暴竜の駆け抜けた跡
文字数 1,461文字
腰の抜けた少年を支えるシルフィスの横を、ユゥジーンが走り抜けた。
階段を無視してデッキに飛び上がり、板間を二歩で横切って御簾の千切れた入り口へ駆け込む。
シルフィスも少年を座らせてから慌てて後に続いた。
(うわ)
室内は暴竜が駆け抜けた後のように足の踏み場もない。紙類が舞い、家財が倒れ、陶器が砕けて散乱している。
吹き飛んだ窓から入る光がホコリに筋を描き、まだ小さな放電がチカチカと瞬いている中、隅の丸机のリリにユゥジーンが近寄る所だ。
リリは仕事道具を抱えた形で背を丸め、表情は見えないが小刻みに震えている。
(よかった、自力で立ててはいる……)
シルフィスはそちらから目を切って、室内を見回す。
もう一つ気配がある。大机の向こう?
ユゥジーンの手がリリの肩に掛かった途端、バシリと放電が起こって室内を照らした。
「おぉう、久し振りだな」
手を離さずに、そのまま反対側の手もぐるりと回し、静電気で跳ね上がった頭を抱き抱える。
リリは抵抗しない。
パチパチと火花が散るが、段々に鎮まり、光っていた髪もしなだれた。
放電がすっかり収まると、肺に溜まっていた息をひゅぅぅと吐き出す。
「もういいか? 離すぞ」
「……ゴメン」
「久し振りだな、何があった?」
「……ゴメンナサイ……」
「ユゥジーン先輩、原因はおそらくこちらだ」
大机の向こう側からシルフィスが立ち上がった。片手に、倒れていた娘を抱えている。
「怪我しているのか?」
ユゥジーンの手の中でリリがヒクッと揺れた。
「失神しているだけだと思う。鼓膜ぐらいはヤっているかもしれないが」
「診療所に連れて行った方がいいな」
「僕が運ぶ。ユゥジーン先輩はリリの傍に居てやってくれ」
「あ、ああ」
決め付けられて拍子抜けするユゥジーンを尻目に、風波のシルフィスは、娘を肩に担いで出て行った。
外では音に驚いた野次馬が集まっていたが、ヌッと出て来た娘の尻に、全員が圧倒されて後ずさった。
「誰?」
「プリムラだ、ノスリ家の」
「なになに、何があったの?」
遠巻きがザワ付く中、デッキに座っていた見習いの少年が駆け寄った。
「もう入っていいですか」
「ああ、覚悟して入れ」
「そ、そんなにグチャグチャですか……」
「初めての事ではないのか?」
「こんなに大きいのは経験ないです」
「戻ったら僕も手伝う」
歩きかけるシルフィスに、少年はソロリと声を掛ける。
「あの、担ぐのならスカートぐらい直してあげませんか? 丸見えですよ」
途端、背中の娘が跳ね起きた。
「ええっ! 何よそれ酷いっ! 降ろして降ろして!」
素直に降ろした青年を、スカートを押さえながら半泣きの目が睨み上げる。
「ど、ど、どこまで見えていたの!?」
「鼓膜は無事なようだな、良かった」
「良くないわ! ああ、私のお尻……!」
「お前の尻なんか見たって誰も喜ばないよ」
腕組みをする見習いの少年は、そういえばピルカの同級生で、その従妹のプリムラとも旧知、要するに小さい頃からのガキ友だ。
「丸見えだったのは、気絶した振りをしていたお前の魂胆。お姫さま抱っこでもして貰えると思った?」
「~~~~!!」
赤くなって青くなるプリムラ。
「ふむ、ああいうのが希望であったか。では持ち上げ直そう。何だったら竜も呼ぶか?」
「結構よ!!」
野次馬の中で笑いが漏れ、やれやれという感じで解散し始めた。
いくらシルフィスでも、女の子のスカートが捲れたまま担ぎ上げる筈がない、いくらシルフィスでも。
自らの機転に満足した少年は、拳をグッと握りながら執務室に駆け込んで行った。
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