p26 竜型の浮島

文字数 1,471文字

 一之江駅から地上へ出ると、薄暗く、冷たい強風が吹き荒れていた。瑞江(みずえ)駅の体感温度より圧倒的に寒い。戦闘機が(かも)すようなデカい爆音に混じって、生物の息遣いのような規則正しい轟音(ごうおん)も聞こえる。


『浮島』が低空飛行しているのだろうか、と思い上空へ目をやると、巨大な物体が結構なスピードで横切って行くところだった。


 苔だの土くれだの、植物だの昆虫だの岩だの、所かまわずボトボトと落としていく。
 バッタ共が飛び交う中、竜のような蛇のような巨大で長いモノが一之江(いちのえ)駅の空を横切る。


 映像に収める者やのんびり眺める者、無視する者、落下物を避ける者、落下物が命中してしまい倒れる者など、反応はさまざまである。もう、いちいち驚かない。何があってもみんな慣れたものである。


 ソロが学校へ到着する頃に、ようやく長いモノは去って行き、地上は日の光と再会した。
 バッタ共がうるさいものの、強風も止んで寒さが緩和し人心地する。
「よお、ソロ」
 聞き慣れた通りの良い声と、大柄なシルエットがやってきた。
「キャピタル。今の見たか」
 ソロは未知の生物への驚きが(まさ)り、美少女修行僧であることを忘れ普通に反応してしまった。今のは『ご(らん)になって? 』と言うべきだった気がしたがもう遅い。


「浮島の一種だとよ。日本の上空に来るのは初だってニュースでやってた」


 キャピタルはマスクのストックが無くなってしまったのか、今日はフルフェイス型ダブルガスマスクを装備していた。内蔵されているファンがゴーグルの曇りを取ってくれる優れものである。


 息を吐くときに弁が開き、その隙間から空気が外へ出るので、悪の親玉のような呼吸音を出している。完全に不審者である。


 せっかく脳内で流れている『タランテラ』が台無しだ。


「海外だとドラゴンだの竜だの呼ばれてんだって」
「ゲームより現実の方がファンタジーになっちまったな」
 さっきからちっとも美少女(仮)になれない。このままでは『(やから)』のまま終わってしまう。
「キャピタル、今日お(ひま)か」
「なんだよ急に」
「ウチ来い。追々試終わったらオレも行きますから待機しててください」
「そういえば、お前は留年確定じゃなかったな。うらやましいぜ」
「オレは来年先輩です」
「あおるな」
「先輩と呼んでいいですよ」
「女子と仲が良いからって調子のりやがってクソヤローが」
「てめーケンカ売ってンン゛ンん! 」


 そこまで言ってソロは思考を巡らせた。『てめーケンカ売ってんのか』に相当する美しい表現があるはずだ。


 そこでソロはハッとした。


「・・・・・・まにまに」


「まにまに? 」


「このまにまにが」


「 !? 」


 使い方は知らないが、一矢報(いっしむく)いてやった気がしてソロは満足した。
 だが、予想外の現象が起きた。
「テメーの方がまにまにだろうが」


 ソロの『まにまに』は、キャピタルに(またた)く間に伝染した。


「まにまにまにまにまにまにまーにまに まにまにまにまにまーにまに」


 キャピタルはまにまにを応用してウェラーマンを歌い出す始末。ガスマスクの呼吸音が相まってウザさに拍車が掛かっている。


「おやめなさい、まにまには多分そんな使い方しません」


 互いに『まにまに』を知らないまま教室へ入ると、朝礼でバトーたちは病院や避難所のバッタ退治で今日は学校へ来ない旨を伝えられた。


 バンビーナもバッタ掃除に駆り出されて、今日は来ないとのこと。


 ソロはガッカリした。リョウの短歌をバンビーナの端末で調べてもらおうと思っていたのだ。


 リョウから送られた短歌がどんな意味かも知らぬまま、ソロは放課後、国語の追々試で雰囲気だけで推薦文を書いて提出した。





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