p61 失恋

文字数 1,230文字

 キャピタルと

一矢報(いっしむく)いるため、久しぶりに手にした(むち)の練習をやりすぎてしまい、ソロは遅刻ギリギリで学校へ到着した。


 今日も校内のバッタをバトーとよっしゃんが退治してくれたようで、バッタは一匹も飛んでいなかった。


 ホッとしたような、しないような。
 しかし、マスクとゴーグルを外す気になれない。


 本物のリョウは(すで)に教室に居て、アザと傷だらけの素顔を(さら)して、窓の外をぼんやりと眺めていた。腕の赤みだって、ちっとも引いていない。きっと痛みも引いていないだろう。


 その様子がますます男らしくて格好良くて、ソロはやっぱり胸が苦しくなってしまった。


 ソロの熱のこもった視線を感じたのか、リョウの視線が一瞬、ソロと交わった。
 だが、彼はなんの興味も無いのか、すぐに視線は窓へ戻ってしまった。




 リョウの中に、オレはいない。





 リョウを想うと広がっていた甘い痛みが、ただのひどい痛みに代わっていた。


 リョウの気持ちが、こちらにちっとも向いていないことをソロは悟ってしまった。


 リョウの無関心な態度が『俺を愛するのをやめろ』と自分に宣言している気がして、あまりのショックに激しい眩暈(めまい)を覚えた。


 二人の気持ちが通い合い、新しい関係がてっきり始まっているものだとソロは思っていたのだが、本当は何も始まっていなかった。


 幻覚と現実の違いに、ソロは――


「おはよ・・・・・・」


 ソロが茫然(ぼうぜん)と立ち尽くしていると、ガスマスクのキャピタルが現れた。


「あ・・・・・・」


 今朝の意気込みはどこへやら。リョウの無関心で恋が終わったことを悟ってしまい、ソロはそれ以上声が出なかった。せっかく練習した(むち)を振るう気にもなれなかった。
 ていうか練習しすぎて二の腕がダルくて持ち上がらない。


「そんなとこに突っ立ってんじゃねーよ。座れ」


 ソロは無言で席に着いた。


 やがて朝礼が始まったが、離れた席にいるのに、キャピタルとリョウの一触即発の空気が立ち込めており、教室に緊張が走る。


 あんなにアザだらけの体で、リョウはまだキャピタルとやり合う気でいるのか。
 昔のリョウとの変わりように、ソロの気持ちはますます沈んだ。


 もう、ソロが知っているリョウはいないのかもしれない。


「なんや、けったいな空気やな。目ェも当てられへん」


「よっしゃん、あんたナニ勝手に出てきてん」


 教室の(はし)っこから、よっしゃんとバトーの声が聞こえてきた。


 それを聞いて、中世暗黒時代の拷問器具、※鉄の処女をイメージしメーカー独自のアレンジを加えたこだわりのマスクをかぶった担任教師から意外な言葉が発せられた。


義雄(よしお)さんの言う通りです。これではみなさんも授業に身が入らないでしょう。幸い、本日二・三時間目は私の授業。調理実習は中止し、相撲にします」


 担任から放たれた相撲宣言に、教室がどよめいた。


※鉄の処女・・・中世ヨーロッパの刑具。中が空洞の等身大の鉄の人形で、その内側にトゲトゲがある。中に入れた者を,観音開きの扉を閉め、トゲトゲで刺す仕組み。


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