実はあざとい竜使い

文字数 1,994文字

   
 ピルカは諦めきれずにまだ粘る。
「トンボのいなくなる時期にずらせば・・」
「先方が冬準備で忙しくなるだろ」
「じゃ、じゃあ、△△△」
「それは、□□□」
「○○○」
「×××」

 同じ話がグルグル回りだし、聞き流すつもりのリリでも次第にイライラして来た。
 ホルズは相変わらず我慢強い……

「わ、私達、里の為に貢献したわよね! 都合のイイ時だけ猫なで声で頼んで来る癖に!」

 あ、それを言っちゃ……
 さすがにリリは顔を上げて口を挟もうとした。
 が、その前に、ホルズの伸ばした両手が娘の頬を左右からギュムッと挟んだ。

「ピルカ、執務室が頼んだ理由は何だった? そういう言葉は口から出す前に一拍置いて考えろ。折角素晴らしい貢献をしてくれたお前の価値を下げてしまうぞ」

 ピルカの言っているのは、風波(かざな)から友好を結ぶ使節団が来た時、執務室が里の娘達に、食事会の給仕を頼んだ事だ。来たのは独身男性ばかりで、中身は集団お見合いだった。
 執務室にしたら、友好使節その物を断ってしまっては角が立つ。一応丁重にもてなして、縁談はたまたま相性の合う同士がいなかった程度で流そうと、娘達には事情を話して協力を要請していた。

 ピルカは他の娘達を先導し、場を仕切って見事に盛り上げてくれた。縁談の成立までは行かなかったが遠距離交際に至ったカップルもあり、使節団は大層満足して帰って行った。
 彼女でなければ成し遂げられなかった事だ。が、今それをかさに取っている。

「何よ何よ何よ! あんなうすら寒いお見合いパーティー、本当は誰も行きたくなかったのよ!」


 ここでリリがハッと顔を上げた。
 入り口に気配がしたからだ。

 御簾が細く開いて、隙間から緑の虹彩の瞳がぎょろんと覗く。
 その使節団がきっかけで蒼の里に学びに来る事になった、風波のシルフィス……

「あ、あのな、シルフィ……」
 ホルズが顔をひきつらせて立ち上がり、ピルカは空よりも青くなった。

 深海色の髪の青年は静かに執務室に踏み入り、リリの横を通り過ぎて、大机の前で硬直しているウサギ娘の正面に立った。

「それは、すまなかったな」

「い、いぇ、今のは・・」

「あの日は屋外での食事会であったから」

「は・・?」

「我らは北方の民ゆえ暖かな春の陽射しに浮かれていたが、この地の者にはうすら寒い気候であったか。そのような中を長時間の給仕、か細い女性にはさぞかし辛かったであろう。配慮が足りず申し訳なかった」

「・・・・」
 海の底みたいな目でジックリ見つめられ、あれだけ喋っていた娘が口を縫い付けられたように無音となった。

 シルフィスは今度は大机の向こうで口端をヒクヒクさせているホルズに向いた。
「外で小耳に挟んだが、何処かへ出掛ける為の護衛を要しているのか?」


 ホルズの手がポンと打たれ、シルフィス個人が『交流会のお礼に』護衛を引き受ける運びとなった。
 収まりがいい、双方万々歳な上に適任だ。竜を連れていればトンボなんて微塵も寄って来なかろう。

 ピルカは上の空な感じで礼を言い、カクカクした足取りで玄関デッキを降りて行った。

「微妙な表情だった。出過ぎた事だったか? ホルズ殿」

「いや」
 執務室統括者は、去り行く娘を窓から眺めている。
「曲がり角でいきなり我に返って、尻に火が着いたみたいに走って行った。行った先が早朝の鶏小屋みたいになるだろう。近所迷惑もいい所だ」

「そうなのか? よく分からないが、役に立てたのならば喜ばしい事だ」
 そう言ってシルフィスは、地図を開いて明日の地形の確認を始めた。


 リリは黙々と仕事を続けていたが、ホルズが所用で出て行った隙に、顔を上げずにボソッと言った。

「しらじらしいったら」

「他にどう言えというのだ」

「そうね、ホントあんたって、あざと賢い」
「誉めてくれているのか?」
「ええそうよ。ホルズさんまで欺けるって相当よ。あれで納得して貰えるなんて羨ましくさえ思うわ」

 この二人が出会ったのは、お互いお見合いパーティーに嫌気がさしてバックレた先でだ。
 シルフィスは当然、処々の思惑ぐらいは察していた。

「いいだろ、ちょっと抜けていると思わせていた方が 波風立てなくて。ユゥジーン先輩なんて寝食ともにするのに、堅苦しくさせては申し訳なかろう」

 ただそれで惚けて見せて、ユゥジーンを余計に苛付かせているのだが? とリリは思う。
 どうも彼の気遣いには、妙な捻じれがある。指摘はしない。言っても捻じれを直そうとせず、更に半回転させて余計に捻じくれさせてしまう気がするからだ。

「ま、明日はせいぜい気を付けてそのまま天然キャラを演じていなさいな。蒼の里の女の子は手強いわよ」

「肝に命ずる」
 
 まぁ、護衛だけだし、大して心配する事もないだろう。
 彼がここに滞在する目的は、あくまで蒼の長に術の手解きを受ける為。
 執務室を手伝うのはその恩に報いたいだけなのだ。
 余計な交流は求めていない。



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登場人物紹介

シルフィスキスカ:♂ 風波(かざな)の妖精。 海竜使いの家系。

遠い北方より蒼の里へ、術の勉強に来ている。ユゥジーンちに居候。


リリ:♀ 蒼の妖精。 蒼の里の長娘。

術の力はイマイチで発展途上。ユゥジーンとは幼馴染。


ユゥジーン:♂ 蒼の妖精。執務室で働く。

過去にリリにプロポーズした事があるが、本気にされていない。

ホルズ:♂ 蒼の妖精。執務室の統括者。

頑張る中間管理職。若者に寛容だが、身内には厳しい。

ピルカ:♀ 蒼の妖精 ホルズさんちの末っ子

女の子達のリーダー格。

サザ:♀ 蒼の妖精  物造りコミューンの娘。

用心深く無口。乗馬姿が美しい。


プリムラ:♀ 蒼の妖精 ピルカと同い年

気が強く、相手を言い負かすまであきらめない。

ポラン:♀ 蒼の妖精  ピルカ、プリムラとは従姉妹どうし。

気遣い上手。皆のお姉さん的存在。

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