彼のもたらしたモノ
文字数 1,729文字
蒼の里の上空で、二頭の竜が絡み合って争っている。
シルフィスの海竜と、ヘイムダルの大角竜。
風評対策は、結局こちらが採用された。
編み家に求婚の挨拶に行ったとはいえ、元々閉ざされたコミューンだし、あの夜の事は彼らが表沙汰にしたがらなかった。
「シルフィスキスカ殿が、ピルカを巡って、交際相手に喧嘩を吹っ掛けたらしいぞ」
「何だ、やっぱりあの方、普通に女性が恋愛対象じゃないか。誰だ、おかしな噂を言った奴は」
「噂なんていつだって話半分さ」
若者数人が、もっと高い所で見物しようと、執務室前の坂道を駆け上がって行く。
室内から隠れるように、外を見上げるリリとピルカ。
「ピルカ、モッテモテね」
「明日からどんな顔して歩けばいいのよ……」
その後方、大机の所で小声で囁き合うホルズと見習いの少年。
「リリさん、いつの間にか女の子達と普通に話せるようになってんですよね」
「本人の前で口にするなよ。まだ気付いていないんだ」
「そういえばピルカ、また大演説したそうですね」
「あぁん? 小娘から脱却しろって奴か。自分が最近母親連中に言われたような事だ。受け売りだよ、受け売り。どいつもこいつも、まだまだ子供だ、目の離せない、コ・ド・モ!」
「はは……」
上空の竜の背には、シルフィスとヘイムダル。遠目に闘っているように見せているが、実はじゃれ合っているだけだ。
「教練所時代の鬼教官に知られたら、腕立て三百のち独房で反省文だな」
「付き合わせてすまない」
「いや、……蒼の里は楽しいか?」
「ああ、皆とても良くしてくれる」
そう言うシルフィスの目の下の隈は消え、すっかり穏やかな顔になっている。
もう一人の竜使いは目を細めた。
***
里より少し離れた、秋草の中のハイマツの丘。
天辺の砂利に立つ二つの人影。
「いやはや迫力だな、竜同士の戯れなんて、そうそう見られる物ではない。私はよほど日頃の行いが良いんだろうか? ねぇ、ユゥジーン」
「はぁ」
明るい髪色の青年は、ポケットの翡翠のカケラを握りながら、横に立つ背の高い男性を見上げた。
「ここまで来たんなら、里に顔を出して行って下さいよ、ナーガ様」
コバルトブルーのユゥジーンは、執務室メンバーであってメンバーでない。ナーガ長個人の配下だ。
ナーガが長に就任したばかりの頃、少年だった彼はそう約束して執務室に入った。リリもホルズも知らない、二人だけの秘密。
翡翠のカケラは、リリが暴発事件を起こした少しあと、身に付けておいてくれと言って渡された。
これがブルブル震えると、ユゥジーンは翡翠の光の指し示す場所に参じ、長殿の求めのままに里内の事を報告し、個人的な指令を受ける。たまにノスリへの伝言もある。
ナーガはそれから里へ戻る事もあるが、大概そのまま発ってしまう。
「座る間もなくすぐ出掛けたら、皆も落ち着けないだろう。もっと余裕のある時に帰るよ。皆と居る時は一緒にゆったりしていたいから」
「俺らはいいけれど……(リリは心細いと思いますよ)」
「大丈夫ですよ(貴方がいてくれるから)」
蒼の長なんて厄介な役割を背負っているこのヒトの、ホンの少しでも和らげる場所になりたいと、ユゥジーンは思っている。
能力的に大した事はないのに、何でかこのヒトは自分を選んでくれた。だから信頼に応える為には何でもするし、リリの事も全力で守る。
「そういえばリリの奴、シルフィスに振り回されている間に、苦手な女の子達と自然に接せられるようになってんですよ」
「ふふ」
「こうなる事を見越してシルフィスを招きましたか?」
「まさかまさか、幾ら蒼の長でも、そんな事まで予見出来ませんよ」
「……本当ですか?」
「本当ですよ、どんなに術が使えても、この世にはどうにもならない事の方が多い」
「……」
「あの子達はね、私なんかの想像の、遥か上を行ってくれる」
「……」
「リリは、私や先代や、誰にもなれなかったタイプの蒼の長になるかもしれないね」
上空からの風圧が、秋草の草原をザァザァとかきまぜて
太古から変わらない黄金の波から、少しだけ冬の匂いが運ばれて来る。
~クレマチス・了~
~白い手綱 赤い手綱・完了~
ここまでお付き合い頂き、まことにありがとうございました。
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