ふたつの宴

文字数 2,964文字

 

 エンジュ森の村は、樹齢長けた大木群の懐に広がる、思ったより大規模な集落だった。
 入り口の門から中央広場までは空が抜けているが、他は木々の中に最低限の伐採で住居が建ち、張り出した枝を利用して二階が作られたりしている。
 古い立ち木の洞をそのまま利用したような家屋もある。『森の部族』とはよく言った物だ。

 村の入り口で部族の女性達が出迎えてくれ、旧知のノスリ家の娘達は抱き合って親交を暖めた。
 なる程、見た事もない凝った衣装を着ている。
(あの裾の飾り、羽ばたく鳥の動きが一羽一羽違う、凄い、どこがどう繋がってあんな立体になっている? さっぱり分からない、とにかく凄い)

 これは学びに来る価値があるだろう。『手芸ガチ勢』の職人家の娘達は目を輝かせている。
 技術交換会なんて口実だろうと軽んじて考えていたシルフィスは、また反省した。

 スカートの裾ばかり見ている失礼な男性にも代表の女性はにこやかに挨拶をしてくれ、彼には客用宿舎のベッドを用意していると告げてくれた。青年団の棟とは離れているらしい、ありがたい。

 娘達は、寄り合いに使われる板張りの大広間に、寝具を敷いて宿泊する。娘三十人程度なら余裕で横になれる広さだ。明日はそのままその場所で技術交換会をやるらしい。

(ザコ寝だけれどそれが楽しいんだろうな)
 シルフィスは、子供時代の修練合宿で、寺院の広間でいつまでも寝ないで教官に怒られた事を、懐かしく思い出した。

 三十頭の馬はさすがに厩に入りきらないので、丸馬場に天幕を張って夜露をしのげる場所を作ってくれている。
 若い娘達が木に登って天幕を引っ張っているが、力が足りなさそうなので、シルフィスも手伝おうとした。

「あ、いいです! 客人にそんな!」

 大声で制されて戸惑うシルフィスに、ノスリ家のポランがスッと寄った。
「男性の手を煩わせずに自分達だけで実行出来なければ行事は無くす、って言われているんですよ、ここの子達」

「そうなのか……」

「ホンット、自分の所の女の子達が誉められる事の、何がそんなに気に食わないのかしらね、あいつら」
 パティがまた汚い言葉を吐いて、ポランに窘められた。


 さて、宿舎で武装を解いて、身軽な格好で外に出たシルフィスを、早速五人の娘が待ち構えていた。さっきクジで当たりを引いて顔を輝かせていた娘達だ。

「宜しく、ダンナ様!」

 彼女達の作戦は、『竜使い殿には花嫁候補が五人いて、常に彼女達を側に置いておかねばならない』という設定だ。
「それぞれの家の力関係があるから無下に出来なくて貴方も困っているって顔をしていれば、貴方の名誉も傷付かないし、誰もそんなドン引き状況な者を引き留めて飲んだくれようとは思わないわよ」
 とは、立案者のポランの弁。幸い問題児達は当たらなかったが、平等を期してしまった為、後ろの方の初見の娘も混じっている。

(本当にこれで名誉が傷付かないのか……?)
 とか考えながら娘達に囲まれて指定された酒宴の建物へ赴くシルフィス。

「ダンナ様はお疲れなので早く休まれます。竜を呼ぶのは大変な体力を消耗しますのよ。なのに私達なぞの為、放っておけないと仰って」
「本当にお優しくて、ご自身の為の言葉は喋れないお方なのです。あ、お酒など駄目、お身体にさわります」
「まあ、お手がこんなに熱いわ。ささ、もう寝所に参りましょう」

 娘達は嬉々として捲し立て、シルフィスの前に押し出されて来る杯を鉄壁にブロックした。アドリブとは思えない鮮やかなチームプレイ。出来ればこれを出発の時に発揮して欲しかった。

 後々リリに、『共通の敵が出現した時の女性陣の結束の早さ』を説いて貰ったけれど、自分がその敵になる事だけは絶対に避けたいと思った。


「お酒を所望なら、寝所の方へお届けしますわ」
 酒宴を思いっきりシラけさせた後、宿舎に戻る道々で、クジに当たったノスリ家の一人がシレッと言った。
 しかし確かに助かった。
 酒宴場は什器や膳が綺麗に設えられ、青年団は思ったより人数が多かった。入った瞬間グイグイ迫られ、一人だったら円滑に脱出する事は不可能だったろう。

「少し寄り道させて下さい」
 と言って、彼女は脇道に足を踏み入れた。


 ***


(うわっ)

 土間が水平に均された屋根だけのそこは釜戸場で、村の共同厨房なのだろうが、今は通路に娘達がギュムッと座り込んでいる。
 蒼の里の三十人と、エンジュ森の女性が同じくらいの人数、狭い竃場に寄っちゃくなって、手に手に食べ物や杯を持っている。
 お喋りが蜂の巣みたいだ。こんな中聞き取れるのが凄い。

 吊るされたランタンの雑な灯り、周囲には虫除けの香、大皿を皆の膝から膝に回しての、窮屈な宴。皿の上には今日の為に準備をしたであろう馳走が盛られているが、『何か大きかった物の端っこ』や『魚の尻尾みたいな部分』ばかりだ。
 心を尽くした場所も料理も、『いきなり捩じ込まれた別の宴会』に奪われてしまったのだろう。

 呆然と突っ立つシルフィスの横で、ノスリ家の娘が小さく言った。
「楽しいですよ、こんなお行儀の悪い事、普段は出来ないもの」

 確かに皆の顔は弾けるようにニコニコしている。蒼の里の娘も、エンジュ森の娘も。

(何でこんなに楽しそうに笑っていられるのだろう……)


「シルフィスキスカさんをお連れしたわ!」
 娘の呼び掛けに、お喋りがザッと止んで、皆が振り向いた。百を越える瞳に一斉に見られて、シルフィスは足がすくむ。

 釜戸の前にいたポランが立ち上がった。
「みんな、伝える事があるんでしょう?」

 立てる場所にいた娘は立ち上がり、そうでない娘はその場で背筋を伸ばす。

「護衛をして頂いて」

「「「ありがとうございます」」」

 一斉に声を揃えて言われ、竜使いの青年は硬直した。どう反応していいか分からない。

「私達が今日来られたのは、シルフィスキスカさんのお陰です。本当は中止になりかけていた所に、護衛を申し出て下さったのよ」
 ポランが言って、百を越える手がワッと拍手を打ち鳴らした。
 その後は「練習したのにズレちゃった――」「声、裏返っちゃった――」などとまた蜂の巣に戻る。


 あまり囃し立てられるのも好まなかろうと、シルフィスは早々に宿舎へ案内された。
 今度は先に立つのは、エンジュ森の年配の女性だ。

「青年団の若い男の子達もね、今だけですよ、万能感があってやりたい放題なのは」
 聞かれもしないのに女性は、つらつらと話し出した。
「何回か頭を打ってへこんだら、ちゃんと周囲を大事に出来る大人になりますから。エンジュ森を嫌いにならないでくださいね」

「あ、そんな事はない」
 シルフィスは何故かふっとホルズの顔を思い出した。

「今日急に、竜使い殿のもてなしの酒宴の準備をしろ、と言われた時は、さすがに頭の血が足元まで落っこちましたが」
 それでなくとも明日の準備に専念したく、作品を突貫で仕上げたい娘もいるのにと。
「でも、蒼の里の娘さん方の、底抜けに明るい前向きさに、いつも助けられているんですよ。釜戸場での宴なんて、私達では考え付きませんもの」

 そして、竜使い殿と五人の婚約者が早々に酒宴を切り上げてくれたお陰で、後片付けがとっとと終わりそうで、大層助かったのだとか。

「私からもお礼を言わせて下さいまし。どうかエンジュ森を好きになって帰って下さいね」



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登場人物紹介

シルフィスキスカ:♂ 風波(かざな)の妖精。 海竜使いの家系。

遠い北方より蒼の里へ、術の勉強に来ている。ユゥジーンちに居候。


リリ:♀ 蒼の妖精。 蒼の里の長娘。

術の力はイマイチで発展途上。ユゥジーンとは幼馴染。


ユゥジーン:♂ 蒼の妖精。執務室で働く。

過去にリリにプロポーズした事があるが、本気にされていない。

ホルズ:♂ 蒼の妖精。執務室の統括者。

頑張る中間管理職。若者に寛容だが、身内には厳しい。

ピルカ:♀ 蒼の妖精 ホルズさんちの末っ子

女の子達のリーダー格。

サザ:♀ 蒼の妖精  物造りコミューンの娘。

用心深く無口。乗馬姿が美しい。


プリムラ:♀ 蒼の妖精 ピルカと同い年

気が強く、相手を言い負かすまであきらめない。

ポラン:♀ 蒼の妖精  ピルカ、プリムラとは従姉妹どうし。

気遣い上手。皆のお姉さん的存在。

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