p44 リョウVSキャピタル

文字数 1,243文字

「テメー、まだ昼じゃねえだろ」


 その声を聞いて、ソロの心臓が狂おしいほど不規則に乱れた。


 リョウの声。


 同時に、幻覚に(ささや)かれた愛の短歌が脳裏をよぎって、もう、激しい揺り返しが原因で死んでしまいそう。


 そんなソロの心も露知(つゆし)らず、キャピタルが威嚇(いかく)(うな)り声を発した。
「ああ? 」
「食欲ぐらいコントロールできねぇのか。自重(じちょう)しろ」
「はああ? 」
 キャピタルがガスマスクを投げ捨て、臨戦態勢(りんせんたいせい)に入った。


 こいつはメシの邪魔をされるのが一番キライなのだ。かつてソロも注意して、ボコボコにボコされたことがある。


 ソロも武器を持ってやり返したが、連日キャピタルと殴り合いができるほどの体力は持ち合わせていないので、やがて捨て置くことにした。


 だが、今回は事情が違う。


「ろョウ、キャピタルはオレにメシを食わそうとしただけで」
「黙ってろよ、ソロ」
 キャピタルの顔が、真の姿のバンクを若くしたような険しい表情に変わり、リョウを(にら)みつけた。

 ソロも見上げると、敵意のこもったリョウの顔が自分たちを見下ろしていた。


 今にも緑眼(りょくがん)同心円(どうしんえん)に変化してしまいそうなほど、憎悪と敵意に満ちた眼差しだった。
 ソロは(つる)の捕食者ツル太郎の同心円の瞳を思い出してゾッとした。
 

 だが、その恐怖の視線はソロではなく、キャピタルに向けられていた。
「それが授業を受ける態度か。食い物をしまえ」
「おれがいつ弁当食おうが、おれの勝手だろクソ野郎」
「立てよ、柴田」
 ガラテアの胎内でツル太郎と再融合してしまった影響なのか。以前のリョウだったら考えられない行動である。


「林田。テメー少し行方不明だったからって調子乗ってんだろ」
「ぴ、ぴあぴたん、ダメだ、にゃめろって」
 ソロはキャピタルの(そで)を引っ張ってリョウから引き離そうとしたが、全然退()く気配がない。
「ろョウは体が弱いんだ、お前がぶん殴ったら死ぬ」
「林田さん、柴田さん。離れなさい」
 無駄に派手なベネチアンマスクとドレスを身にまとった国語の教師が警告を発しているが、ドレスの(すそ)が黒板からちょっと出てた釘に引っかかって移動できなくなっている。


「弱いかどうか、そこで見ていろ」


 ほんの一瞬、リョウがソロに眼差しを向けた。
 だが、向けられた眼差しは恐ろしく冷めていた。
 寒々しい一瞥と、去年、捕食者であるツル太郎から殺意を持って睨まれた時の恐怖が重なって、ソロは固まってしまった。


 先に仕掛けたのはリョウだった。


 キャピタルの襟首(えりくび)を両手で引っ張り上げ、93kgの巨体を床へ叩きつけようと投げの態勢に入った。リョウのたくましい腕橈骨筋(わんとうこつきん)が、腕に更に深く刻まれ、血管が浮き出る。


 キャピタルの体を引っ張り上げたリョウに、ソロは目が点になってしまった。


 だが、キャピタルも簡単に投げられない。相手の力を利用して重心を崩し、※①右手を差して※②すくい投げの態勢に入った。


※①差す・・・腕を相手のわきの下に入れること。
※②すくい投げ・・・相撲の決まり手の一つ。差し手でまわしを取らず、相手をすくうようにして投げる技。


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