何が彼女を諭したか

文字数 2,453文字

 
   

 残ったシルフィスとプリムラ。

「……持ち上げ直そうか?」
「だからいいです!」
「では家まで送ろう。ご両親に会って説明をせねばならない」
 シルフィスは先に立って歩き始めた。

「いえ、本当にいいです。一瞬耳がキィンとなっただけだし。今は平気だし」
 プリムラは慌てて小走りに着いて行く。
「う、うちの両親、過保護だし」

「だろうな」
「昨日はごめんなさい、両親が失礼な真似をして」
「いや、君の名前を安易に口にした僕に非がある。配慮が足りずに申し訳なかった」
「そ、それはいいです。噂話に乗ったり乗せたりなんて皆普通にやっている事だし」
「そう言って貰えると助かる」
「だから……」

 事が大きくなってしまったのに焦りを感じるプリムラは、ここで収めてしまいたかった。なのに竜使いは彼女の意思に反して、居住区へ通じる路地を大股でズンズンと進んで行く。

「どっちだ、君の家は」
「あの、うちの両親に報せると、本当にあの人達、大袈裟にしてしまうので」
「だから尚更行かねばならない」
「でも……」
「今報せなくても直(じき)伝わる。君が執務室で危ない目に遭った事実は変わらないのだから。そして夜には、蒼の長殿が両親に謝罪に向かう事になる」

 娘は目を見開いて唾を呑み込んだ。

「あの方はけして言い訳をなさらない。責任は常に能力の大きい者にあるというご姿勢だ。身内であるリリには殊更厳しい。そして誰も……ホルズ殿もユゥジーン先輩も、長殿の下す処分に口出し出来ない」
「……」
「だから今、身内でも里の者でもない僕が、ご両親の元へ赴き、『空気の読めない部外者の所業』をやっておくのだ。それには君の証言が必要だ」

 プリムラは顔を強張らせて立ち止まった。
「結局リリさんなのね。ユゥジーンも貴方も、リリ、リリって。そんなにあの子が大事なの!?」 

「大事?」
 シルフィスも立ち止まった。
「大事と言えば大事だな。リリは僕と同じだから」

「はあ?」
 娘は眉根を寄せて疑り深い顔になる。

 シルフィスは彼女に向き直って、ゆっくりと口を開いた。
「術力の暴発。風波にいた頃の僕はしょっちゅう起こしていた。妹を失ってから、それはもう頻繁に。自分でもどうしようもなかった。周りを巻き込むので集落に住めなくなって」

「え、え、そうなの……?」

「近くの岩山に獣のように引きこもっていた。結構険しい場所なのに、ヘイムダルは度々訪ねて来た。他愛ない話をして帰るだけだったが、彼が去った後は心に灯がともっていた」

「…………」

「僕がヒト並みに暮らせるようになったのはヘイムダルの存在なくしてはあり得ない。心より感謝している。ある時それに報いたいと伝えたら、『この世でお前みたいな者に出会ったら、今度はお前が助けになってやれ』と言われた。そういう事だ、プリムラ」

「え、あ、はい」

「リリを助けるのは大恩ある親友との約束だし、僕の生き方だ。理解してくれるか」

「わ、かり……ました」

「ではそういう事なので有り体な証言を頼む」

「……はい」

「それから今の話は、風波でも蒼の里でも誰にも話していない。出来れば君の胸の中だけに仕舞い、噂に乗ったり乗せたりさせないで欲しい。頼めるか?」

「は、はい! 絶対に誰にも言いません!」



 ***



 夜、長が帰って来る前に、プリムラの両親が執務室のホルズを訪れた。

「娘は静かにしておれない性分でして」
 言い訳から始まったが、驚くべき事に、プリムラが『やらかした側』という認識でいるようだ。
 こういった事の直後の女の子って、「私悪くないもん!」と意地を張るのが常なのに、一体何が彼女を殊勝にさせたのか。

 しかし何せ執務室は、まだ窓枠も無い惨状で、最低限に整えた机周りで、ホルズが辛うじて本日の業務をこなしている。正直、被害者ムーブに対応している余裕なんか無かったので、助かった。

 多分一番の被害者と言っていい見習いの少年が、お茶で滲んだ書類の修復をしながら、「ホルズさんでさえ大机周りでは絶対に飲み食いしないのに」と聞こえる声でボヤいて、ホルズに目でたしなめられた。

 外のデッキでは、シルフィスが黙々と大工仕事をしている。先程まで手伝っていた白髪混じりの古参のメンバーは、「久し振りだな」と苦笑いしていた。

「リリは昔は結構暴発していたのか?」
「ああ、ユゥジーンがいなければもっと大変だったろう」
「そうか」
「しかし彼女が依頼の手紙の本心を判別出来るようになって、我々はややこしい駆け引きに煩わされる手間が無くなり、格段に負担が減った。居て貰わねば困る事は確かなんだ」
 男性は肩をすくめて、竜使いの若者にウインクした。
「ところで何をやった? ちょっかいを出した側が即座に非を認めて謝って来るなど前代未聞だぞ。大した根回しだ、この色男」
「僕は、何も……」

 男性は今度は執務室の建物に目をやる。
「この里でここだけが何で頑丈な石造りなのか知っているか? 代々暴発する奴がいるからだよ」
「そうなのか」
「でもな、代々必ずフォローの上手な者が現れるんだ。カワセミ殿の世代はノスリ殿が、っていう風に。上手い事生まれて来る物さ」

「生まれた時から決まっているのか?」
「あ、いや、言い方が変だったか」
 年配のメンバーは、若いシルフィスに、考えながら丁寧に答えてくれた。
「生きて行く内に、自分で見付けるんだ。『持って生まれた役割』って奴を」

「見付ける……のか」
「今見付かった、って気付くのではなく、いつの間にか自然に収まっている物なんだと。ユゥジーンなどリリが生まれる前から執務室で働いていたが、当初は、何であんな術力の低い奴を入れた? なんて言われていた」

「まぁ大体はノスリ殿からの受け売りだ」と言って、彼はそこそこで切り上げて、家族の待つ家へ帰って行った。

 残ったシルフィスは、窓枠を取り付けながら、その事を考えていた。
 今、ユゥジーンは長殿の自宅でリリの傍らに付いている。
 それがあのヒトの役割だろう。もしかしたらずっと一生。

(僕もいつか、その役割を見出だせるヒトに、巡り逢えたりするのだろうか)





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登場人物紹介

シルフィスキスカ:♂ 風波(かざな)の妖精。 海竜使いの家系。

遠い北方より蒼の里へ、術の勉強に来ている。ユゥジーンちに居候。


リリ:♀ 蒼の妖精。 蒼の里の長娘。

術の力はイマイチで発展途上。ユゥジーンとは幼馴染。


ユゥジーン:♂ 蒼の妖精。執務室で働く。

過去にリリにプロポーズした事があるが、本気にされていない。

ホルズ:♂ 蒼の妖精。執務室の統括者。

頑張る中間管理職。若者に寛容だが、身内には厳しい。

ピルカ:♀ 蒼の妖精 ホルズさんちの末っ子

女の子達のリーダー格。

サザ:♀ 蒼の妖精  物造りコミューンの娘。

用心深く無口。乗馬姿が美しい。


プリムラ:♀ 蒼の妖精 ピルカと同い年

気が強く、相手を言い負かすまであきらめない。

ポラン:♀ 蒼の妖精  ピルカ、プリムラとは従姉妹どうし。

気遣い上手。皆のお姉さん的存在。

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