扱いがぞんざいじゃないですか
文字数 1,581文字
坂下の山茶花林を分け入ると、ノスリ前長のパォは、思ったより小さくて質素だった。
外から呼んだが返事がない。
「留守?」
でもあの方、歳いってるからな……
少年は戸口を細く開いて、薄暗い中を覗いた。目が慣れなくてよく見えない。
顔を差し入れた所で、スゥッと額を何かが撫でた。
「えっ?」
手で探ったが、頭の上には何もない。
次の瞬間、
水に流されるように室内に押し入れられた。
と、と、と、と部屋の中央に連れて行かれる。驚いたけれど、不思議に恐くない。
足元がフワフワして身体が揺れる。
揺れるけど倒れる気がしない。柔らかい沢山の手に翻弄されているって感じ……何だ、これ……?
「何をしている」
背後からの野太い声に、少年は飛び上がった。
逆光の入り口に、この家の住人、身体の大きなノスリが、背を屈めてこちらを見ている。
「ああ、見習いの。どうした、お使いか?」
「あ、あの、手紙を」
少年は緊張しながら、畳まれた小さな手紙を差し出した。さっきの変な感触はもう残っていない。
ノスリは天井から下がる紐を引いて明かり取りの窓を開きながら、それを受けとった。
(ひ……!)
明かりが入ると、斑に見えていたマントの模様が赤黒い血飛沫だと分かった。
「こいつはいつ来た物だ?」
手紙を見てすぐ前長は、太い声で聞いてきた。
「朝、出勤した直後です。リリさんはこれを見てすぐに出ました。ぼ、僕はユゥジーンさんに見せに行って、そしたらシルフィスさんが、ノスリ様にも見せに行った方がいいって」
「シルフィスか、彼は手紙の中身を見たのか?」
「いえ、でも何かは起こってるんだろって、竜に乗って、柵の無い方の結界の点検に行きました」
「本当か、後で俺が行こうと思っていたんだ。頭の回る奴だな、ありがたい」
「…………」
「ではご苦労さん。お前は執務室に戻って通常業務に着いてくれ」
「・・?」
少年は拍子抜けした。
説明して貰える流れだと思っていたからだ。
「あの、何か事件が起こっているんですよね? えっと……執務室メンバーの誰かしらに尋ねられたら、答えなきゃならないし」
「知らない事は答えられないだろう。『知らされていません』でいい。心配せずとも、お前に根掘り葉掘り聞いて来るような者はいない」
ノスリは突き放すように言って、マントを衣文掛けに掛けて背中を向けた。
「もっ、もしかして、僕だけ? 知らされていないの、僕だけっ!?」
少年の声が大きくなった。
いつもはこんなに喉を張る子ではない。女の子みたいな声を気にしているから。
ノスリは肩で大きく息を吐き、身体を屈めて、少年に目線を合わせた。
「お前だけではない。里人の概ねの者は知らされていない。メンバーは『何か起こっても自分達には知らされない』という事を心得ている。長殿の決め事だ。問い質してホルズを困らせたりせぬようにな」
「……何で……」
「さ、もう行きなさい」
前長は立ち上がって片手でパォの入り口を開いた。
本当に何も教えて貰えないで出て行かされてしまう。
シルフィスさんみたいに割り切りが良かったら、教えられなくても気にならないんだろう。
でも僕は、言って貰わなきゃ分からない!
少年の胸で、昨日からのくすぶりが火を上げた。
「だ、だったら、何で引き入れたんです!」
「何だ? 何の話だ?」
「この家に引っぱり入れたじゃないですか。留守だから帰ろうと思ったのに」
「引っぱった? 誰が?」
「知りません、術か何かでしょ。入り口から覗いただけで、見えない何かにグイッて引っ張られて。だったら特別な何かがあると思っちゃうじゃないですか。何の説明もなしに放り出すぐらいなら、最初から引き入れなきゃいいのに!」
支離滅裂な主張だと分かっているが、言葉が止まらない。
「僕、普段から真面目に一所懸命働いていますよねっ!? ちょっと扱いがぞんざいじゃないですかっ?」
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