p33 合宿所

文字数 1,202文字

 何を言っているのだ、この軍人。
 いくら将校だからって、今すぐ市ヶ谷駐屯地(いちがやちゅうとんち)へ飛んで帰って上司に謝り倒して陸軍で一番エライ人宛てに始末書を書かねばならぬはずだ。
 そして責任取って降格しろ。


「なんで兄ちゃんも泊まんだよっ。去れっ、市ヶ谷駐屯地(いちがやちゅうとんち)へ。ここはおれだけで十分だ」


 もう二度と立ち上がれないと思っていたキャピタルが、果敢(かかん)にも()みついてくれた。


 キャピタルが泊まる気満々なのが()せないが「オレの代わりに家を守ってくれ、キャピタル」とソロは死んだふりに(てっ)しながら祈った。


「み(そら)ゆく捕食者が戻って来るかもしれない。リトル・マッスル、邪魔な物は全部灰にするから片付けを手伝え」
「待て」
 自宅を全灰(ぜんはい)にされる予感がして、ソロは仕方なく死んだふりを解除した。


「久しぶりだな、クソ坊ちゃん」


 もう坊ちゃんではなく、お嬢ちゃんなのだが、そこは捨て置いた。


「オレんちを勝手に掃除するんじゃねー。他人にはいらないモンでも、オレには必要なモンがこの家には(あふ)れてんだ。いるゴミといらないゴミってもんがあんだよ」
「結局ゴミか」
「帰る気がねぇならそれなりにスペースは確保する」


 会話が成り立たない生物なのは百も承知なので、とっとと帰ってもらうためにバッタの死骸と灰を隅に寄せた。電気はブレーカーがバッタの死骸の重みで落ちただけで無事だった。


 いつの間にか、わんさかいた隊員は消えてバンクのみが残っている。
 嫌になって捨てて行ったのかもしれない。
 この家がゴミ捨て場に間違われているからって、あんまりである。


 捨てられたバンクによってバッタ以外も()っすら灰にされてしまった気がするが、とにかく片っ端(かたっぱし)から(すみ)に寄せた。
楽譜(がくふ)だ」
 全然掃除を手伝わないバンクが、黄ばんだ本を見つけた。
 表紙にピアノのイラストが描いてある。


「クソ坊ちゃん、このゴミ屋敷にピアノがあるのか。このゴミ屋敷に」
「二回言うな」
 今まで思いもよらなかったが、そういう本があるということは、そういうことなのかもしれない。


「オレは見たことないけど。探せばあるかも」
「探せば、って。そんな広い家じゃないだろう」
「ここと通路と台所以外、ゴミが詰まって開かない部屋しかない」


 ゴミが詰まっていないとされるこの部屋と台所も、他人からすればゴミだらけなのだが、ソロ的にはセーフなのである。


「灰にしてやる。遠慮するな」


 開かずの部屋々へ行こうとするバンクをキャピタルにも協力してもらって押しとどめ『ちょっとずつ掃除するから』と約束し、なんとか(こと)なきを得た。


 布団が一つしかないのでどうなることかと思ったが、バンクは自前の軍用コート、キャピタルは寒くないのでそのまま雑魚寝(ざこね)。意外にもすんなりソロが使うことになった。


「笛の楽譜(がくふ)もあったぞ」


 灰とバッタの黒い分泌液まみれの表紙に、横笛を吹く黄ばんだイラストがかろうじて見て取れる。


楽譜(がくふ)ばっか見つけてくんじゃねーよ」


「誰のだ、クソ坊ちゃん」
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