p55 偃月(えんげつ)と鶴翼(かくよく)

文字数 1,222文字

 柴田バンクである。
 正体が知れた途端(とたん)、シューベルトの軍隊行進曲が脳内で流れ出す。


「どうして」


 そういえば、昨晩、キャピタルとお見舞いがどうのこうの言っていた。


「えんげえぇェつ! 」


 (さえぎ)るものが何もなく、銃弾が()()う中でも、バンクのクソデカ声はよく(ひび)いた。
 何のためにあんなに声が規格外にデカいのか、ソロは身を持って知った。
 対空機関砲(たいくうきかんほう)(おと)らないバンクの怒号(どごう)で、シューベルトもスッ飛んで行ってしまった。


 バンクの怒号(どごう)(とも)に、どこに(ひか)えていたのか、フル装備の部下たちがバンクを先頭に「Λ」の型に陣形を取った。


 バンクの怒号(どごう)偃月(えんげつ)の陣形だとソロは理解した。
 

 偃月(えんげつ)は半月。
 半月のように中央部分を前衛(ぜんえい)にし、両翼(りょうよく)を下げ「Λ」字型に陣形を取る。
  大将を含めた精鋭部隊が前に出て戦う陣形である。


 バンクの号令に巨大捕食者が反応し、小岩駐屯地(こいわちゅうとんち)へ向け飛び立とうとした体を、バンクたちに向かって滑空(かっくう)してきた。
 

 射撃で大気が震え、銃弾の雨が降り(そそ)ぐ中、バンクは(ひる)みもせずに先陣(せんじん)()る。


 その姿が、貪食(どんしょく)のナラタケに立ち向かっていったキャピタルの姿と重なって、ソロは心臓が締め付けられた。
 

 兄弟(そろ)って、なんと勇猛な。


 弱い自分と比べてしまう。
 苦しくて見たくない。
 なのに目が離せない。


 ソロが見ているなど夢にも思わず、バンクは硝煙弾雨(しょうえんだんう)の中、部下たちの援護射撃を背に捕食者の滑空攻撃(かっくうこうげき)()わした。


 捕食者は第一指(だいいっし)を地につけて着地し、バンクに食らい付こうと頭部を振り回した。そのクチバシに、バンクは強烈な()りを見舞い、馬乗りになって眉間(みけん)を拳で殴りつけた。


 部下に比べて、ずいぶん原始的な戦い方である。


 頭部に張り付くバンクを振り落とそうと、巨大捕食者が首を左右に振りながら暴れる。

 先ほどから銃弾を受けているのに、羽毛に(さえぎ)られて貫通しないのか、動きがまったく(ひる)まない。巨大捕食者は四肢(しし)を振り下ろし、尻尾で()ぎ払いをかけて来るが、バンクの部下たちは陣形を崩さず距離を取って攻撃してくるので()らえられない。


 巨大捕食者が()ばたきで強風を起こすと、風圧で陣形がわずかに崩れた。
 バンクを乗せたまま、巨大捕食者が地上から浮いた。ウロコで(おお)われた尻尾を振り回し、崩れた陣形に追い打ちをかけて来る。


 捕食者のクチバシに馬乗りになって頭部を殴りつけていたバンクの拳に、血が(にじ)み出していた。武器らしい武器も持たず、無謀(むぼう)すぎる。


「何で灰にしねえんだ」


 み(そら)ゆく捕食者同様、何か事情があるのだろうか。


「くぁくゥよォおおくッ! 」


 上空からのバンクの号令と共に、先ほど崩された部下たちの陣形がジワジワと変わっていく。 
 後方にいた両翼(りょうよく)が前方に()り出し、「V」の形を取った。
 

鶴翼(かくよく)の陣形だ。


 こんなタイミングで、なぜ。


両翼(りょうよく)、閉じろーッ」


「V」の両端(りょうたん)、敵が両翼(りょうよく)の間に入ってくると同時に、「V」から「◇」に閉じることで包囲・殲滅(せんめつ)するのが鶴翼(かくよく)の目的なのだが、ここで取り囲む意図(いと)が読めない。


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