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文字数 1,218文字

 四人で(つら)なって歩いていると、バンビーナの端末が鳴った。


「Be Leftだ。松本さんも一緒に映ろ」


 何のことかと(ほう)けていると、バンビーナの端末にアベイユを抱えた自分と、バトー、バンビーナが映っていた。


 蝗害(こうがい)・降灰対策用の服装で顔も何も無いのだが、いかにも『仲良いです』という感じで映っている。


 群生相(ぐんせいそう)のバッタの大群の中、先ほど拾ったというお面らしきものをバトーが(かか)げている。
 ピントがバッタ共の顔に合っており、自分たちがぼやけているのが「蝗害中(こうがいちゅう)です」という臨場感があって良い。


「ナニコレ」


「Be Leftっていう二時間おきに更新されるSNS。これやってれば、アタシたちが最後にどこにいたか、行方を辿ってもらえるから」


 バンビーナの言う『最後』とは、死んだ時のこと。または、犯罪に巻き込まれたとき。


「平気や、なんも怖いことなんかあらへん。いざとなったらアベイユを放り投げて、その隙にみんなで逃げたらよろし」


 何というブラックジョークだろう。しかし、それはソロも頭をよぎった作戦ではある。


「僕をそんな使い方しないで」
「まっしゃん、肩に自信あるか」
「えっ、無いよ・・・・・・」


 先ほど握りつぶしておこうとは思ったが、たとえ強肩(きょうけん)だったとしても、アベイユを捕食者にブン投げるほど人の心が無いワケではない。


「バッタのせいで何も見えないね。交番まですぐだと思ったのに」


 バンビーナが端末と前方を見比べている。


 雨に濡れた灰が固まっているせいで、足が重い。
 ほんの300メートル先の交番まで、永遠にたどり着けない気がした。


 その時、サイレンが鳴り響いた。


「あかん、ウワサをすれば捕食者や」


 雨で固まった降灰に加え、バッタの大群のせいで視界が悪い。
 こんなところで襲われたら、ひとたまりも無い。


「とにかく隠れよう。向こうだって見えないはずだ」


 アベイユの号令で、バッタが群がるツツジの街路樹に身を潜める。


 小ちゃいのに通りの良い勇ましい声で号令を出すアベイユに、不覚にもソロはキュンときた。


 メンタル証券取引所にアベイユ銘柄が上場しそうな勢いでときめいた。


 ツツジの街路樹(がいろじゅ)に身をかがめた途端、そこに潜んでいた大量のバッタ共が一斉に飛び立ち、黒い分泌液が更にゴーグルに付着した。


 至近距離で聞く羽音(はおと)咀嚼音(そしゃくおん)、マスク越しでも(ただよ)ってくる黒い分泌液の異臭に鳥肌が立つ。


「捕食者のターゲットは僕らじゃない。きっと、バッタだよ」


 蝗害(こうがい)が始まってからというもの、RM菌由来のきのこを再生不可能なほどバッタが食べてしまい、捕食者が現れる頻度(ひんど)が増えた。


 バッタがターゲットなので捕食者も忙しいのか、(まと)のデカい人間が近くにいてもスルーされるという珍事(ちんじ)まで起きている。
 

 ソロの左手のブナシメジ(仮)も冬休み中にうっかりバッタに(かじ)られてしまい、今は根元しか残っていない状態だ。


 その時ついでに(かじ)られた皮膚の痛みを、ソロはまだ覚えている。
 バッタの大顎(おおあご)(あなど)れない力を持っている。

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