p82 美少女だった

文字数 1,463文字

 ツル太郎はソロから譲り受けたリョウとは似ても似つかぬ彫り物が施された嘆きのマグカップを持って、いったん帰ると言った。



 帰る場所とは、おそらくたぬキノコの浮島か、ガラテアの胎内か。
 ソロは深くは聞かなかった。中にいるリョウを大切にしてくれるなら、それで良かった。


「オレはたぬキノコを千葉へ送る」
「松本、鍵掛けろよ。不用心だ」
「鍵なんてねぇよ。探す方が大変だし」
無頼漢(ぶらいかん)大概(たいがい)にしろ」


 ブライカンが何なのか知らないが、響きがカッコいいのでヨシとした。


「アベイユたちには俺から言っておく。なぜお前が、リョウに変身したのか聞きたそうにしていた」


 そういえば、そうだった。
 三人はリョウと交代した自分を見て『美少女戦士』だと思ったのだ。
 アベイユはリョウの顔を知っていたのに、何も聞かず、ずっと黙っていてくれたのである。


 バンビーナとバトーも、ツル太郎が教室に現われた後も、何も聞かずにいてくれたのだ。
 リョウと同じ顔のツル太郎が教室に現われて、きっと戸惑っただろうに・・・・・・。


「リョウから手紙だ」
「えっ」


 ツル太郎は紙を(ほう)るようにソロに渡し、去った。


 その背中を見送って、ソロもたぬキノコを職場( ? )へ送るため、玄関から歩き出した。
 リョウからの手紙を今すぐにでも読みたかったが、我慢した。
 

 ほんの少ししか一緒にいられないとわかっていたら、もっと大事なことを話したのに。


 どうしてバンクなんぞを話題に上げてしまったのだろう。
 もっと、他に話すことがあっただろうに。
 

 カッコつけてないで、美少女(仮)だった頃のように泣いて(わめ)いて(すが)りついて引き()めればよかったと後悔ばかりが頭をよぎる。


 今、手紙を読んでしまったら、その後悔に押しつぶされてしまいそうだった。


 灰は止んでおり、バッタ(ども)が元気よく飛び回っていた。
 地面にもビッシリ()んずけられた(あと)に混じってうごめいている。
 たぬキノコの話では、もうすぐこの光景とのお別れが近いらしい。
 マスクとゴーグルを外して、自慢の(たん)ランとボンタンで登校できる日も戻って来るであろう。


「千葉のどこで働いてるん」
房総半島(ぼうそうはんとう)
「遠いな。そっから歩いてきたんか」
「途中でタクシーに乗った」
「タクシー? タヌキのくせに」
「失礼な」
「オレなんか、パトカーで連行されたことしか無いのに」
「あ・・・・・・、ソロ」


 たぬキノコの視線を辿(たど)ると、見慣れたシルエットが親水緑道の脇に立っていた。
 丸裸の桜に、もたれかかるようにして、ガスマスク姿の不審者がこちらを見ていた。


「ピャピタル」
 

 桜の木々は去年諸事情で捕食者の食害に遭い、養分を吸い取られた。
 蝗害(こうがい)と食害のダブルコンボで、今年は咲きそうにない。
 

 桜だけではない。


 今年、少なくともこの親水緑道は何も生えてこないだろう。食害だけならいざ知らず、蝗害(こうがい)が訪れるなんて、誰も予想もしなかった。
 


「なんだキャピタルか。ガスマスクなんかつけてるから不審者かと思ったよ」


 たぬキノコは(けもの)のくせに正常な判断力である。


「そんなとこでどうした。腹減ってんのか」


 ソロが駆け寄ると、キャピタルは憤慨(ふんがい)した。


「ばかっ。お前、おれを見たら腹空(はらす)かしてると思うのヤメロし」


 そういえば昨日、コイツは捕食者に二連勝上げている。


「昨日のすくい投げ、見事だったぜ」


 ソロはキャピタルの勝利を称えた。
 しかし、キャピタルはそれには応えず、黙ってしまった。


「なんだよ、どうした」


「あいつ・・・・・・」


 通りの良い声が、めずらしく、くぐもっていた。


「あいつ、よく泊まりにくんの・・・・・・? 」



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