ボロボロな竜使い・Ⅰ

文字数 1,951文字

   

「あんた、ホンっとに、何をやらかしてんのよ!」

 深夜の放牧地。
 月明かりの下、草に座り込むシルフィスに、土手を歩いて来たリリが抑えた声で怒鳴った。

「……そうだな、何をやっているんだろうな……」

 立派な衣装を泥だらけのズタボロにして背中を丸める竜使いに、リリも一瞬息を呑んだ。

「草の馬を侮辱したんですって? よりによって馬産師の頭領の家の前で。おまけに女の子に乱暴を働いたって」
「…………」

「言い訳しなさいよ」
「そのまんまだ。弁解の余地もない」

「あのね、あんた、自分が誰にも好かれていないとでも思っているの?」
「…………」

「分かったわよ」
 リリは踵を返して背中を向けた。
「現場に行くわ。ついさっきの事なら、『地の記憶』を読むのもそう難しくないでしょ」

 シルフィスはいささか動揺した。
「やめろ、今、家の者達は殺気だっている」

「真実をつまびらかにして、父様に報告する為って言っとけば、好きにやらせてくれるわよ」 

 竜使いは立って、歩きかけたリリの手首を掴んだ。
「すまない、言う。リリには何もごまかせない」

 月に照らされた端正な顔は、叱られて泣き出しそうな子供みたいに歪んでいた。


   ***


 宴最中の、頭領のパォ。

 多少酔った足取りで、一人の男性が外に出て来た。
 小柄で丸いシルエットは頭領の義弟で、頬をパタパタと扇いでいる。

「叔父上殿」

 声に振り向くと、宴の主役の竜使いが、後を追うように戸口から出て来た。

「ああ、失礼を。どうも私は酒に弱くて」

「お教え頂きたい事があるのだ。草の馬について」
「お答え出来る範囲でならなんなりと」

「主を失くした草の馬はどうなる?」
「?? 主に先立たれるという事でしょうか? 通常は枯れてしまいますが、たまに生き延びる子もいます。法則は不明です」
「死別ではなく、主が草の馬を手放す場合だ」
「!! そんな事は起こり得ません」

「起こった場合だ。特に馬に支障がないのなら、それでいい」
「だから起こり得ませんって! ……何を考えているのです?」

「サザは馬と別れさせる」

 男性は表情をいっぺんに変えた。

「は!? はああ!!? じ、冗談でしょう!?」

「風波は女性に乗馬させる習慣が無い。連れて行っても馬房も貰えないだろう」

「いや、なにっ!? そんな事、貴方が何とかすべきだろう!」

 さすが馬産家の一員だ。柔和そうなこの男性も、コト馬の話になると、声に力がこもる。
 シルフィスは更に畳み掛けた。

「僕は妻にサザが欲しいだけで、馬はいらない」

「蒼の妖精は草の馬と共にあるんだ!!」

 男性の声が大きくなり、パォの中から数人の親族が出て来た。
 サザも不安そうに顔を出す。

 シルフィスは男性に寄って、彼にだけ聞こえる小声で囁いた。
「貴方はサザの花婿候補だったと聞いた。サザの馬は貴方が最初に作った未熟な作品だとも。何でそんな馬に自分の妻を乗せていなければならぬ」

 サザの馬の制作者情報は、パティペギー経由だ。

 男性は、自分達の範疇に無い理屈に、呆気に取られている。
「え……いや……でも、聞いてくれ、編み家の決め事なんだ。若い者の作った出来の良くない馬は、身内に宛(あて)がうと」

「その未熟な馬に乗っている時の、あの子は誰よりも一番美しい。そして幸せそうに笑う。何でだろうな。ここへ来てハッキリと確信した。夫になる僕に、そんな姿をずっと見て暮らせと?」

「え、ぃ、あ、……」

「とにかくサザをあんな馬に乗せている訳には行かない。アレは置いて行かせる!」

 この最後の一文は大声で、他の親族達の耳にも入った。
 入り口の男性達が色めき立ち、一人が中に大声で知らせている。
 室内の空気が一斉に変わるのが分かった。

 サザが走って来てシルフィスの前に割り込んだ。
 何を置いてもとにかく黙って貰おうと思ったんだろう。

 その腕を掴んで、シルフィスはブンと放り投げる。

「そんなに大切なら責任持って後生大事に囲っていろ!」


 ***


 放牧地。
 溜め息を吐くリリ。

「山羊髭の叔父に向かって投げたんだ」
「……」

「彼がサザを抱き止めたら、『あばよ』と言って素早く去るつもりだった」
「……」

「まさか頭領殿が座卓を振り上げて迫っていて、叔父が咄嗟にそちらを止めに行くなんて、予想していなかったんだ」

 リリはもう一度大きな溜め息を吐いた。

 受け止める者が居ない場所に投げられた娘は、空中を結構飛んだのち地面に落ちて、四回転した。
 その様を見て、親族一同火が付いた。そりゃそうだ。
 竜使いはほうほうの体で追い立てられ、ボロボロにされて今に至る。

「思ったより筋肉質で踏ん張る力が強かったから、抱き止めさせる為にちょっと強めに投げたんだ。ちょっとのつもりだったんだが……」

 リリの三回目の溜め息と同時に、草を踏む音がして、誰かが近付いて来た。







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登場人物紹介

シルフィスキスカ:♂ 風波(かざな)の妖精。 海竜使いの家系。

遠い北方より蒼の里へ、術の勉強に来ている。ユゥジーンちに居候。


リリ:♀ 蒼の妖精。 蒼の里の長娘。

術の力はイマイチで発展途上。ユゥジーンとは幼馴染。


ユゥジーン:♂ 蒼の妖精。執務室で働く。

過去にリリにプロポーズした事があるが、本気にされていない。

ホルズ:♂ 蒼の妖精。執務室の統括者。

頑張る中間管理職。若者に寛容だが、身内には厳しい。

ピルカ:♀ 蒼の妖精 ホルズさんちの末っ子

女の子達のリーダー格。

サザ:♀ 蒼の妖精  物造りコミューンの娘。

用心深く無口。乗馬姿が美しい。


プリムラ:♀ 蒼の妖精 ピルカと同い年

気が強く、相手を言い負かすまであきらめない。

ポラン:♀ 蒼の妖精  ピルカ、プリムラとは従姉妹どうし。

気遣い上手。皆のお姉さん的存在。

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