森の青年団
文字数 2,624文字
トンボのテリトリーを十分に過ぎたのを確認してから、シルフィスは竜を霧散させて馬に乗り替えた。
女の子達の「あぁん」と名残惜しそうな声がしたが「竜さんありがとう」という可愛らしい声も聞こえた。
樹齢の嵩んだ針葉樹林をひとつ飛び越え、皆で一旦地上へ降りる。
行程の四分の三の地点だが、この先は森の民の生活圏で安全な筈だ。
先程の針葉樹林が盾となり、トンボが入って来ないらしい。
元々の予定では、シルフィスはここで別れて里へ戻り、娘達は先方に二泊して、明後日またここまで迎えに来る事になっている。
しかしそれは皆を仕切れるピルカがいたからだ。
(プリムラと、ノスリ家のあの気配り上手な……ポラン、だったか、彼女でも代行出来るだろう。しかし)
ここで帰ってしまうのを名残惜しく思う自分がいる。そんな気持ちを持ってしまった事に、シルフィスは自分で驚いた。
自分の絶対の用事と言えば、夜に長殿の指導を受けるだけ。
目的地まで送ろうと思えば送れるよな……
などと考えていると
――!!?
前方の森に気配! まさか、トンボ!?
「皆、後ろへ固まれ!」
シルフィスは剣に手を掛け馬を引き寄せた。
ザザザザ!
梢の高い所が揺れ、複数の何かが飛び下りて来る。虫ではない、もっと質量のある……ヒト型の者。
「おいおい我らだ、驚かせてすまない」
ガサガサと下生えを掻き分けて出て来たのは、馬を連れた三人の若い男性。腰に鉈を下げているが物騒な気配はしない。
シルフィスの後ろでノスリ家のポランが声を上げた。
「まぁ、エンジュ部族の、えっと、去年お会いした青年団の?」
「そうそう、覚えててくれたんだ、嬉しいな」
「シルフィスキスカさん、先方の森人の部族の方です」
真ん中のヒョロ長い男性が、シルフィスの前にズイズイ進み出て、力強く手を差し出した。
「ようこそエンジュ森へ。蒼の里からの鷹の手紙で竜が護衛で来ると聞いて、速攻ここまで走って木の上から見物していました。いや、カッコ良かったァ!」
「ど、どぅも……」
今しがた危険な場所を通って来た相手に、『見物していた』などと言ってしまえる事に、そこはかとない無神経さを感じる。そも、どうして主賓ではなく先に護衛に挨拶に来てしまうのか。
シルフィスはチラリとポランを見たが、黙って頷いたので、引き気味に最小限の握手をした。多分、男女関係なしに苦手な相手だ。
彼らの種族は森人。年長け具合は種族が違うから判断し難いが、雰囲気からして成人になったかならないかぐらいだろう。
竜に興味深々で、あわよくばまた出してくれないかな的な欲求光線を、バチバチ出している。
「残念だけれどシルフィスキスカさんはここでお帰りになるの。お忙しいのよ、私達と違って」
プリムラが何だかムスッとして割り込んだ。
「あ、ダイジョブ、ダイジョブ、蒼の里に鷹便の返信で問い合わせたから。竜使いの方にも宿泊して貰って、青年団の方で酒宴を開いてもてなしたいんだけれど、いいっスかって」
「え゛」
シルフィスの顔色などお構いなしに若者は嬉々として続ける。
「そしたら返信で、どうぞどうぞ宜しくお願いしますって。蒼の長様の術の指導も二日位ならお休みにしますからそう伝えて下さいって。良かったッスね」
「・・・・」
エンジュ森の青年は「それでは後で」と自分達の馬で地上を戻り、蒼の里の一行は、また隊列を組んで空へ飛び上がった。
今度は脅威が無いので空気も緩み、さわさわとそよぐ樹上を、常歩(なみあし)でのんびりと進む。
「シルフィスキスカさん」
皆より上空を飛ぶシルフィスの横に、ノスリ家の気配り娘、ポランが上がって来た。
「気乗りじゃないんでしょう? あの、私達で上手く立ち回って、あのヒト達に付き合わなくてもいいように計らいましょうか?」
シルフィスは目を丸くして彼女を見た。
「こういうのって、殿方は社交辞令に縛られる。私達女性が特性を生かして緩衝材になる物なんだって、祖母や母から教わっているんです」
「そうよそうよ、あのヒト達、私達には『女は暇でいいな』とか、もてなしどころか妨害ばっかりして来る癖に」
「ちょっと竜使いが来たからって手の平返しちゃってさ」
いつの間に、問題児二人も上がって来てしまっている。
「パティ、ペギー、隊列を乱しちゃ駄目よ」
「姉さまもカチンと来たでしょ、さっきの態度。私達に挨拶もなしでガン無視だったじゃない」
「去年プリムラを泣かせた事なんか忘れちゃってるんでしょうね」
シルフィスが反応して顔を上げた。
「プ、プリムラを……?」
「泣かされてなんかいないわよ!」
何気に話の聞こえる位置まで近寄っていた赤手綱の娘が、眉をつり上げて見上げている。
「こっちは相手が知的な反論を出来なくなるまで言い伏せてやったんだから、私の勝ちよ!」
「ピルカが間に入らなければどうなっていたやら。今年は我慢してよね」
「あっちが仕掛けて来なければね!」
「もぉ、先方の女性達の事も考えなさい」
ノスリ家の他の娘達も上がって来てしまっている。
慌てて後ろを見ると、隊列は大丈夫だが、全体的に寄っちゃくなって、何だ何だという感じでこちらを見ている。ノスリ家の娘達以外は今年初めてエンジュ森に来たので、何も知らない。
ポランが、小さな声でシルフィスに説明をした。
「エンジュ森の女性は、本当に素晴らしい技術を持った好い人達です。大昔うちの祖母の姉妹が嫁いだ縁で毎年の技術交換会が始まったんですけれど、女性の立場が蒼の里とは少し違います。彼女達にはこういう行事が少ないので、波風立てずに継続させて行きたいのです」
「あ、ああ」
執務室で粘っていたピルカを、女性は短絡的で我が儘な物だなと雑な目で見ていた事を、シルフィスはまた反省した。
任せて下さいと言ったポランの横顔を、シルフィスは不安そうに眺める。
今、馬をゆっくり行進させながら、三十人の娘達に伝言が回されている。
後ろの方は何だか文言が増えて長くなっている。サザの所に行くまでに変な尾ひれが付いてしまわないか不安だ。
サザも三人娘も表情少なに伝言を受けて、チラチラとこちらを見ている。
「ぜ、全員に知らせる必要があるのか?」
「知らない娘がいる方が支障が出るんですよ、こういう計略は」
「姉さま、出来た!」
パティと呼ばれていた娘が、即席で作ったコヨリの束を突き上げた。
「当たりは五つでいいのよね」
「そうね、五人もいれば十分でしょ」
おまけ:ノスリ家系譜
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