p46 男のきのこと女のきのこ

文字数 2,144文字

 ソロの声は一歩遅かった。


 リョウは油断を見せたキャピタルのみぞおちに手刀(しゅとう)をめり込ませた。


 油断していたところへ急所に直撃を食らい、思わずキャピタルが前のめりになる。
 リョウは身を低くして、キャピタルの丸太のようなぶっとい片足に両腕で食らいついた。


 リョウの肩に、172㎝93kgでほぼ筋肉、普段から体を鍛え抜き常人離れした運動神経を有するキャピタルが横向きに(かつ)ぎ上げられる。



「ゥンンんがああああああああああ! 」



 リョウはそのまま後ろに反って、なりふり構わぬ雄たけびと共に、肩に(かつ)ぎ上げたキャピタルを勢いよく落とした。


 背中から落ちたキャピタルはとっさに受け身を取ったものの、何が起きたのか理解が追い付かず、すぐには立てなかった。

「なんで、おれ、天井見てんの……」


 ブン投げられたキャピタルにソロが駆け寄る。


「※⑧撞木反(しゅもくぞ)りだ」


「しゅもくぞり・・・・・・?」


 肉体において、何もかもが格上のキャピタルに、なりふり構わず最後まで悪あがきしたリョウが勝利した。


 この場で立っている者が勝者である。

※⑧撞木反(しゅもくぞ)り・・・相撲における決まり手の一つ。相手の(ふところ)に潜り込み、相手を横向きに肩に担ぎ上げ、後ろに反って落とす技。


「二度と授業中に弁当食うな。鼻歌もするな」


 口にたまった血と鼻血を拭い、肩で息をしながらリョウは言い放った。


 端正な顔が腫れ上がり、血が(にじ)んでいる。
 逆側へ折れてしまいそうになっていた肘も赤く腫れあがって痙攣(けいれん)している。


 そんなリョウに、女子たちが我先(われさき)にとハンカチやティッシュを差し出している。『ハンカチはいらぬ』と断言していた腕白(わんぱく)なバンビーナとバトーですら、トイレからトイレットペーパーをダッシュで持って来てリョウの鼻に突っ込んでいる。


 リョウは捕食者で、全生物の天敵。


 今まで気弱で優しかったから反撃しなかっただけで、本当は肉弾戦でも純粋な人間と渡り合えるくらいには強かったのか・・・・・・。


 顔面血だらけで負傷したリョウのがむしゃらなたくましさに、ソロはますます恋心が燃え上がってしまい、女の子成分が加速した。


 リョウはもうすっかり『男のきのこ』になっている。


 キャピタルなんぞ放って置いて、リョウに抱き着いて接吻(せっぷん)でもすればソロも一気に『女のきのこ』になれそうである。


「クソ野郎が・・・・・・! 」


 あんな掌底(しょうてい)手刀(しゅとう)(あご)とみぞおちに食らって起き上がれるキャピタル。


やはり頑丈過(がんじょうす)ぎる。


「テメー前から気に食わねぇんだよ。ひとによって態度変えたり、弱いふりしてすぐ泣いてイラつかせやがって。急になんだ、イメチェンか、この二重人格野郎」


「もういい、ピぁピタリゅ。保健室行くぞ」


「おれに触んな! 」


「あんだとテメーこの野郎ッ! 」


 差し伸べた手をキャピタルに払いのけられ、ソロはつい(やから)ゴコロ全開で顔面に張り手を食らわせてしまった。


「パピタンッ、次はオレが相手だッ」


 美少女(仮)にあるまじき行為。

「ばかっ。やさしくしろっ」

 ぶッ叩かれたほっぺに手を当て涙目のキャピタルを見て、ソロは我に返った。


「あ、許せ」


 ソロは反省したがもう遅い。


「もういいっ。おやじのお見舞い行く。先生ぇ、早退届け、きのう出してあるんで」
「待ちなさい、柴田さん」


 国語の教師の制止も効かず、キャピタルは出て行ってしまった。


「ぱぴたん、待てよ」


「松本」

 リョウに背後から呼び止められて思わず振り返る。
 殺意は感じないが、やはり冷めた眼差しのままだ。


「ろョウ、ぱぴたんは、自分が食おうと思って弁当広げたんじゃにゃい。オレに食わそうとして」


「アイツと同類か」


その言い方が冷たくて、これが本当にあのリョウかとソロは耳を疑った。


 優しかった昔のリョウとの違いが激しすぎて、その揺り戻しで心が壊れてしまいそう。


「松本・・・・・・、俺は忘れてねぇからな」


 去年、心底震えあがった『きのこの悪夢』で耳にしたリョウの声と重なって、トラウマが蘇る。


 やはり、リョウは許してなどいなかったのだ。


 誰彼構(だれかれかま)わずどんなものでも好きになってしまう自分を許すと言ったが、リョウはやはり、許していなかったのだ!


 幻覚(げんかく)にも許されず、現物(げんぶつ)にも許されず、結局、全てに許されていなかった自分に、ソロは恐怖した。


「とにかく、ぱぴたんは悪くねぇ! 」


 ソロは荷物を持って、逃げるようにキャピタルの後を追った。
 もちろん、さきほど勧められた食料も回収である。


「せやせや、ワシもパピタンも悪いコやあらへんで。まあパピタンはあの通りきったない負け犬やけどな」
「待ちなさい、松本さん。どなたか、私のドレスの(すそ)を切ってください」
「林田さん、こんなの良くないよ。どうして・・・・・・」


 よっしゃんと国語の教師とアベイユの声を背に、ソロは走った。


 だが、キャピタルの脚力(きゃくりょく)に追いつけるわけもなく、校門まで走っても、そのどうしようもない姿を見つけることができなかった。
 バッタしかいない。


「アイツ、ケンカで負けたことなんか無かったろうに・・・・・・」


 こんなバッタだらけの中を、ガスマスクなしで出歩くなんて。
 まつ毛や眉毛まで(かじ)られてしまうというのに。


 ソロはダメもとで、キャピタルの自宅へ行ってみることにした。
 もしかしたら、夜勤を終えたファンドに泣きついているかもしれない。


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