p81 静かな食卓

文字数 1,482文字

 翌朝、リョウはいなかった。
 リョウがいないのに、ツル太郎は残っている。
 この家は長く滞在して欲しい者は早く去り、どうでもいい生き物ほど長く居座(いすわ)る。


 ツル太郎は(ひたい)に大きなカサブタができていた。青黒く変色していた顔のアザも薄まっている。 
 ほんの少し、それもイヤイヤ液体を口にしただけだったのに、もう経口摂取(けいこうせっしゅ)の効果が出ていることにソロは驚いた。


「おはよう、ソロ」


 目覚めの『レズギンカ』で、たぬキノコがソロの足元へやって来た。


「リョウは? 」
「いなくなっちゃった。オレの中にいるのかな」
「やっぱり、夜行性になっちゃったのかな」
「でも、昨日はまだ明るい時間だったけど・・・・・・」
 

 その時、ツル太郎が目を覚ました。


 「おはよう、ツル太郎」


 たぬキノコが声を掛けると、ツル太郎は無言で体を起こした。


「リョウがいないんだ。キミ、どこにいるかわかるかい? 」
「リョウは今、俺の中で眠ってる」
「ファッ!? ヤダっ、ちょっと、なんでよっ」


 あんまりな展開に、ソロは美少女修行僧返(びしょうじょしゅぎょうそうがえ)りしてしまった。


「俺の中で、傷を(いや)している」


 昨日まで赤く()れあがっていたツル太郎の腕が、黄色い(あざ)に変わっている。そろそろ治る色合いだ。リョウのおかげで回復が早かったのか。


「俺が、上手に食べられないから」


 ツル太郎の表情が苦い。自分を恥じているような、やるせない目をしていた。


融合(ゆうごう)に失敗したんじゃないんか」
「失敗したから、簡単に離れるし、戻る」
「自由自在じゃん」
「良いこととは言えない。リョウは宿主(しゅくしゅ)がいないと存在を維持できない状態になってしまった」
「オレかお前んとこに帰ってくれれば、それでいいよ」


 ソロの発言に、たぬキノコとツル太郎が顔を見合わせた。


「俺はリョウを二度と離さない」


 鼻で笑うツル太郎に、ソロは不思議と、腹が立たなかった。
 何があっても、もう、良かった。
 誰かに取られるくらいなら、殺してしまいたいなんて考えなくても、もう。
 リョウがあんな視線に(さら)されなければ・・・・・・。


「大事にしてくれれば、それでいい」


 それだけ言って、ソロは台所へ向かった。たぬキノコも後に続く。


「お前も食う練習するだろ。オレも練習中だ」
「そんな人間みたいな真似、するわけないだろ。俺はリョウを連れて帰る。二度と戻らない」
「食わないと、リョウが飢えるぞ」


 去年、食べなくても平気だと思っていたら、中に隠れていたリョウから養分を奪い取っていただけだった。


「浮島で、ガラてゃが言ってた。オレと交代したリョウを見て『餓死寸前だ』『生きているのもやっとだったろう』って・・・・・・」


 ツル太郎は何も言わなかった。


「いつオレのとこに戻ってきてもいいように、オレは食べる練習をしてリョウを待つ」


 ソロはレトルトの(かゆ)を開けると、まずは、たぬキノコに運んだ。
「ありがとう、いただきます」
「お前はどうする。リョウが死ぬまで養分を奪い続けるんか」


 ピアノがあった部屋から、不機嫌な足音が近付いてくる。
 瞳が緑眼(りょくがん)の同心円に変化したツル太郎が台所に乗り込んできた。
 けれど、ソロは平気だった。


「何に対して怒ってるん」


「怒ってない。昨日の臭い汁、まだあるか」


 めっちゃ怒ってるじゃん・・・・・・。と、ソロとたぬキノコは思ったが、口にはしなかった。


「水から始めとけ。味があるヤツから始めるのはキツイ。すぐ吐くし」
「偉そうに」


 ソロはカップに水を入れて渡した。昨日、リョウが使ったカップだった。


「食えるようになんないと、一生、人間に勝てねぇぞ」


 緑眼(りょくがん)の同心円が、怒りで燃え上がった。


「一気に飲むなよ。吐くぜ」


 静かで、平和な食卓だった。



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