ｐ６６　暮れなずむキャピタル

　キャピタルが息を切らせて土俵へ戻ると、とんでもないことが起こっていた。


「遅かったな、逃げ出したかと思ったぜ」


　土俵の前で、林田リョウが髪を髷(まげ)に結い上げ、文字通りもろ肌脱いで待ち受けていた。


　土俵周りの飛翔するバッタ共(ども)は、バトーとよっしゃんが片(かた)っ端(ぱし)から掃除しており、取組(とりくみ)に集中できるよう環境が整えられている。


　土俵周りに火花が散って、風流である。


　いつも真ん中分けで前髪を下ろしているリョウが、オデコを全出(ぜんだし)しているのが新鮮で、恋に敗(やぶ)れたソロも惚れ直してしまう男ぶり。


　さらに、リョウの細身でありながら筋肉質な上半身に目が釘付けになってしまい、ソロは肩に担(かつ)がれたまま身もだえしてゲシゲシとキャピタルの背中を蹴った。


「テっ、テメー、ずるいぞ!　おれもやるっ」


「ダメです柴田さん、※序(じょ)の口以下はもう※土俵溜まりで待機する時間です」


　担任に制されるも、キャピタルは諦めきれなかった。


「やだやだやだ、ずるいずるい。おれも髷(まげ)にゆいたい。そのために髮伸ばしてんのに」


「柴田さん、僕の引き金は軽い」


　口調が変化した担任に脅され、キャピタルは肩に担(かつ)いでいたソロを降ろして、渋々(しぶしぶ)、土俵溜まりに控(ひか)えた。


　神聖な土俵周りだからであろうか。ソロは珍しく放り投げられなかった。


※序の口･･･力士の番付。リョウとキャピタルは力士でもなんでもないので序の口以下とされた。
※土俵溜まり･･･相撲で、土俵下の審判員・力士・行司が控える所。


　リョウがもろ肌を脱いでいるので、キャピタルもガスマスクを外して上半身裸になった。


　平常時は冬でもピッチピチのピチＴシャツを着ているせいで、常に上半身裸みたいなモンなので、新鮮味の欠片(かけら)もない。通常運転である。


　ただし、今日は顔面に大きな痣(あざ)を作っている。


　昨日、実の父親である無人島から生還したばかり(推測)のサンタにボコされた跡である。鼻に血が固まっているのか、呼吸のたびにスピスピ音が聞こえた。

　

キャピタルはリボンがモチーフのカチューシャも外し※ざんばら髮になった。


※ざんばら髮･･･形がくずれて乱れた髪。


　力士のざんばら髮が美しさ際立(きわだ)ちカッコイイあまり、世は長らくロン毛ブームである。


　ソロも髪を伸ばしたいと思っているのだが、床屋へ行くと自動的に今の髪形にされてしまうため、いまだ実現できていない。


　このように、ロン毛人口は年々増加の一途を辿っているがのだが、その多くは※暮れなずんでしまい、力士たちのカッコ良さとは異なる立ち位置に身を置いている。
　

　キャピタルも暮れなずんでしまっている系である。
　原因はやはり、中身の問題か。


※暮れなずむ・暮れなずんでいる･･･２０世紀に制作・放送された教育ドラマ・学園ドラマに出て来る教師・金八先生の枕詞(まくらことば)。主に金八先生をモチーフにしたコントやパロディにおいての金八先生の髪型を差す。現代では菌八先生という本家の金八先生とは全く無関係のサイエンス歴史ミステリー大河シリーズが始まっている。


「鉄(くろがね)の忠誠心、あなたを全力でお守りします盾のトリガーハッピー、トリガーハッピー、トリガーハッピー、真夜中の図書館経営はミッドナイトライフ、ミッドナイトライフ、学資保険はライフオブダイ、泣いているのか涙の乙女・味の決め手はラクリファジー、きのこのこのこ元(げん)きのこ食品、覚悟完了安心繋がるラップは覚者(かくしゃ)証券、賃貸経営・自宅システムは竜王建設、お茶といったら弱兵無しの伊藤園、惰弱無しの伊藤園、腰が曲り腕も上がらなくなってなお、茶と共に死にたい伊藤園、茶柱に貫けぬものなし伊藤園･･････」


「長げーリハーサルだぜ。おれが髷(まげ)ゆう時間、どー考えたってあっただろ･･････」


　ため息が止まらないキャピタルの目の前で、懸賞旗(けんしょうき)のチェックついでのリハーサルが始まった。