掘った穴
文字数 2,157文字
あの日の厩舎の端っこで、ピルカからシルフィスに持ち掛けられた取引きは、『父ホルズを多少騙し討ってでも、今晩ヘイムダルと会う約束を取り付けて貰う』事だった。
それはまんまと成功した。
その見返りとして彼女は、シルフィスの目的の彼女・・サザとの取り持ちを提案した。
ただ一つハッキリさせておきたいと前置きして、ピルカは、「どうしたいですか?」と聞いて来た。
「どうしたいって……」
「彼女は、蒼の里の大切な家系の娘です。他の子みたいに無責任に焚き付ける訳には行かない。お手伝いはしたいのですが、慎重にせねばなりません。望みによってはハードルが凄く高いと思います。
ハッキリさせておきましょう。シルフィスキスカさんは、彼女との先行きを、どのように考えていらっしゃいますか?」
さすが娘達のトップに立つピルカ、言う事がふた味違う。
「先行き……」
「妻にしたいとか、風波に連れて帰りたいとか」
「…………」
「考えていらっしゃらないんですか」
予想をしていたように、ピルカは溜め息を吐いた。
「それ以前の問題なのだ」
「は?」
「僕はまだ、サザという娘をほとんど知らない。知らないから、具体的にどうしたいのか何も浮かばない。そもそも彼女が僕をどう思っているのかも分からない。おそらく頭の端にも無いか、何だったら嫌われているだろう」
「…………」
「そんな現状で何を思い描いたらいいのだ」
ピルカは、え――――と・・という顔で棒立ちになった。
実はヘイムダルから、「シルフィスが女性関係で何か困っていたら、助けになってやってくれ」と言われている。
大の大人が? と思ったが、彼が心配している理由が分かった気がする。
よく考えたら、後先考えず長娘をかっ攫うような大人だった。
「欲望は無いんですか? 彼女とこうなりたいとか」
「ああ――……」
竜使いは真面目な顔で考え込んだ。
「普通に……話せるようになりたい」
ピルカはグラリと揺れそうになるのを、頑張って堪えた。
あの子供っぽい執務室見習いの男の子だって多分恥ずかしくて言えないであろう初心な台詞。
深海色の髪と瞳の、外見だけは貴公子然とした男性は、一カケラの照らいも混じっていない真剣な面持ちで、そんな台詞を吐いている。
おそらく単独で彼女に引き合わせても、絶対に墓穴を掘る……このヒトなら……
ピルカは頑張って案を捻り出した。
では複数人数でお茶会をしましょう。サザとその友人を誘って。
私も信頼出来る子達に頼んでフォローに入るわ。複数のお喋りなら失言をしてもカバー出来る。
家の厳しいサザは来られないかもしれないけれど、だったら外堀を埋める作戦に切り替えて。
友人に好印象を持って貰えば、サザの情報も得られるし、一歩前に進めるでしょう?
そんな経緯で、クレマチスの下のお茶会は開かれたのだった。
――彼の掘った穴は、ピルカ達の小さいシャベルで埋められるような代物ではなかった――
***
「あんたまた何をやらかしてんのよ」
仕事から帰還したシルフィスは、執務室に入った途端、リリに睨まれた。
「何かやったか?」
「『風波の竜使いに浮いた話が上がらないのは、男性にしか興味を持っていないからだ』って広まってんのよ」
「…………」
「『貴公子二人に挟まったピルカ』とか、うちの娘が面白おかしく吹聴されてんだ、何とかしろ!」とホルズに言われ、
「同居している俺の風評被害も考えてくれ!」とユゥジーンに怒鳴られ、
シルフィスは仕方なく、ピルカの所へ出向く。
「私達じゃないですよ。井戸の横でお喋りしていたご婦人方が、植え込みの陰で耳をすませていたようで」
ピルカも憤慨した顔で家から出て来た。
「そもそも貴方の喋った言葉が原因じゃないですか。まぁ不用心だった私にも非はありますが」
「何とかならないだろうか……」
自分一人ならどう思われようと構わないが、ユゥジーンやヘイムダルの名誉が傷付くのは困る。
そう告げると、ピルカも顎に手を当てて考えてくれた。
「貴方が普通に女の子と付き合って見せれば、くだらない噂なんてすぐに消えるでしょうけれど……」
「なるほど」
「そう簡単には行かないですよ」
そう、この一見簡単そうな偽装交際が意外と難しいと、ピルカは言う。
「だって『フェイク』でしょう? 学生時代ならともかく、嫁入りを考えるような年齢の子は無理です。本人が承諾しても、家族が黙っていないもの」
シルフィスは、圧しの強いプリムラの両親を思い出して納得した。
「お茶会で協力してくれた二人はどうだ」
「ポランなんか縁談が引く手あまたなのよ。あんなに素敵なヒトいないもの。それこそ私だって男だったら彼女をお嫁さんにしたいわ」
そんなにか。
「……では、一つ提案なのだが」
竜使いが、多分今思い付いた事を切り出そうとした。
「……何ですか」
限りなく嫌な予感がしたが、ピルカはとりあえず聞いてみた。
「僕がピルカに横恋慕して、ヘイムダルに喧嘩を吹っ掛けるなんて筋書きはどうだろう」
「何考えてんですかっ!?」
「駄目か?」
「駄目に決まってるでしょうっ!」
「蒼の里の上空で二頭の竜を闘わせるなんて、派手でいい喧伝になると思ったのだが」
「…………」
それはちょっと見てみたいなと、かなり心動いたピルカだったが、気をしっかり持ってキッチリ却下した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)