空気の読めない竜使い
文字数 2,025文字
執務室の統括者ホルズは、若者の扱いに長けている。
里と草原の要、蒼の長の執務室に入って来るような若者は、得てして幼い頃から優秀で、挫折経験が少ない。そういうのが態度にも出る。
そんな若駒に気付かれる事なく馬銜を掛け、手綱を張ってコントロールするのが、ホルズは非常に上手いのだ。
ナーガ長にもその点では一目置かれている。
そのホルズをしても、最近の執務室には手を焼かされている。
「長殿が、ユゥジーン先輩を見て学べと仰られたのだ」
「だからって、どこでもかしこでも付きまとわれても困る!」
「大丈夫だ。先輩が仕事以外のプライベートで何をやっても僕はまったく気にしない。問題ない」
「俺が気にするのっ!」
今日も今日とて、風波(かざな)のシルフィスにベッタリ貼り付かれてキレ気味のユゥジーン。
エリート揃いの執務室では珍しく、低い地能力を努力で叩き上げた雑草派。
片や風波のシルフィスキスカ。
ユゥジーンより少し年下で、北方よりこの里へ術を学びに来ている。
稀少な海竜使いの継承者&澄んだ深海色(ふかうみいろ)の髪と瞳の貴公子というチート二枚重ね。
「蒼の長殿は、自分のようにあまり交流のなかった部族の者にも惜しみなく術の手解きをして下さる。頂くばかりでは忝(かたじけ)ないので、里の為に何か手働きをしたいと申し出たのだ」
「こう言っているんだ。せっかくだからちょっと手伝って貰えばよかろ。竜が役に立ちそうな土木関係でも回してやろうか」
と言うホルズに、
「風波の竜を土木工事に使えと!?」
「土木工事をやる竜なんか見たことありませんよ!!」
と同時に返答する二人。
こいつらホントは仲良しだろ。
「だいたい狭い我が家に押し掛けられて寝食共にしてんですよ。それでなくともむさ苦しいのに昼間も一緒って、何の罰ゲームですかっ」
必死に抗うユゥジーン。
そこに、事務仕事をしていた長娘のリリが、
「ジーンちは広いわよ。片付けないのがいけないんでしょ」
とピシャン。
そして定番の、ユゥジーンとリリの言い合いが始まってしまう。
この二人の口喧嘩だけなら毎度の行事なのだが、そこにシルフィスが混じると・・
「リリ、ユゥジーンはだらしがないから片付けないのではない。よく観察していれば分かるが、寝転がったまま使用頻度の高い物に手が届く、実に合理性の高い配置となっている。見習うべき生活形態かもしれない」
「遠回りに馬鹿にしてるだろ!」
「風波に恥ずかしい文化を持ち帰らないで!」
とややこしくなる。
その辺でホルズはまぁまぁと宥めて、若者二人に適当な仕事を与えて追い出す。
貴重な文書判別の能力を持つリリを苛つかせると、午後の仕事に差し障るのだ。
そも、ユゥジーンがシルフィスを居候させるようになった経緯は、ホルズがうっかり寮の手配を忘れたからだ。(その点は百%ホルズが悪い)
たまたまベッドが余っていたのが、長殿の自宅とユゥジーンの家。
彼がむさ苦しい居候を引き受ける羽目になったのは、もうひとつの選択肢(シルフィスとリリが同居)が冗談じゃなかったからだ。
要するに、物凄くくっだらない三角関係の顛末なのだが、そんなのにまで気を使ってやらねばならない面倒くささに、ホルズはほとほと疲れ果てていた。
***
「ナーガ、昼間のシルフィスの面倒は他の者に任せないか?」
夜半。メンバーが帰宅して一息付いた執務室。事務方のホルズとリリだけの室内に、遠方に出ていたナーガ長が帰還する。
肩に流れる群青の髪は清流の如く、曇りひとつない額に翡翠飾りがキラキラと、入って来るだけで場の空気が変わる、相変わらずな妖貌。ボサボサ頭のリリの父親とは思えない。
「えぇ、ちょっと休ませて下さいよ、はぁどっこいしょ」
口さえ開かなければいいのに……とホルズは喉で溜め息しながら、本日の顛末を報告する。
「ふむふむ、ユゥジーンとは仲良しになれると思ったんですがねぇ」
「相性は良いわよ、似た者同士だもの。ドウゾクケンオって奴ね」
リリが書類に目を落としたままポソリと呟いて、二人を苦笑させた。
ユゥジーンは、仕事面ではすこぶる優秀だ。
実直で裏表無いので他部族から好かれやすい。
偏屈で評判の部族からも「彼が来るならいいよ」の言質を貰える程だ。
ホルズにしたら、こいつにはなるべく機嫌よく仕事をしていて貰いたい。
一方のシルフィスは、風波の古い血筋だけあって、術の素質は抜群。
使い方次第では執務室の大きな戦力になってくれる筈。
ただ……まぁ、言っちゃ何だがかなり空気が読めない。
単独で他所に出したら何かをやらかしそうな空気がビンビンする。
彼の親友のヘイムダルは常識人だったから、種族の壁でもないのだろう。こいつ個人の性分だ。
執務室の他メンバーもうっすら気付いて、遠回りに彼と組まされる事から逃げている。
で、ホルズは更に頭を悩ませる。
「はぁ、いったいどんな仕事がこいつに向いているってんだ?」
おまけ:リリと愛馬
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