・・・」


 ツル太郎が(はっ)した『私のあなた』というワードに、ソロは激しい嫉妬(しっと)を覚えた。 
 チャンスが巡って来たら、しれっと自分も使おうと思った。


「・・・・・・うれしきは いかばかりかは おもふらむ・・・・・・」


 うわ言のような(かみ)()が、ツル太郎の口から()れた。


(うれ)きは()にしむ、心地(ここち)こそすれ」


 (さと)すような(しも)()が、リョウの口から(ささや)かれた。


 何か思うところがあって、ということもなく、咄嗟(とっさ)にソロは体が動いた。
 ツル太郎を(かかえ)えるリョウを手伝い、ピアノがあった部屋へ一緒に運んだ。


「死んだ? 」
「まだだ」
 ツル太郎の目が緑眼(りょくがん)の同心円に変わり、ソロを(にら)んでいた。
 ソロは明らかな殺気をツル太郎から向けられているが、リョウがいるのでちっとも怖くなかった。ただし

の習性に従い、体は硬直した。

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