お茶会の攻防
文字数 3,629文字
山脈を越える途中、赤手綱のプリムラがシルフィスの側まで上がって来て、休憩を進言した。
彼女は毎年旅行に行っていたノスリ家グループの一員で、いつも行き帰りにこの場所で休憩を入れているという。
見渡すと、確かに疲れた様子の者が多い。
全体に号令を掛け、プリムラの指定した場所に降りる。
浅いせせらぎのある平らな土地で花なども咲いており、いかにも女の子が好きそうな場所だ。
サザはずっと緊張していたのか、馬を降りると膝がワラって、前列三人娘に助けられている。
それでも一度尻餅を着いたあとはもう座らず、馬の腹帯を緩めたり汗を拭いたり、または幼い者の世話などをしている。
見渡すと、皆各々に行動しているが、乗馬が上手いと思った娘達はもれなく、まず馬の養生をしている。
かと思うと鐙すら結わえずに、自分達のオヤツを囲んでいるグループもある。
(類は友を呼ぶという奴か。本当にそれぞれなんだな)
風波の部族では女性の存在意義は簡素だ。嫁ぐ事と子を育む事。
竜の術は男性にしか継承されないし、女性の教育は女性がする物だ。
嫁いだ女性と接点を持つ事はまずなく、関心を持つ事もなかった。
(蒼の里の女性達だって、削ぎ落とせば同じ。嫁いで家内の仕事をし、子を成す事を求められている。なのに随分違って見えるのは何でだろう)
リリのように生まれが特殊な者はともかく、蒼の里だって女性に課せられたこの世の役割は変わらないだろうに。
(僕が知らないだけで、風波の女性にも、乗せてみれば美しい騎馬姿になれる者や、きちんと聞いてやれば自分の事を主張出来る娘も、いたりするんだろうか)
「シルフィスキスカさん」
またプリムラに背後に立たれて、ビクッとした。この娘、気配を消す技でも習得しているのか?
「よろしかったら私達の所でお茶をいかがですか」
元々の旅行の主催者、ノスリ家グループの八人が芝生で輪になって、思いっきり店開きをしている。
彼女達の旅行は、目的地に行って帰ってだけでなく、こういうのも大切な項目なんだろう。
お茶はありがたいが、いかにもお喋り好きそうな顔がカールした睫毛をパチパチさせながら、手ぐすね引いてこちらを見ている。
う――ん……
見ると、ノスリ家グループだけでなく、他の娘達もお菓子とお喋りの輪を作って、チラチラとこちらを気にしている。
人数の少ない所などくっ付けばいいと思うのだが、まぁ、それをやりたくない対抗意識みたいな物があるんだろうな。
サザは最初の隊列の七人で輪になり、一段下がった端の方で地味に座っている。
七人は物静かで大人しいのに、敷物だけがトンでもなく豪華なのに興味を惹かれた。あれは刺繍なのか? 織り込んであるのか? どちらにしても凄い。見ると、茶器や幼い者の持ち物までがひと味違う。
近くで見てみたい衝動に駆られたが、今あそこに行くのはさすがに空気を悪くする……ふむぅ……
「プリムラ、ひとつ提案があるのだが」
「なんでしょう」
という訳で、今、シルフィスを囲んで新たな輪が作られている。
各グループから一名づつ代表で来てくれと頼んだ。名目は皆の飛ぶ能力の把握だが、単純にシルフィスが楽をする為だ。これなら妙な不公平感を作らず、自然に座って茶にありつける。
ノスリ家グループからはプリムラではなく、落ち着いた感じの年長の娘が来た。周囲によく気を配って、喋れていない子に話し掛けたりしている。なんだ、こんな娘もちゃんといるんだな……身落としていた事にまた反省させられた。
サザの所からは、前列三人娘の一人が来た。目当ての娘が来てくれないのは残念だったが、彼女の装飾品の石やビーズ細工も見事で、じっくり見物する事が出来た。
大きいグループはその二つで、あとは三~五人のグループが四つ。
普段あまり交流が無かったのが、今回の旅行に竜使いの青年も同道すると聞いて、我も我もと手を挙げた新規参加者達。手工芸に興味があるかどうかは、まぁ。
サザのいる手芸ガチ勢は、やはり特殊だった。加工や細工等、物造り家系のコミューンの娘達らしい。
家業なので幼児の頃から鍛えられ、年少者でも大人顔負けの腕を発揮する。
「技術を盗んで来いって親に言われて来ているのよ。いつも固まって、お高くとまって無愛想なのよね」
と言ったのは、鐙(アブミ)が鐙がと騒いでいた娘だが、ガチ勢の一人が輪の中に居る事を思い出して、罰悪く口をつぐんだ。
そういえばこの形式は陰口も聞かなくて済むんだな、画期的だ。今度ヘイムダルに教えてやろう。
あの遅れていた五人は、意外や一つのグループではなかった。っていうか二人はプリムラの所にいる。
我こそは遅れて目立って構って貰おうという面々がかち合って、どんどん遅くなっていたのだ。(プリムラは巻き込まれただけ、それは文句を言いに来たくもなるだろう)
気遣いの出来る娘も存在すれば、彼女達に手を焼かせて帳消しにしてしまう問題児もいる。プリムラのように主張出来る娘ばかりではない。知ってやろうとしなければ知る事も出来ない。
女子とは集団になると何と厄介で複雑になる物か。
分かった事は、それ以外にも幾つかあった。
プリムラじゃないが、彼女達を十束一絡げに見ていてはダメなのだ。
シルフィスはカップに残った茶を一息に飲み干し、輪を解散した。
(だいたいは把握した)
いよいよ湿原に向けて出発という時、サザとプリムラのグループを呼び寄せた。
「前と後ろの役割を交代。プリムラが先導、サザはしんがり」
サザは相変わらず無表情で「はい」と答えるだけだが、プリムラはムッと口端をひき締めた。
ノスリ家グループの娘達はおおむね「やったじゃん!」という反応だったが、一人が、
「先導よりしんがりの方が偉いんでしょ? 教官がそう言っていたわ。プリムラがサザより劣ってるとは思えない!」
と、チャチャを入れた。やはりと言うか、最初に遅れていた娘だ。
「だいたいそのヒト名前も貰っていないじゃない。最初に前の方に居たってだけで、大して上手でもないのに」
上手じゃない? あの乗り姿を見て? 先頭でペースを守ってここまで飛んで来ただけでも大した物なのに、どういう観点からそう言えるのだろう……
シルフィスは、遮らずに続きを聞いてみた。
「私、乗馬教練が同じ組だったけれど、教官に誉められるのを聞いた事がないもの。いっつも真っ先に注意されるのはその子だったし」
(それだけ?)というのが顔に出てしまったシルフィスの前、娘は焦って言い募る。
「皆で早駆けしても一番遅いのよ。馬だって貧弱で薄っぺらでさ」
「パティ、その辺で」
先程の、年長の気配り娘が止めさせた。
「もぉ、ポラン姉さまは、いつもそう言って偉そうにっ」
「パティ」
今度はプリムラが遮った。
「私は是非先導をやってみたいわ。こんなに大勢を率いる機会なんて、そうそう無いもの。それに」
大きめの強い瞳がシルフィスをじっと見上げる。
「続きがあるのでしょう? 早く聞かなくては。馬装の遅い子もいるから」
「ああ」
本当にはっきり言うなと、シルフィスは先を続ける。
「君と君、プリムラの真後ろ」
ノスリ家グループの遅れていた二人、パティとまつ毛パチパチのペギーを指名する。
「その後ろに、グループ関係なく幼い者を年下順に並ばせて。両側を年長者が囲む。三頭ないし四頭並馬、配置は君らに任せる」
「あ、はい」
ノスリ家グループの他の五人は少しポカンとしてから返事をした。
悪ふざけばかりする問題児二人は、後ろから幼い目に見つめられてはキチンとせざるを得ない。
そして皆で年少者を守るというハッキリした目的を立てれば、グループのしがらみで隊列がバラける事もなくなるだろう。
何より、自分達にはそういう仕切りが出来ると信じてくれている。
次にシルフィスは最初の前列三人娘に声を掛けた。
「君らはサザの前。後ろから隊列に蓋をして、乱れないよう声を掛けて誘導してやってくれ」
また役割を与えて貰って、三人は明るい顔で頷いた。
では馬装、順次整列、と解散したあと、三人娘の一人が目立たぬよう残って、そっと寄って来た。
「サザが名前を貰っていないのは、あそこの家長が厳しいからです」
「ああ、うん、そうなんだ。大丈夫だよ、全然気にしていなかった」
「私達が無愛想に見えるのは、家の職業柄、誰かと特別に仲良くなったりいがみ合ったりしてはいけないからです」
「?? そうなの?」
「物造りは、誰にでも平等に最高の物を造れなきゃならない。お父さんも家族の者もそうだから、自然とそうなっちゃっているんです」
「ほお」
そんな意識があるんだな。聞いてみないと分からない物だ。
「サザの所は特に厳しいんです。今日旅行に出して貰えたのも、私達びっくりしましたもの」
「へえ、何を作っている家?」
娘はちょっと躊躇してから、きちんと聞いてくれたこの男性に、誠意を示す意味で答えた。
「草の馬を編む家系です」
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