作戦会議・Ⅱ
文字数 1,805文字
「何からどう話していいか分からないけれど…… えっとまず、結論から言っちゃうと、サザには今、お父さんが強く推している縁談があります」
畏まって話を始めるプリムラ。
「あらまぁ」
「年頃の娘がいる家なら、縁談の一つや二つ普通に転がっているわ。先を続けて」
執務室の真ん中に車座になって、ピルカたち娘四人は額を突き合わせる。
後ろでソワソワするシルフィス。
仕事をしながら聞き耳を立てるホルズとリリ。
「それが中々複雑で。縁談相手は、お父さん・・『編み家』の頭領様ね・・の、大のお気に入りの義弟。昔、外部から頭領の妹に婿入りしたヒトで、今は妻に先立たれて子供もいない独り身。それでは体裁が悪いので、頭領は自分の娘を与えて、本家の系譜に連ねてやりたいと」
「『与える』って随分ねぇ」
「お父さんの妹のお相手じゃ、結構年が離れているんじゃない?」
「頭領より二つ三つ下な感じ」
「あらら」
「今まで何度も縁談は上がったんだけれど、みんなポシャッたって」
「……何か問題のある殿方なの?」
「さあ。とにかく頭領の依怙贔屓がスゴいって噂。あと、……えっと、髪の毛とお腹まわりが随分と…… 頼りない、らしい」
プリムラは歯に衣を着せたが、パティやペギーは『ハゲでデブ』と言ったんだろう。
「ちょっと待って、先が想像出来ちゃうんだけれど」
ピルカが片手を上げてこめかみを押さえた。
「多分想像通りよ。サザは今、かなり切羽詰まっている。名前が欲しいからなんて出まかせ。だってあそこのコミューンは押し並べて名前が遅くて、あの子の親友だってまだ幼名だもの」
「えぇ、それは……気持ちは分かるけれど、せめて最初に打ち明けなきゃ……」
優しげなポランですら眉をひそめた。
四人は一斉にシルフィスを見た。
「という事よ」
「どういう事なのだ」
「あの子、親に迫られているオジサンとの縁談が嫌で、貴方に嘘を吐いて利用しようと……」
プリムラの言い様に、もうちょっとソフトな表現でと、ポランが慌てて止めた。
「利用……」
さっきまで呑気にラブラブ作戦なんて言っていた面々が、シンと静まってしまった。
そりゃ確かにフェイクを頼んだのはこちらで、利用はお互い様だ。
しかし隠し事の内容がマズ過ぎる。
そんな状況で挨拶に行ったら、思いっ切りアウェイで、親族になぶり者にされかねない。
ホルズは黙っている。
執務室は基本、馬事係に逆らわない。個人的には味方になってやりたいが、相手が悪すぎる。
リリも黙っている。
柄にもなく片想いなんて可愛い所を見せたと思ったら、なんて厄介な娘に引っ掛かってんのよ。
「では」
シルフィスが閉じていた目を開いた。
「折角計画を練って貰ったが、デートプランは中止だ」
娘達は痛々しい顔で青年を見上げる。
純粋な分、付いた傷も深かろう。
「すっ飛ばして、即、頭領殿に挨拶に行こう」
「え、ちょっと待って、聞いていました? サザは貴方を謀っていたんですよ」
「些細な事だ。何の問題もない」
「でも……」
「そんな事より、一刻も早く挨拶に行かねば。こうしている間にも、サザが不本意な縁談に押し潰されて苦しんでいる。泣いているかもしれない。彼女にはノスリ家の君達のように頼もしい味方はいないのだ」
海色の髪の青年は、真っ直ぐな瞳で娘達を見る。少しの曇りも無い。
「分かったわ」
ピルカが口を開いた。
***
ピルカの号令で娘達が走った。
信じられない神速だった。
嫁いだ元ノスリ家娘達のネットワークが電撃のように走り、あっと言う間に、頭領に物が言える親方の一人に辿り着いた。
頭領殿は、その夜の訪問の約束を、あれよあれよと取り付けさせられた。
当のサザも驚いていたらしい。
仕事から帰ったシルフィスを、針と糸を持った娘達が待ち構えていた。
「情報ではこの装束が、あの家での好感度が高いらしいわ。うちの父方の親戚が保管してた」
「古っ、男物でこんな大量にビーズが使われてる衣装、初めて見た!」
「灰汁で拭き上げたからカビ臭さは抜けていると思います」
「いいから針を動かして! ブカブカなのに丈がまったく足りていないんだから!」
それらの作業は当然のように執務室で行われた。
もうリリは怒る気にもならず、隅で仕事をしながら、みるみる出来上がる古式ゆかしい風俗に、口をあんぐり開けている。
(あれだけ装備して貰えれば、いくらシルフィスでもちゃんとやれるでしょう、いくらシルフィスでも)
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