エピローグ・余話
文字数 1,931文字
執務室のホルズは今日も忙しい。
所用が終わって執務室に戻ると、室内はリリとシルフィスだけで、お互いの仕事に勤しんでいる。
(へぇ、ユゥジーンがいないと両方静かなんだな)
真剣な顔で報告書を書くシルフィスを横目に、奥へ回って大机に着く。
護衛任務をこなしてから、シルフィスには細々とした依頼を振っている。主に他部族の女性からの物だ。
ノスリ家の女性陣が強く推したからだが、やらせてみたら評判が良い。
竜使いだから竜を使うような大仕事を任せねばならないというのは自分の間違った先入観だったようで、この男は脱力するような依頼でも嫌な顔一つせずに出掛けて行った。
女性からの依頼なんて、ささやかな心配やちょっとした迷信、はたまた甘ったれた人生相談だったりで、今までは取り上げすらしなかった物も多い。
でも対応してみると、『それその物は解決しなくても』何となく良い方に転がって、別の大きな事の解決に繋がったりするのだ。
何より依頼した側が大満足でニコニコしている。
(この面がいいだけの天然男の何処にそんなポテンシャルがあったのやら)
斜め左からのスッ惚(とぽ)けた受け答えや、銀河の彼方から見下ろしたような俯瞰が、何かのツボにハマってウケているんじゃないの? とはリリの弁。
(俺もまだまだ修行が足りないみたいだな)
ホルズがしみじみしている所にユゥジーンが帰還して、またいつもの賑やかな執務室が始まる。
~了~
*****************
~ 余話 ~
「サザ」
蒼の里の厩舎棟。
草の馬が首を覗かせる房(ぼう)が両側に遥か彼方まで連なる通路で、呼ばれた娘は振り返った。
今日は武骨な作業着だが、施された刺し子は女の子らしい花模様だ。
「そこ全部一人で掃除? 手伝おうか?」
呼んだのは、同い年の友達。研磨職人の家の娘で、先日の旅行も一緒だった。
「大丈夫、ちょうど終わった所」
サザは掃除道具を片付けて、彼女と一緒に外へ出た。
夕暮れて薄暗い道を、肩を並べて歩く。
「鳥の刺繍ね、もう少しで出来上がるから。ごめんね、待たせて」
「大丈夫、みんなサザが忙しいのは分かっているから。でも、代わりに編んでもよかったんだよ?」
「うぅん、お礼だし、自分で編む」
「そっか、うん」
娘は大きく伸びをして、話題を変えた。
「旅行から帰ってからね、私達、たまに外乗りに行っているの。来年は自分達だけでエンジュ森を訪ねたいから、馬を上達しておこうって。サザも勿論メンバーよ」
「素敵。でも今は出られないわ。お父様の機嫌がまだまだ」
「そう…… サザの乗り姿が凄く綺麗だったから、また一緒に走りたいって。私だけじゃなくて、皆思ってたって。サザファンの私はニマニマ」
「ふふ、ありがとう」
「罰則はまだ続くの?」
「向こう一ヶ月は覚悟しているわ」
「まさかお父さんに黙って旅行に来ていたなんて、ビックリだったわよ」
「そうね、自分でも驚いたわ」
「……やっぱり、竜が見たかったから?」
「それもあるけれど……」
聞いた娘は、止まった言葉の続きを催促はしなかった。
厳しい家に生まれ、その家業を継ぐ事を受け入れている強い友達だけれど、ふと脇道にそれてハッチャケたくなる時もあるのだろう。自分もたまにそうなるし。
「あーあ、竜使い様、サザがこんなに苦労して旅行に参加して、罰則をこなした上に、布団の中で徹夜してお礼の刺繍を編んでいるなんて、思いもしないンだろうな」
「あの方はあの方で、きっと苦労されているんだわ」
「そぉお? あんな凄い竜が呼べるなんて、無敵じゃない? ……何でそう思うの?」
「だって意外と、面と向かって話してみると…………いや、うぅん、そうね、何でそう思ったのかしらね」
研磨工房の前で友達と別れ、サザは職人街の最奥の、草の馬の編家に向かう。
里の民の命と人生を担う草の馬。
それを編み出す厳しい家に生まれた運命から、逃げ出したい時もあった。
実際最近まで、まだモヤモヤしていた。
そのモヤモヤが消し飛んだのは、あの最後尾から、湿原を行く草の馬の夢のような行進を見た時だ。
ああ、これらを創る仕事を引き継いで行くんだ、この美しく力強い存在を……と心躍った瞬間、自分の表面の膜が剥がれて何かがストンと入って来た。
だから旅行に行った事は後悔しないし、罰則も潔く受け入れる。
あの竜使いのヒトは然るべきお嫁さんを探しているようだから馴れ馴れしくしてはいけないけれど、旅行を実現してくれた事には心より感謝している。
だからお礼の刺繍は心を入れて、一針一針丁寧に編もう。
灯りのついた工房から作業音がもれる慣れ親しんだ路地を、娘は前を向いて元気に歩いて行った。
~白い手綱赤い手綱・了~
表紙その1
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