七羽のカケス
文字数 1,794文字
エンジュ森で待っていた者達は、鈍色の馬の背でぐったりして戻って来た青年を出迎えて、歓声を上げた。
「さすが竜使い殿だ。まさか野火を一瞬で消してしまうとは」
「彼のような上位の術者にとっては、何て事はない事態だったのかもしれないな」
「これ、ご自分で縛ったのかしら?」
シルフィスを馬から下ろすのを手伝った娘達は、彼を鞍に縛り付けていた紫のスカーフに首を捻った。
宿舎のベッドに寝かされたシルフィスは、夕方目覚めた時に、手芸の交流会が滞りなく行われた事を聞かされた。
戸惑うエンジュの女性達に、蒼の里の娘達が、
「何も学んで帰らなかったら、護衛してくれたシルフィスキスカさんに顔向け出来ないです」
と申し入れて、最初の予定通り実現した。
っていうか、予定とは違う熱量で、手芸ガチ勢だけでなくノスリ家の娘達を先頭に誰もがガツガツと教えを請うたので、今、双方ヘトヘトでグッタリ伸びているらしい。
「まったく、飯の支度ぐらいしてから倒れろよ」
とかブツブツ言いながらも、青年団は既に野外に炉を出して、半身にした猪を焼いてくれている。
夜、村の広場は火が焚かれ、村人客人全員が、三々五々と杯を挙げあった。男も女も皆笑っている。
最初真ん中に連れて行かれたシルフィスだが、すぐにそっと端へ退き、惚けながらその光景を眺めている。
(蒼の長殿が目指しておられるのは、こういった光景なのかもしれないな……)
何も特別な事はない、何て事はない平凡な、皆が笑っていられる日常・・
***
「嬉しそうにニマニマ眺めちゃって」
蒼の里の執務室。
ホルズが所用で出掛け、二人になったのを見計らってリリが話し掛けて来た。
指摘されてシルフィスは、ベルトの腰部分に目立たぬように下げていたレリーフ飾りを、慌てて掌で隠した。
カケスの群れが繋がった立体刺繍(というらしい)、一羽一羽が違うポーズで飛んでいる。
「な、眺めていたか?」
「ことある毎にチラチラと」
そりゃ、これを貰った時、天にも昇る気持ちになったからな。
しかしリリには気取られぬよう用心していたのだが。
「だぁれに貰ったの?」
「礼だ、先日の護衛の礼。リリが期待しているような者ではない。職人家コミューンの七人に、共同の礼だと言って渡された」
「おやおや、七羽いるから、一人で一つづつ編んでくれたのかしらね」
「そうかもしれないな。護衛は集団見合いの礼だというのに、律儀な事だ」
貰った時に隅々まで眺めたが、七羽それぞれクセはあるものの見事な出来で、どれを誰が編んだ物か解明するのは不可能だった。
まぁ、この中のどれかがサザの編んだ物だと思うだけで、心が温んでつい口許がほころんでしまうのだ。
玄関デッキに足音がし、外から声を掛ける者がいる。
「女の子の声よ、あんたにじゃないの?」
言われてシルフィスが外に出ると、立っていたのは小花帽子のプリムラだった。
「こんにちは、シルフィスキスカさん。これ、護衛のお礼です。あんまり上手じゃないけれど」
ハキハキ喋って突き出されたのは、カケスの刺繍の入った皮ケース。
礼を言って受け取り、シルフィスは微妙な顔で室内に戻った。
「なに? あんた、カケスが好きだっけ?」
リリが面白そうに覗き込んで来た。
「いや、特には……」
「何処かでカケスの話でもした?」
「……」
「同じ形よね、そっちのレリーフと」
「あ」
「うん?」
「エンジュ森の女性のスカートの、この柄の刺繍があまりに見事だったので、つい目が行っていた……かもしれない」
「皆のいる所で?」
「到着して最初の挨拶の時」
「はぁ……」
リリは机の向こうに回って、ポットに茶葉を入れた。彼女が自分で茶を入れ始めるのは珍しい。
「女の子はそういうの見逃さないわよ。あんた来週には身体じゅうカケスまみれよ。あぁ楽しみ」
「まさか、そんな、あんな一時の視線ぐらいで……いや……」
シルフィスは一瞬止まってハッとした。
「エンジュ森の娘に土産に持たされた饅頭に、カケスの焼き印が押されていた」
リリは大口を開けてカラカラ笑った。
トネリコの野火を一発で消した顛末について、リリは何も聞かなかった。
シルフィスの秘密の場所・・白い花のような妹を葬った、空を漂う氷の竜の存在は、彼女は父親の蒼の長にすら話していない。
だから、彼が『何を火消しに使ったか』は、この二人が他言しない限り、永遠に誰にも知られない。
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