p73 蝗害(こうがい)の終焉

文字数 1,132文字

「最近、バッタの死骸が増えた気がするぜ」
「灰が※気門(きもん)に詰まって、やがて窒息死してしまうからさ」


気門(きもん)・・・昆虫など、気管で呼吸する節足動物の体の側面にある呼吸のための穴。


「今まで人類から食らった農薬が効いてきたんじゃないのか」
「そんなものは耐性を促すに過ぎないし、次世代が生まれたら何の意味も成さない」
「灰が気門(きもん)に・・・・・・ねぇ」
 

 そんな話は初耳だ。しかし、近ごろのバッタの死骸の多さを思うと、そういうことなのだろう。


「次世代を残す場所は灰に覆われ、自身の気門も灰に塞がれ、バッタたちはもう、手詰まりなんだよ。あとは滅びていくだけ」
「寂しいな」
「灰さえなければ、このコたちは、すべて(むさぼ)り尽くした後も少しは子孫を残せたろうね。せっかくここまで逃げ延びることができたのに、富士山の火山灰に全て台無しにされちゃった」
「逃げ延びる?」
「このコたちは食料を求めてここまで来たんじゃない。脅威にさらされて、仕方なくここまで逃げて来たんだよ」


 ソロはたぬキノコの話に惹かれて、つい、腰を下ろしてしまった。
 すかさず、たぬキノコはソロの膝の上に乗った。


「勝負あったね」
「オイ」
「どかすのかい? 」


 潤んだ瞳を一身(いっしん)に受けて、ソロはそれ以上強く出られなくなってしまった。


「この僕を、どかしてしまうのかい? 」
「二回言うなし」


 このたぬキノコ、見た目も中身もとにかく良過ぎるのである。
 そもそもタヌキという種族、神がエコ贔屓(ひいき)して造り上げたと言っても過言ではないデザインである。パンダといいタヌキといい、こいつらは他の生物の頭一(あたまひと)つ抜きんでて見た目が良すぎる。


「タヌキの足ではるばる千葉からソロに会いにきたのに、そんな僕をどかすのかい? 」
「電車使えし」
「タヌキは電車に乗れないからさ」
(しょう)きのこ料金で乗れるだろ」
「あれはソロが一緒だったから。タヌキ単品では人間の乗り物には乗れないよ」


 ああ、もうダメだ。このペース。もうすっかりたぬキノコのペースである。


「み(そら)ゆく捕食者のこと、お見事だったよ。天晴(あっぱれ)さ」
「なんなんだよ、なんで今更。どうして、今日なの・・・・・・」


 ソロは手袋を外すと、たぬキノコをがむしゃらに撫でまわした。毛流れに逆らってわざと撫でた。肉の厚みが最後に抱っこしたときの比にならない。


 丸々太ってホッとして、可愛いやら、哀しいやら・・・・・・。


「太って良かったな、たぬキノコ・・・・・・」
「ごめんね、ソロ。君を行かせるわけにはいかないんだ」
「誰に頼まれて」
「僕の浮島と同盟を結んでいる菌類に」


 耳を裏返しにしたり、尻尾の毛を逆立てたり


「泣いていいよ、ソロ」


「とられたくない」


 たぬキノコの毛流れをそのままに、ソロは(おのれ)を抱きしめた。


「いるんだろ。オレの中に本物のリョウが」


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