危険がいっぱい女子会旅行
文字数 1,817文字
そんな状況に、ひょんな場所から一石が投じられる。
平日午後の、事務方以外が出払った執務室。大机をダンと叩いてねじ込む娘がいた。
「中止って何よ、中止って! もう明日だっていうのに!」
ウサギみたいに結んだ髪をピョンピョン揺らす、ホルズの末娘ピルカ。
「仕方がないだろう。ギリギリまで様子を見たが、湿原の危険な状況は変わらないんだ」
机を挟んで腕組みする父親のホルズ。
「みんな楽しみにしているのよ! 夜なべして作品を作って。あの問題児のパティも、普段は刺繍をやらないペギーまでもよ」
「飛ぶのが上手な者ばかりじゃないだろ。そのパティやペギーなんか、そよ風程度の低空飛行しか出来ないじゃないか」
「~~!!」
ピルカはサクランボみたいな唇を噛みしめた。
蒼の一族の者は、外に出掛ける時は基本、飛行術をかけた『草の馬』を使う。
乗馬の得手不得手の開きはかなりあり、若い娘は総じてあまり高く飛べない。
ピルカの手芸グループの娘達は、毎年、『エンジュ森』の部族の女性達と、技術交換会を開いている。
まぁ技術云々は口実で、女の子達にしたら年に一回集まって、久し振りの友達とワイワイお喋りしながらのお泊まり会が目的だ。
日頃の仕事から解放されて皆で旅行出来る機会なんか滅多にない。中止になったら確かにガッカリだ。
山脈を挟んで向こう側にあるエンジュ森に彼女達が行くには、一ヶ所だけある窪地を通るしかないのだが、そこが湿原になっている。
真ん中に大きな一本木がある他は大小の湖沼が広がる、普段は絵のように美しい土地だ。
その湿原に、今年はムカシトンボが異常発生している。
数が多いだけでなく、一個一個の個体が大きい。
馬の倍もある巨大虫がワサワサと飛び交い、攻撃的にもなっている。
前は大丈夫だった速度でも平気で追い付いて来るので、蒼の妖精でも、かなり速く飛べる者でなければ近寄れない。
「トンボなんか退治しちゃえばいいのに」
「お前誰の娘だ? そんな訳に行かないのは分かっているだろ」
虫だの小動物だのが異常な発生の仕方をするのは、何かしらの契機だ。
この世は複雑な将棋倒しが絡まり合って出来ている。
その将棋倒しの途中を崩してしまったらどうなるか、誰にも分からない。蒼の長でも。
世の大きな流れの中では、どんな者だって小さい存在のひとつでしかない。
勿論観察は怠らず、目に余る被害が出るようならば執務室も動く。
しかしそうでない限り、手出しはしない物なのだ。
まだ不満そうにブツブツ言っているピルカの後ろでは、リリが透明な壁があるように丸机で仕事に集中している。
解決策はあるのだ。
術の使える執務室メンバーが護衛に付いてやればいい。
娘達は十人もいないし、風でも電撃でも、トンボを撃退出来る者が一人いれば十分だ。
目的地はそう遠くないので、往復の湿原上だけ護衛して、戻って来て別の任務をこなす事も可能。
大きな負担にはならない。
ネックになっているのは、『必ず行かねばならない用事でもない』事と、『旅行に行くグループがノスリ家の親戚筋』という事。
ホルズの母(ノスリの妻)が始めた行事だから当然なのだが、いわゆる身内贔屓になってしまう。
ましてや娘に頼まれてメンバーをほいほい出すなんて、けじめに厳しいホルズがやる訳がない。
(馬鹿ね、ピルカじゃなくて、もっと保護意欲を駆り立てるような可愛げのある娘を交渉に寄越せばいいのに)
思いながらもリリは仕事の手を休めない。
(そういう画策を敢えてやらずに、自分で矢面に立ちに来る所が、ピルカの良い所ではあるのだけれど……)
事務方のリリなら護衛の為の時間くらいは作れる。
が、「あたしが行きましょうか」とは決して言わない。
命に関わるような緊急事態でもない限り、あの娘達に関わり合うのはゴメンだ。
ホルズも分かっているから、リリには振らない。
ノスリ家の娘達が普段からチャキチャキと元気なのは宜しい事だが、そういうのって、女性の嫌な面とも背中合わせなのだ。
少し前にいた西風のレンとカノン、そしてシルフィスにユゥジーン。
若い娘が刮目して騒ぐ好男子どもが、悉(ことごと)くリリと親しい。
リリにとっては知ったこっちゃないのだが、女の子の集団って奴は『異性の中で上手くやっている同性』を嫌う習性がある。
だから尚更、「リリはうちの身内に嫌われているから、お前が行ってくれ」なんて、忙しいメンバーにはとても言えない。
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