予め教えておいて欲しい
文字数 1,860文字
蒼の里の放牧地。
風を巻いて着地する竜。
大はしゃぎの子供達。
ニコニコ顔のシルフィス。
眉間に縦線を入れたユゥジーン。
「ありがとうございました」
と子供達が可愛く去った後、呑気に手を振る竜使いの肘を、ユゥジーンはガッシと引っ張った。
「いきなり子供を乗せてやりたいなんて、おかしいと思ったんだ」
「何がおかしい、子供らが笑顔になるのは良い事だ」
「そんな子供好きだったかお前、違うだろ。だいいち竜は遊興に使う物ではないとか言ってなかったか?」
「ヒトの考えは不変ではない」
「ほほぉ、では他の里人には内緒と言っておきながら、なぜ居住区に近付いた?」
「……ちょっと手元が狂ったか」
「正確にお目当ての女の子の家の前をかすめておいてか?」
「…………」
「大方、子供を喜ばせているイイ所を見せたかったんだろ。誰が目当てだったか知らんが、そのフニャケた顔を見ると、見上げていた中に居たんだろうな」
「……何を言っているのか分からない、ユゥジーン先輩」
「とぼけるな! 目が泳いでるんだよ、目が! お前が何処の誰に懸想(けそう)をしていようと勝手だが、その代償で、里に、騒ぎを、お・こ・す・な!!」
土手の方からカンテラを持ったサォ教官が走って来たので、ユゥジーンはゼェゼェ言いながら一旦鉾をおさめた。
***
棘の森。
七本牙の猪主が奥に座す、物々しい茨の間。
今、蒼の里よりの使者が正面に立ち、書状を開いて読み上げる所だ。
棘の森には文字が無いので、使者が主の前で書状の蝋印を解いて、直接口で伝える形式になっている。
「…………」
しかし先程から使者は止まっている。
主の傍らに立つ鹿角の従者は、怪訝な顔を上げた。
元より、いつものこなれた成人ではなく、声の幼い小さな者が来た。
急ぎの用事ゆえ仕方なしだと弁明していたが、主殿が軽んじられるようなら捨ておけぬ。
小さな使者は顔を青くして突っ立ったままだ。よく見ると唇や膝が小刻みに震えている。
(・・不穏)
見掛けに油断して簡単に通してしまったが、もっと用心せねばならなかったか。
そも、草の馬に乗っているからとて蒼の里の者だとは限らない。馬ともあまり馴染めていない風だった。
(・・怪しい)
ぐるりを囲む荒事担当の強面達は、踵に力を込めて即時に飛び掛かれる体制をとった。
――グゥ・・
猪主の、七本牙の隙間からうめきが漏れた。爆発直前の兆しだ。
「・・使者殿!」
従者が、巨大な鹿角を揺らして、再度読み上げを促す。
しかし少年は口をパクパクさせるのみだ。
(・・ここまでだな)
従者は強面達に目配せした。
主様を不快にさせぬようまず口を塞ぎ、手足の自由を奪って見えない奥まで引き摺って行き……
場内の空気がピリリとひきつった。
――ホッホッホ――ォ
上空を監視するフクロウの声。
訪問者の合図だ。
猪主も従者達も、一旦鎮まった。
風爽と入って来たのは、見目鮮やかな髪色の、いつもの若者。
かつて知ったる主に一礼をした後、大股で少年の元へ歩み寄る。
「ユゥジーンさぁぁん」
「しゃんとしろ、どうした」
「達筆過ぎて読めませぇん」
後から来た青年が交代して滞りなく読み上げを行い、従者に了の印を受領し、二人の蒼の妖精は茨の間を退出した。
「ひやひやさせるな。荒事になる寸前だったじゃないか」
馬に跨がり上空に上がってから、ユゥジーンは少年に向かって諭した。
「だって……」
「まぁ、留守にしていたのは済まなかった。しかもしようもっない理由でな。だがやはり、執務室に戻って指示を仰ぐのが正解だったぞ」
「……はい」
少年は馬の上で俯いたままだった。
(恥ずかしい……)
手紙は達筆なばかりではなく、知らない言葉だらけ、しかも要点が書き投げられただけの代物だった。
ユゥジーンは、それらを即興で公式な文章に組み上げて、スラスラと口から出していた。
「文字の無い相手への書簡なんて、大体こんな物だよ。急ぎってんなら尚更だ。前回はホルズさんが、お前用にそのまま読める文を書いてくれたんだと思うよ」
「知らなかったです……」
「ひとつずつゆっくり教える予定なんだろ、まぁ焦るな。それに今回の手紙、この文字はノスリ様の物だ。達筆の古語体だから余計にパニックになっちまったんだな」
「…………」
ユゥジーンは優しくフォローしてくれるが、少年は情けなさで一杯だった。
隣で聞いていたのに、さっきの読み上げの内容もさっぱり分からなかった。
(僕、もしかして、執務室で働くには全く能力の足りない者だったの? だから何も教えて貰えない……)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)